上 下
27 / 92
第二章 逃避行

第27話 二人旅⑥

しおりを挟む
 山頂に来た。後は下るだけだ。

 向かい側から人が歩いてくるのが見える。

 商人ではない。
 山を上るには場違いな、青いドレスを着た青い髪に青い瞳の女性が歩いてきたのだ。

 山頂に吹く風が、彼女の青い髪やドレスの裾をなびかせながらゆっくりと近づいてくる。
 手荷物一つ持っていない。共もいない。

 ありえない。それだけで異常事態だった。
 俺達は警戒しつつ彼女とすれ違おうとしている。

「……臭いわね、昨日は臭わなかったのに、どういう事かしら? ……おっと、お嬢ちゃん、体臭の話ではないから安心するがよい。お嬢ちゃんの体からは若々しい、フレッシュないい匂いがするぞよ? 自身を持つがよい」

 シャルロットは慌てて着ている服の胸元を引っ張り、臭いを確認していたが、すぐに冷静になる。

 俺達はこの謎の女性に振り返る。

 俺はこの女性に会ったことがある。
 そうだ、この間、洗濯の時に現れた洗濯の妖精さんだ。

「だが……それとは別の臭いがするのう。この臭いをなんというか、呪い臭いが正解かのう。お主たちからルシウスの臭いがするのじゃが。
 ドラゴンロードの手先を我が領域に入れる訳にはいかんしのう、ここを通りたければルシウス本人が頭を下げるまでは許可するわけにはいかぬのう」

 ドラゴンロード? こいつ、俺達のことを知ってる?
 だが、俺達はドラゴンの手下じゃない。

「待ってくれ、俺達はドラゴンロードの手先じゃない。俺達はあいつを殺したんだ。信じてくれ」

「ふむ、それをルシウス自身の口でいうなら信じてやってもいいが。人間は嘘をつく、だから奴は人間を操って自身の代わりに嘘をつかせる。わかるか? お前たちの言葉など信用できんという事じゃ。
 去るならよい、だが、これ以上進むなら……死んでもらうぞ? お主が死んだらルシウス本人が来る以外にないからのう。
 まあ、あのビビりのルシウスが私の前に現れるとも思えん。だから貴様らをよこしたのじゃろうが?
 ならば、なおさら許せんな。お前らの首を奴に投げつけるとしようか? なあ、ニンゲンよ!」

 俺達はこの謎の女性から距離を取る。
 明確な殺意を感じた。逃げられない。
 シャルロットも覚悟を決めた。

 俺に出来ることは魔剣を使うことだ。

「シャルロット! すまん、俺に少しだけ時間をくれ」

「わかったわ! ここで引き返すわけにもいかないし。やるわよ。相手はドラゴンを知ってる。
 ただの頭のおかしい女じゃない。油断したらこっちがやられるわ。最初から本気で行くわよ!」

「ふむ、そうせい。悔いのないようにな。全力を出してみせよ」

「馬鹿にして! 喰らえ。アイスジャベリン!」

 シャルロットの放った氷の槍は謎の女性の胸元に命中した。
 だが、氷の槍はその場で砕けて霧散した。

「おおう、冷たくて気持ちがいい。もっとおくれよ」

「また馬鹿にして! ならこれならどうかしら? ヘルファイア!」

 極大魔法を除けば最強の火炎魔法。真っ赤な火柱が謎の女性を包み込む。
 だが謎の女性は笑っている。服どころか髪の毛一本すら無傷だった。

「あはは、熱い熱い。お嬢ちゃんはその歳でマスター級とは恐れ入った。さてさて、お洗濯のお兄さんは何を見せてくれるのかい?」

「ヘイスト!」
 俺は魔剣を振りかぶり青い女性に突っ込む。

「ふふふ、鈍重な動きだな、止まって見えるぞ? そんな大振りの剣が私に当たるとでも? えっ? 足が動かない……」 

 いつの間にか彼女の両足はぬかるみに嵌まり。身動きが取れなくなっていた。
「カイル、今よ! 思いっきりたたきつけなさい」

 完璧なおぜん立てだ。俺は謎の女性に向かって思い切り魔剣を振り下ろす。
 彼女は人間ではない。圧倒的な魔力と威圧感、そしてあのドラゴンを子馬鹿にする態度、明らかに異常だ。
 手加減しようものなら一瞬で殺されてしまうだろう。

