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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

69.武器持ちの力

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 門を突破してラボラット村に踏み込み、リビングデッドを五十体も倒すと、流石のベルナールも息が弾んでいる。

「大丈夫か、おっさん?」
「ああ。ふぅっ、まだまだいける。お前は息も切らしてねえな……やるじゃねえか、レオ」
「大したこと無えよ」

 そして、そんくらい倒すと、まだまだ向かってくる連中の隙間から、奥がチラチラ見えるようになった。

 村の中心部っぽい、井戸のある広場にたむろしてるデカイ図体の“武器持ち”連中。見える限りじゃ、四人か?
 いや、『たむろ』って言っても、駄弁たべってるわけじゃなく、ただうつむいてユラユラと突っ立ってるだけか、地面にそのまま倒れてたり井戸にもたれ掛かってるだけ。

 ヤセノとギススは二人とも突っ立ってるから、すぐに分かった。
 血の気の失せた裸の上半身は斬り傷まみれで、ぶよぶよな腹の傷痕からは汚い赤黄色の脂肪が滴っている。
 それなのに、力無くダランと垂らした手に棍棒を握って立っていた。

 俺らが村に侵入し、ヤツらの“同族”を倒しまくってるっつうのに、武器持ち連中は動く気配が無い。

「リビングデッドに成り果てやがって……」

 ベルナールも苦い顔で零す。
 ある程度覚悟はしていても、同じ街の冒険者のあんな姿を直に見るのは辛そうだ。

「それにしても、四人……?」

 少ない気もする。
 まあ、落とし格子を前列で押し込んでた集団に、かなりの数冒険者の恰好をしたヤツがいたし、全部合わせりゃあ俺らが把握してるよりも数は多い、か。

 数の少なさにはある程度納得したけど、問題は――。

「連中は、なんで動かねえんだろうな? 倒れてんのは、死んでんのか?」
「さぁな」
「さぁなって……武器持ちって、危ないかも知れねえんだろ?」
「人間のリビングデッドなんて、今日初めて見たんだ。簡単に分かるワケねえだろっ」

 襲ってくるリビングデッド相手に手を動かしながら、おっさんは吐き捨てるように言った。

「それもそうだな……」

 分かってること――つうか、予測のついてることと言えば、埋め込まれた魔石が動物型魔物と人型魔物の違いがあるってことだもんな。
 まあ、前向きに捉えるしかねえ。

「動かねえってんなら、今のうちに“武器持ち”以外を減らしとけばいいか」
「そうだ。やるぞ、レオ! マリアも、いいな?」
「おうっ!」
「はい!」


 それから、更に数十体のリビングデッドを倒すうちに、周りを見る余裕も出て来た。
 俺らのいる裏門側――南側――は、人家よりも家畜小屋が多くて、ニワトリとかヤギ、農耕馬用の大小の小屋が並んでる。
 けど、そのどれもに生き物の気配が無い。そして、代わりに血や腐肉のきついニオイ。

 俺とベルナールの後ろにいたマリアを丈夫そうな小屋の屋根に上げて、そこから俺らを指示・援護してもらうことで倒す効率が上がった。

 ヤセノ・ギススらに、動きはまだ無い。
 ユラユラ揺れてるってことは、リビングデッドとして“生きてる”とは思うんだけどな……。

 小屋の陰とかに新手が潜んでやしないかと警戒しつつ、少しずつ押し込んでいくと、これまでに見なかった光景が広がってきた。
 俺らが倒していない『人間のバラバラ死体』や、人間や家畜の骨が散らばっている。
 それを見たベルナールが漏らす。

「適合しなかった奴かもな……」
「適合?」
「リビングデッドは本来、魔物が死んだあとに自分の魔力が籠ってる魔石でアンデッド化するもんだ」
「前にも聞いたな。でも、人間は魔臓、魔物は魔石、それぞれ違うっつっても、外の空気から魔力を取り込むことに違いは無えのに、なんでだ?」
「量……だろうな。特に魔臓の小さい――魔力の少ない村人は、大きな魔力に耐えられずに……」

 ベルナールが、言葉の最後に握り拳をパッと開く。弾けたっつうことか。
 話を聞いていたマリアが、屋根の上で呻き声を漏らして口元を押さえる。

「――自壊したんだろうよ。レオはさっき、奥の四人を少ねえって感じただろうが、いくら図体がデカかろうが長く冒険者をやってようが、上位魔物の魔力量には耐えきれず、自壊した者もいただろう」

 自壊……。
 確かに、肉片の側に転がってる魔石があったな。井戸の辺りにも……。

 そして、これまで見てきて、アンデッドどもはアンデッド同士で争っていなかった。
 “生きてる”ヤツらは、ロウブローが用意したエサの他に、家畜やアンデッド化に失敗して自壊した『人間の死体』を喰ってたんだ。
 死んでても、効率よく魔力を取り込む本能が働く、か。
 倒した中に一際動きのいい奴が紛れてたけど、ソイツは人肉と一緒に魔石も喰ってたのかもしれねえな……。

 ――まあ、そればっかり気にしてる場合じゃねえ! 

