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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

82.馬女を圧倒

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 馬姉弟や熊を仕留めることは出来なかったけど、マリアを救い出せたし、熊がおっさんの方にいかないように足止めも出来た。
 狙ったことは達成したぞ。
 でも、ここからでもある!

 まずは、今にも失神しそうな馬男。
 さっきまでは俺の巻きつきから抜け出そうと力ずくで足掻いてたけど、それももう弱々しくなってる。
 このまま巻きつき続けていれば、息の根を止められるかもしれない。

 けど――。
「むぅおおおーっ」
 ――その姉貴の馬女が、俺の腕でぐるぐる巻きにされた奥から、くぐもった雄叫びを上げた。
 同時に体が変化していく。獣化したんだ。

「く、なんて力だ。腕が解けちまう」

 弟の苦しむ姿を見てるから、身体の変化と同時に弟以上の物凄い力で長い首を振って、腕の締めつけを抜けようとしてくる。
 これだと、弟が事切れる前に抜けられちまう。

 ――順番とやり方を変えざるを得ないか。
 そういうことで、俺はすぐ目の前にある馬弟の無防備な背中に噛み付く。
 獣人の獣の皮膚が硬いことは経験済みだから……一番骨張った箇所に、【破砕噛】!
 更に、効くかどうか自信は無いけど、ヴァンパイア・ビーから獲った【針刺し】で補強!

 ブチッ――ミシッ!
 やった! 俺の犬歯が厚くて強い皮膚に食い込み、噛み破った感触。
 そして、砕くまではいかなかったけど、背骨のひとつを噛み潰した手応え――歯応えがあった!
 口の中に、奴の血の鉄くさい味。

 ――んで、【強毒生成】!

 舌が痺れるような刺激と苦味が口中に広がり、それがそのまま歯型に流れ込んでいく。
 その瞬間、痛みか毒の刺激かで馬弟の体がビクンと跳ね上がり、ピクピクと痙攣もし始めた。獣化も解けて、素っ裸で力無く地面に突っ伏す。
 これで、上手くいけば毒が回って仕留められる。獣人の驚異的な回復力で骨が修復されて、更に毒に抵抗されても、しばらくは身動きできないだろう。

 一人に目処が立ったところで――。
「――ブハッ、ブルルルッ! ――フェド?! このヤローッ!」

 くそ、やっぱり巨馬の姿になった馬女に抜け出されちまった。
 馬女が、長いたてがみを振り乱して棹立ち、憎悪の籠った目で俺を見下ろしてくる。
 前脚が地面に着いたら、すぐにでも俺に突っ込んでくるだろう。

 そして、熊だ。
 まだ膝をついたまま、剣を抜いた傷口を押さえてるけど、そこまでダメージになってなさそうだ。
 立って来られたら、手負いとはいえ獣化獣人と二対一になるのはキツイ。

 剣を投げちまったのは失敗だったか?
 魔力纏いで繋がっていた剣は、熊に刺さった瞬間に途絶えちまったし……。
 いやいや、数秒っていう短時間で三人を足止めするには、ああするしかなかったはずだ。むしろ、よく思いついたって言ってもいいくらいだ。

 とにかく! 武器無しでやる。狙うは馬女。

 熊は――。
「マリア! 俺は先に馬女をやる。熊を牽制しててくれないか?」

 俺が助け出した後、道端まで離れたマリアに目配せして援護を頼む。
 彼女はすでに杖を構えていて、熊とその奥のベルナール達をしっかり見据えながら「任せて!」と返してくれた。
 一瞬のやり取りだったけど、マリアはマリアでこの状況で自分のできることを考えていたみたいだ。頼もしいぜ。

 よし、馬女に集中して、一気にけりをつける!
 そうなると、軟化してる方が動き難い。
 俺は【軟化】を解き、伸びた身体でれた服を直すのもそこそこに、今度は【硬化】して馬女に【突撃】する!

 馬女の前脚が着地する前に懐に潜り込んで、【ぶちかまし】でデカイ馬体をかち上げられれば、腹全体が無防備な標的になる! タックルしてひっくり返してもいいかもな!

