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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”
61.【損傷転嫁】
しおりを挟むベルナールと別れて街をうろついてたらデブガキにちょっかい掛けられて、それがここの領主の息子で。
マリアを連れて行くだのと言い出して彼女の腕を掴んだ。
それにむかついた俺は、その領主の息子・スカムの腕を二回も折ろうとしたんだけど、何故か護衛の奴が怪我を負った……二回とも。
まあ、それで奴らは退散したから、俺とマリアはベルナールと合流すべくギルドに向かうことにした。
その道すがら――まだ逃げ出した街の連中が一人も戻って来ない広場を歩く俺は、どうしてもさっきのことが気になって、自分の手を眺めては握ったり開いたり手刀を振ったりする。
確実にデブガキの腕に当たったはずなのになぁ……?
隣を歩いてるマリアもそれを見てるはずだから、その時のことを聞きたいんだけど――。
マリアはマリアで、なんだか顔を真っ赤にして『彼女……』だの『俺のマリア』だの『きゃあ』『ウフフ』って、頬に手を当てて体をくねらせてるから、話しかけにくいんだよなぁ。
「あれはレアスキルですよ」
「「――っ!?」」
不意に息が掛かるくらいの真後ろから聞こえてきた声。
心臓が飛び跳ねるくらいビックリ。同じように驚いて俺に抱きついてきたマリアを受け止めた。
「誰だっ!!」
左腕でマリアを抱き締め、右手には【体内収納】から剣を出しつつ振り返る。
俺が背後を取られるなんて……【嗅覚】や【洞察】を手に入れてから初めてのことだ!
場合によっちゃあ、マリアをブン投げてでも守らねえと!
振り返った先には頭から足下までを黒いローブで覆った……男?
この雰囲気はどっかで会ったことがある!?
「お久しぶりでございますレオ殿、マリア殿。驚かせて申し訳ございませぬ」
そう言って男がフードを少しだけずらして顔を覗かせる。
思い出した!
「爺や……さん?」
「おっほっほ、覚えていて下さったのですな」
褒賞を受けに行ったエトムント様の城で、ローゼシアさんから“爺”って呼ばれてた執事だ。ベルクとか言ったか。
背後を取ったのに何も仕掛けてこなかったし、この話しぶりで敵ではないことがわかる。
けど――。
「どうしてこんなトコに?」
「いやいや、エトムント様より仕事を仰せつかりましてな。この爺も調べごとをしておりまして……」
「執事さんが?」
「まあ、その様なところです」
なんか、はぐらかされてるような。これを老獪とか言うんだろうか。
それにこの爺やさん、話しながらも辺りを警戒してるのが分かる。
「なにはともあれ、スカムに絡まれて御無事で何よりでした。まあ、レオ殿ならなんとかなさると思っておりましたがね」
「見てた……のか?」
全然気付かなかった。
「お呼び止めしたのは、あれがスカムやロウブロー家当主リンガーの誇るレアスキル【損傷転嫁】だとお伝えする為でした」
「レアスキル? どうしてそれをお――」
俺に教えてくれたのか聞く前に、ベルクがフードを目深に被り直して身を翻した。
「そろそろ人出が戻ってきそうですな。とにかくお気をつけを」
その言葉を残して、俺の目の前からフッと消えた。
俺に抱きついたままだったマリアが、また驚く。
「えっ!? 消えた?」
「ああ。気配が消えて、ゆっくり本人もいなくなったって感じ、かな?」
「……挨拶、する間も無かったね」
領主様から言われてって言ってたな。
とにかくあの爺やさん、得体が知れないっつうか、ベルナールやら婆さんやらアーロンさんらとはまた違った凄味を持ってたのは確かだ。
ベルクが消えた場所でしばらく呆けてしまったけど、剣を仕舞ってギルドに向かうことにした。
「収穫無しだ! 帰るぞ。こんな街、二度と来るかっ!!」
ギルド前まで行くと、ベルナールがすでに入り口の前に立っていて、お冠な様子で大声を出して俺らを急かしてきた。
扉に唾でも吐きかけそうな剣幕だ。
「どうしたんだよ、いきなり」
「どうしたもこうしたもあるかっ!! ここのギルマスはなんにも教えやがらねえ。役立たずがっ!」
「わ、分かったから落ち着こうぜ」
怒り心頭って感じのベルナールをなんとか宥めつつ、裏に回って馬車を出す。
結局、半日もいない内に帰ることになっちまった。
デブ双子や領都の冒険者のことはいいのか?