「マリア! 援護を頼むっ」
「はっ! ご、ごめんっ」

 胸糞悪いけど、今はこの場を片付けるしかねえ。
 今はでぶ双子の集団に注意しつつ、動いてるリビングデッドを倒すことに集中だ!


 俺らが刈り続け、動いてるヤツらが残り四、五〇体になり、“武器持ち”のいる井戸周りまでの距離も、三分の一は詰めただろう頃。
 ヤセノ達の中に変化があった。

 井戸に寄り掛かって動かなかった一体が、得物の長柄の大斧を杖代わりにして立ち上がったんだ。

 そして――。
「ヲヲオオオオオオオオ――――――」
 ――地面を、身体を、小屋を、家を、村を囲う防壁をも揺らす咆哮。

 ビリビリと伝わってくる圧で、後退りしそうになるのを必死に耐える。あの時のハイゴブリン以上の圧。
 屋根上にいるマリアのことが心配で見上げると、屋根板にへばり付いて耐えてる手足が見えた。
 おっさんは?
 大剣を立てて盾にして凌いでいる。

「レオ! 大抵の魔物はああいう咆哮をした時、何かしらの行動を起こす! 備えろっ」
「了か――っ!?」

 踏んでる場数が違うベルナールからの警告に答える前に、大斧持ちが単独で俺らの方に駆けてきやがった!
 下半身は、靴もズボンもまともな格好。
 だけど、上半身は防具も無く衣服もボロボロにはだけていて、冒険者証のネックレスが揺れる筋肉質な分厚い胴体に何個も穴が開いている。
 ソイツが途中途中にいる同族を気にすることなく弾き飛ばしながら一直線に向かってきた。

 ――速えっ!!
 あっという間に俺とベルナールの間合いまで詰めてきた。
 小屋の屋根上にいるマリアの焦りに似た声が届く。

「レオ! ベルナールさん!」

 相手は俺もおっさんも狙える位置。……どっちに来る?
 俺は左腕の小盾を前に出して、守りの態勢に。

 斧持ちリビングデッドは、その大斧を片手で軽々と振り上げ、俺よりも少し前に出ていたおっさんに向かって振り下ろす。

 ――ズガァアンッ!!
「くっ!」

 おっさんは、間一髪大剣を横にして、剣の腹で大斧を受け止めた。
 かなりの衝撃があったらしく、奥歯を噛み締めるおっさんからは呻き声が漏れ、柄を握る手も剣を押さえる腕も震えている。

 おっさんが唸るくらいの力があるなんて、相当なヤツだ。
 でも、止めた。ベルナールが勢いを止めてくれた!
 なら、俺がいくしかねえよなっ!!

「持ち堪えてくれよ、おっさん!」
「お……応っ」

 おっさんと力比べになってる斧持ちの隙を突くべく、俺も踏み出す。
 間にいる“武器無し”は、魔石関係無しに斬り飛ばして道を空ける。
 マリアは俺やベルナールが動きやすいように、“武器無し”に魔法を撃ってくれてる。

「よし! くらえっ」

 斧持ちの懐に飛び込んだ俺は、胴体に開くいくつかの穴の一つに、風穴を開けてやるつもりで渾身の【刺突】を見舞う。
 そこに魔石があろうが無かろうが、おっさんへの援護になればいいっ!

 バシュッ! ガツッ!
「――なっ!?」

 斧持ちの脇腹周りの肉を吹き飛ばすことはできたけど、俺の剣は貫通しないでアバラ骨二本の間で止められちまった。
 細いアバラ骨も砕けねえのかよ?!

 けど、斧持ちのバランスは崩せたから、ベルナールとの力比べの均衡も崩れた。
 おっさんの邪魔にならねえように、俺はその場から飛び退く。

「どっせぇええいっ!!」

 ベルナールは、斧持ちの小さな揺らぎを見逃さず、大剣の腹を微かに傾けて大斧を下にいなす。斧は地面に歯を喰い込ませて止まった。
 おっさんは更に、身体の軸をブラさない最小の動きで大剣の刀身をクルリとめぐらせて、俺が削ったのとは反対の腹を一気に横に薙ぐ。

 ズシャ――ミシッ!
「――むっ?」

 ベルナールの大剣もまた、背骨一つを断つことが出来ずにめり込んで止まる。
 嘘だろ?
 確かに剣に力を乗せきることが出来ない窮屈な剣技だったけど、おっさんの力でも骨を砕けねえのかよ……。

 驚くベルナールや呆気にとられる俺を余所に、斧持ちリビングデッドは背骨剥き出しの腰を曲げて、地面に刺さった斧を強引に振り上げた。

 ぶんっという分厚い風切り音を上げた斧は、おっさんが避けたことで空を斬る。

 なんつう硬さと力だ……。
 冷や汗がこめかみを伝う。

 ベルナールも、大きく息を吐いて――。
「ふうっ、参った! この動きに、この膂力……コイツはオーガ(の魔石を埋められたリビングデッド)かもな……」

 ほらぁ、言わんこっちゃない……。
 おっさんが『万に一つ』だって気軽に口走ったことが、ホントになっちまったじゃねえかよ!
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