「ふん、やるじゃない。お嬢ちゃんは頭も切れるようだ。マスター級をはるかに超えている。で、お洗濯のお兄さんはどうかしら? その大きな鉄塊で私を斬れるかしら」

 彼女は右手をあげる、手の平で魔剣を受け止めようとした。
 魔剣が彼女の手の平に触れる。

 次の瞬間、女性はその場から消えた。

「なっ! 消えた?」
 そうか彼女は瞬間移動が出来る。それを失念していた。
 くそ、最大のチャンスだったというのに。

 謎の女性は最初は剣を受け止めようとしていた。
 だが手が触れた瞬時に回避行動をとった。

 この魔剣の特性を知っているのか?
 それとも防御結界をいともたやすく破ったから、瞬時に回避行動をとったのだろうか。

 すぐ後ろに現れた彼女は、自分の右手を見ていた。
 彼女の右手からは血が流れている。
 自身から流れる血をひとなめすると急に笑い出した。

「ふ、ふふふ。あっはっは。危なかったのう、舐めプしてたら死んじゃうところだった。
 ふむふむ、なるほどのう。そうか、そうか、なるほど。
 いやー、いいね! 前言撤回。君たちはグプタにいくといい。
 くくくく。そうかルシウス死んじゃったか。あの呪いの偉大なる、なんちゃらだっけ? ぶふっ!
 いやーごめんごめん。君たちの話は信じるよ。あっはっは。じゃあね。良い旅を」

 そう言い終えると、謎の女性は姿を消した。

 俺達はしばらく周りを見回していたが。彼女はどこにもいなかった。

 しばらく、そうしていると。商人が近くにやってきた。
「おや、お二人さん財布でも落としたのかい?」

 商人のおじさんは馬車から降りると、一緒に探してくれると言った。
 今までに出会った商人達は皆親切だ。でも、財布を落としたわけじゃない。

「いえ、違うんです。その、変なこと聞いてるかもしれませんけど。この辺で青い髪に青いドレスを着た女性を見かけませんでしたか?」

 商人は目をまるくしていた。やはり変なことを聞いてしまっただろうか。
 しかし、商人の反応は逆だった。

「おお! 兄ちゃんたち。そいつはめでたい。女神さまに会えるなんて幸運だぜ。ちくしょう。俺ももう少し早く来ていればご尊顔を拝することが出来たってのによ」

 うん? 女神? それにしては随分と好戦的だったような。
 それに、どう考えてもドラゴン関係者だった。しかし、商人の話を聞くにそういう訳でもないようだ。

 曰くグプタからこの山脈にかけて目撃例が多数あり。
 山で病気にかかった商人を不思議な力で治療したという報告もある。

 また、海で溺れた子供を助けたりと。随分グプタの人には親しみのある、というか実在する女神さまのようだ。

 いろいろ引っかかることはあった。
 まあ、その女神様からグプタへの訪問を許されたのだ。とりあえずは良しとしようか。

 商人のおっちゃんから果物を貰ったことだし。これ以上気にしてもしょうがないだろう。

 山を下りる。
 そこには反対側の密林とは打って変わって、広大な高原が広がっている。
 気温も比較的に低いようだ。夜になったらかなり冷え込むことだろう。

 グプタまであと少し、高原には山小屋のみで村はないと言っていたが。それはあらためないといけないだろう。

 山小屋と彼らが言っていた建物は俺達が泊まった宿よりも立派な建物だった。

 広い馬車置き場に馬留もしっかりと整備されており。そこには数台の馬車が駐めてある。
 それが道なりに数件あるのだ。
 なるほど、これから本格的に山越えをするための休憩所ということか。

 それにグプタは港町だ。標高差を考慮してのことだろう。

 だが、俺達は商人ではない。
 泊まってみたいとは思うが、出来るだけ目立つのは避けるべきだろう。
 宿に行ったら色々と会話をする事になる。数分なら構わないが、宿ではそうはいかないだろう。俺達の出自がばれてしまう恐れだってある。

 シャルロットも同意見だ。
 少し後ろ髪を引かれる思いがしたが我慢だ。

 もうグプタまでは目と鼻の先なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。

仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。 実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。 たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。 そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。 そんなお話。 フィクションです。 名前、団体、関係ありません。 設定はゆるいと思われます。 ハッピーなエンドに向かっております。 12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。 登場人物 アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳 キース=エネロワ;公爵…二十四歳 マリア=エネロワ;キースの娘…五歳 オリビエ=フュルスト;アメリアの実父 ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳 エリザベス;アメリアの継母 ステルベン=ギネリン;王国の王

処理中です...