上 下
38 / 92
第三章 港町

第38話 冒険者②

しおりを挟む
 二日目は暇だった。
 グリムハウンドは群れの三分の一を失ったせいか、再び襲撃してくることはなかった。

 魔法の威力は凄まじい。やはり魔法使いとは特別な存在なのだろう。
 まあ、それで増長してしまった結果がかつてのエフタル王国なのだが。

 おっと、暇だからといってボケっとしてるわけにはいかない。時間は有効につかわないとな。
 こういう時こそ勉強だ。俺は本を開く『美しき戯曲魔法』途中まで読んでずっとそのままだった。
 もちろん、流し見程度にして、魔物の警戒は怠らないようにする。

 シャルロットは素振りをしている。体力づくりは欠かせないらしい。
 シャルロットには体力が足りない。俺には教養がたりない。ある意味いいコンビなのかもな。

「なあ、シャルロット。あんまし根を詰めてやるなよ? 一応仕事の最中なんだから」

「わかってる。大丈夫。その辺はわきまえてるわよ」

「ならいいんだが。そういえばシャルロットは戯曲魔法は使えるのかい?」

「戯曲魔法、その言い方、気持ち悪いからやめてよ。頭のおかしい妄想作家の造語よ。いいこと? 極大魔法よ。正確には属性によって呼び方が変る。例えば 最終戦争の第一章、第一幕は極大火炎魔法。
 第二幕は極大雷撃魔法。そして王都で見た黒い騎士『亡者の処刑人』は極大死霊魔法ってね」

 凄い、本に書いてある通りだ。さすがシャルロット。でもこの本の作者がそんなに嫌いか?
 戯曲魔法ってセンスがいいと思うんだけど。

 この人の書いた本は、図書館にはたくさんあった。著名な作家なんだろう。
 そんな彼のどこが問題なのだ。

 俺は本の最初のページに書いてあるの著者の名前を見る。――魔法史研究家。芸術家。作家。フリードリヒ・レーヴァテイン――
 ……レーヴァテイン、ああ、なるほど。肉親だったのか。聞いていいのか分からないけど、年代的に彼女の父上なのだろう。
 あ、そうか、あの落書はシャルロットの仕業だったか。

 納得した。そして俺は本を閉じた。いつか彼女の口から話してくれるまで俺は何も聞くまい。

「ちょっと、なに勝手に納得してる風なのよ。
 ちなみに私は極大魔法は使えないわ。正確には今のところはだけどね。
 こればかりは魔力がなじむというか、深淵の何かに届くまでゆっくりと魔力の糸を手繰らせるというか。とにかく時間が掛かるのよ。
 でも安心なさい。あと数年で使えるようになるから。そうなったら私があんたを守ってあげるわ」

 またドヤ顔になるシャルロット。うれしいのだが、男心を少しはわかってほしい。

 ――視線を感じる。

「……シャルロット、何か来る。強力な魔力を帯びた何かが近づいてきている」

「ええ、気づいてるわ、とんでもない魔力。ちょっとヤバいかも。本気でやるわよ」

 近づく魔力の塊。どんな化け物だ。

 ここはバシュミル大森林でもない。

 くそ、ちょうど砂ぼこりで、地平線の先がよく見えない。だが何かの影は見える。
 それが真っすぐこちらに近づいてくる。人型のようだ。

「シャルロット、人型の魔物に心当たりはあるか?」

「無いわよ。ゴーレムかしら。でもあれは魔物ではなく錬金術によって生み出される人工物だし」

「猿かもしれない。いただろう、猿の魔獣の。なんだっけ。そう、『ユウギ』だっけ」

「馬鹿、それは神獣よ。伝説通りならベアトリクスさんと同等の存在だし、有り得ない。もしそうなら襲われたら終わりね。……でもその魔剣ならワンチャンあるかも。ま、失敗したら仲良くあの世生きだけど……」

 砂ぼこりに映る人影に集中する。もしベアトリクスと同等の魔物だったら勝てるのか?

 ……落ち着け。俺はシャルロットを守る、それだけを考えろ。

 次の瞬間。砂ぼこりに映る人影は消えた。首筋に生暖かい風が。
 そして耳もとで女性の声が聞こえた。シャルロットの声ではない。

 しまった。後を取られた。

「少年よ、ここはどこだ? 私はお腹が空いた。魔獣の肉は不味い。私は我慢してきた。おいしい肉をくわせてほしい。お前たちの……美味しい肉を食わせろ」

 ひっ! 俺は飛びのく。この魔物から距離を取らないと。

「おや、いい反応。だが少年にお嬢ちゃん。少し喋りすぎだ。
 さっきからずっと聞いていたが、私がこんなにひもじい思いをしてるのにお前達ときたら、仕事そっちのけでイチャイチャとお喋りに興じるとはイラっと来ますね」

「だ、だれだお前!」

 俺は魔剣を構える。ただものではない。
 目の前の人型は黒髪の長髪、肌の色は薄橙、年齢は20代後半から30代前半の女性に見える。メイド服を着ている。
 ありえない。
 旅人がそんな格好をするわけない。それにこの魔力、やばい、こいつは相当に強い。

「おお、それは二十番の魔剣。ずっと探していた。ふふふ、私は運がいい。ご主人様の命令をこんなに早く達成することができるとは、まさに僥倖」

 こいつ、魔剣を知ってる。やはりドラゴン関係者か。くそっ、だとすると本当にヤバい。

「ねぇ、カイル、ちょっと落ち着いたら? この人、私達に会いに来たんじゃない?」

 え?
 俺の後にいたシャルロットが話しかけてきた。

「はい、勝手にお兄さんが勘違いしたので悪乗りしました。私は神獣でなければドラゴン関係者でもありません。
 お初にお目にかかります。私、ルカ・レスレクシオンのメイドのセバスティアーナと申します。
 ちなみにこの魔力は魔法結界の効果です。結界の外にいる人にとってはそう感じるのですよ。
 怖くて近づけなかったでしょ? ルカ様の発明品の一つです。ちなみに性能は劣りますがそこのキッチンカーにも備わっています。旅の役に立ったはずですよ?
 ……ですが、ふふ、必死に彼女を守ろうとする貴方の姿は素敵でしたね。合格です、私的に百点満点です」

 おれは一気に脱力した。シャルロットは途中で気付いていたようだ。俺はまだまだだな。

「さっそくで恐縮ですが、なにか食べ物を分けてほしいのですが……。いや、もうそろそろ日が暮れますね。少し我慢しましょう。
 できれば温かいものをいただきたいと思います。私、歩き詰めで碌なものを食べていないのです」

 こうして、護衛任務の二日目も無事に終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

処理中です...