 どっちにしようか? なんて、考えながら突っ込むと――。

 ――バチィイインッ!! シャッ!
「ブベッ」

 顔の左っ側全体に黒く影が差し、岩でもぶつけられたような衝撃と炸裂音が走る。
 俺は横に吹っ飛びそうになっちまう。
 何が起こったのか、訳が分からないけど……ブッ飛ばされてる場合じゃねえっ!

 ――ギリッ!
 俺は奥歯を噛み締めて渾身の力で足を踏ん張って、態勢を持ち直して馬女を見遣る。

「――腕だとっ?!」

 棹立ちになっていたと思った馬女が、姿勢はそのままに、右前脚――じゃなく右腕を振り抜いた体勢だった。
 その右手には、しっかり五本の指があって、鋭い爪が伸びていた。その甲には、手首までを黒茶の籠手ガントレットみたいな物に覆われている。

 ……俺は張り手を食らったのか!
 そして、俺の頬に走る何筋かの痛み。硬化してたおかげか傷にはならなかったみたいだけど、鋭い爪で引っ掻かれてもいたらしい。

 俺も驚いたけど馬女もビックリしたみたいで、その手をじっと見て、それから俺に見開かれた目を向けて呆けた声を漏らす。

「な、なんで……」

 なんで無傷なのか、って?
 硬化してたからだよっ!

 よかったぁー、硬化してて。
 完全に油断、っていうか、殴られるとは思ってなかった。

 ――でも、お前は呆けてる場合じゃねえだろ!
 張り手は貰っちまったけど、ここはお前の懐。隙だらけだぞ!

 突撃の勢いは削がれちまったけど、俺の目の前には棹立ち馬女の両脚。
 もう一回【突撃】を発動して、その脚の間に突っ込む。
 そして、馬女の足をしっかりと掴んで引きつつ、身体は前に!

「――いっけぇ!」
「なっ!? グハアッ!」

 受け身も取れずに、見事にひっくり返る馬女。
 長い首もしなって、その先の頭を地面にこっ酷く打ち付けたようだ。

 だからって休む暇は無え。獣化してるから、そんなにダメージになってないかもしれねえからな。
 俺は馬女の足から手を離して立ち上がると、素早く前に移動して、仰向けに倒れてるコイツの胸元を跨いで見下ろす。
 馬女は頭をもたげようと長い首を震わせながら、虚ろな目で俺を捉えている。

 その長い首の手前には――。
 馬なのに獣化前と同じ位置に、獣化前以上にでかいお胸がそびえている。
 なら、心臓もそこだろっ!

 俺は右手の指を揃えて貫手ぬきてを作って、身体に引きつけて弓のように引き絞って……突き出す!
 心臓まで突き刺してやるっ。

「――ッ!! させるか!」
 朦朧と瞳が揺れていた馬女も、俺の殺気にヤバさを感じて、両腕を胸元に交差させてガードしようとしてくる。

 ただの貫手だったら、獣人の頑丈な腕を貫いて厚い皮膚と筋肉と骨を破って心臓に達するのは無理だろう。
 でもいくら守ろうとしても、俺にはコレがある! 熊の目ん玉を潰してやった時以上のコレがっ!!

 【強化爪】!
 【刺突】!

 馬女の胸の前でクロスさせた腕に、俺の貫手が突き刺さる。
 その瞬間に合わせて――。

 【多重突き】!

「ギャァアアアアー」

 三重突きになった貫手が、その腕を一本一本砕き貫いて、三突き目で胸の皮膚も刺し破る。
 でも、心臓を守る最後の砦、骨に阻まれてしまう。 
 けど……そこは――。

「やっ、やめろっ!」

 ――【掘削】!!
 ――ボゴッ!!
「ガハァ」

 骨を砕いた先には、早く強く脈打つ、馬女の心臓。
 俺の貫手には、奴の体の熱と早鐘を打つ心臓の拍動が伝わってくる。
 そして、力を込めて差し込んだ俺の手が、心臓に触れる。

 こっからはスキルなんて必要ない。
 触れてる心臓を握り潰すだけっ!

「ァァー…………」

 声にならない断末魔の絶叫を残して、馬女は息絶えた。
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