でも――。
「もういいだろ。行き先変更だ、レオ」
イントリの防壁を抜けて、街道を少し戻ったところでベルナールが指示を出してきた。
急な指示に、御者席の俺は手綱を緩めてベルナールに振り返ると、さっきまでの不機嫌が嘘だったみたいに冷静に続けてきた。
「どうやら“耳”が無くなったみたいだからな」
「耳?」
「ああ。ロウブローの手が冒険者ギルドの内部にまで及んでるみたいでな。オレらがただただ冒険者の所在を訊きに来ただけかのように一芝居打ってたんだ」
聞けば、イントリのギルドマスターは他の町のギルドと同様、領主の影響は最小限に抑える方針の人間だそう。
「エトムント様がして下さってるみてえに定期的な依頼を出してもらったり、冒険者の生活を援助するような制度を敷いてもらったりっていう良い影響力は歓迎するが、ギルドを支配するような手出し口出しはお断りってことだ」
「イントリのギルマスもそういう人だった?」
「そうだ。それは今でも変わらねえみてえだが、ロウブローの方がえげつない手を打ってきたんだと」
「あっ、賦役ってやつか?」
ザーメが言ってたことを思い出した。
「なんだ、知ってんのか」
「ああ、ちょっとな……。実は――」
領主の息子――スカムに絡まれたことを、掻い摘んで話す。
すると、俺の説明に目を丸くしたベルナールが、唾を飛ばす勢いで御者台に身を乗り出してきて――。
「おま……あんな短時間の内に絡まれてたってのか?」
「む、向こうから来たんだからな?! 俺とマリアは、屋台のおばさんに男連中が居ねえことを尋ねてただけだからっ」
「むぅ。それで賦役のことを知ってんのか……って! それよりも絡まれた件だ! 理由は!?」
どうやらスカムがマリアを見染めたのが理由じゃないかってことと、俺にまで賦役を課そうとしてきたことを教える。
そして、護衛を撃退した件はさて置き、スカムがマリアの腕を掴んでからのことを話した。ベルクもこの街に潜んでいて、ロウブロー家のレアスキルのことを聞いた件も。
「ふむ。スカムを攻撃したはずなのにダメージは護衛が受けた、と……。まさしく【損傷転嫁】だな」
「二発そうなったところで、スカムが捨て台詞を吐いて帰ってったけどな。んで、ワケが分かんなくて、ぼうっと歩いてたら……いきなり出たんだよ、爺やのベルクが」
「ほう、ベルクも来てんのか」
「あの爺や、只者じゃない感じだったけど、何者なんだ?」
「何者って……まあ、オクタンス家の忠臣だ。安心しろ、オレらの邪魔にはならねえよ」
いや、もっと深いところを知りたいんだけど?
けど、ベルナールはそれ以上ベルクのことは語らず、そのまま話を賦役に移しちまった。
「さて、その賦役だ。ロウブローは街の連中だけでなく、所属冒険者にまでそれを課しやがって。高ランクや目聡い奴は早々に街を離れたみてえだが、大方は引っ張られて行っちまったそうだ」
その時にギルドにロウブロー家の奴が数人乗り込んできて、今も監視染みたことをしてるんだって。
今日もギルマス室にまで着いてきて、聞き耳を立ててたらしい。
「まあオレらマスターも、引退したとはいえ長年冒険者だったんだ。身振り手振りや目線、言葉の符丁、色々駆使して情報は伝達できらあな」
口では世間話やら情報をめぐる罵り合いをしながら、ロウブローの連中にバレないように“会話”をしてたらしい。
ギルドを出てからも“耳”の追跡があったから、ずっと悪態をつき続けてたそうだ。
さりげなく言ってるけど、それって凄えことだ。聞いてるだけで興奮してきた!
「そんで、どうだったんだ?」
「まず、イントリでもがたいが良い冒険者に指名依頼が出て、帰ってきてねえそうだ」
「お膝元っつうか、自分トコの冒険者もか……。街の男連中の件は?」
「領都の働き盛りの住民は、城に集められて城の増築事業に駆り出され、冒険者や周辺集落の住民は兵役みたいに郊外で訓練させられてるそうだ」
「訓練?」
「ローゼシアとも話したろ? “自作自演”。その準備だろうぜ」
城の増築はともかく、戦闘訓練……。
しかも、何かは判明して無いけど、特定の敵を想定した訓練らしい。
冒険者失踪に絡めて何か問題を起こして、それを自分の騎士と訓練した兵で解決するってか?
「問題を起こす場所までは分かって無えそうだが……指名依頼を受けた冒険者連中がドコに居そうかは想像できる」
「ど、どこだ?」
「オクタンス子爵領と他の男爵領、二つの領地に最も近いラボラット村。村とは言ってるが、砦だ」
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