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第2章.父と子と“処分したはずのモノ”

59.イントリ……おかしい街

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 ローゼシア様との話し合いを終えた俺たち三人は、一泊した翌早朝にはロウブロー領・領都イントリに向かった。
 ロウブロー領は、オクタンス領の北から西にかけての北西を覆うように広く境を接していて、領都イントリは北北西の位置にあるそう。

 キューズギルドのマスターであるベルナールが、『自分トコの冒険者が帰ってこない事に業を煮やして、イントリ冒険者ギルドをせっつきに行く』っていう体裁を取るそうだ。
 俺とマリアはお付きのギルド員ってことで、実際に制服を借りてる。
 ベルナールがいる手前、服も装備も【体内収納】じゃなく麻袋に入れて持ち歩いてる。

 それはさておき、今回は馬車だ。小型の幌馬車。
 帝国脱出の時は見様見真似だった御者席からの馬の扱いも、ベルナールに教えてもらってすぐに慣れた。

 野営一泊を経て、ロウブロー領に入り、昼にはイントリに到着。
 俺とマリアは、朝からギルド員の制服を着て変装を済ませてある。
 俺はともかく、マリアの普段と違う制服姿が新鮮で可愛くて、変なへきが芽生えちまいそうだ……。

 イントリの周りはオクテュスと変わらないくらいの高さの防壁に囲まれているけど、奥に見える城がデカイ。太陽に照らされて白く輝いて見える。
 そのお城は足場みたいなのに囲まれてて、手入れ中? いや、増築してる感じだ。
 気合を入れ直して街に入る手続きに。人がまばらで待ち時間も無さそう。

「なんだ、これ……?」

 手続きを終えてイントリの街に入ると、活気が無い気がした。
 それに御者席から見える大通りはゴミ一つなく整然としてるのに、その路地という路地には浮浪者が壁に力無く寄り掛かっているのが見える。

「デカイ城に表向き綺麗な大通り。だが、すぐ側の路地には浮浪者……なんか、ちぐはぐだな」

 荷台から顔を出したベルナールも違和感を口にして、マリアは顔を顰めている。
 その光景は、結局街の中心部にある冒険者ギルドに着くまで続いた。

「ここのギルマスに会うのは、オレだけで充分だ。レオとマリアは一時間くらい街でも見て来い」
「いいのか? ……じゃあ、巻物でも探しに行くか、マリア?」
「そうだね。街を見て回るだけでもいいし」

 ギルド裏の馬車置き場でベルナールにそう言われて、別行動することに。
 なら、制服なんか着る必要あったのか? 俺にとってはマリアが目の保養になったけどさ。あ、門兵を信じさせることはできたな。

 念の為に、俺は制服のシャツをいつもの長裾シャツに着替え、マリアは制服をハーフマントで隠した。
 他領のギルド員が街をうろついてると、要らない誤解を受けるかもしれねえからな。
 俺の剣やマリアの杖は盗まれるともったいねえから、【体内収納】にしまっておく。

「お金や食べ物をお恵みください……」
「……」

 ギルド裏から表通りに出た俺とマリアに、幼い子どもの弱々しい声で聞き覚えのあるセリフが掛けられてきて、俺達は思わず目を見合わせる。

 声の方向を見れば、頬がこけてて棒みたいに細い手足がボロ服から覗いてるガキ――子どもが、欠けた椀を持ってこっちを見ていた。
 まるで、ほんの半年前の自分やマリアを見てるみてえだ。

 『銅貨やスキル、お恵みください』

 そう書かれた木札を首から下げて、口にして、俺もマリアも物乞いしていた。
 セリフがちょっと違う辺り、この子は“帝国”みてえなクズ組織にやらされてんじゃなさそうだ。
 でも、だとしたら、この子は本当の家なし子ということになる。

「レオ……」
「ん?」
「いい?」
「……だな」

 マリアが言葉にしないで、切なげな表情で俺に訴えてくる。
 俺もマリアも、この状況を解決してやることはできねえけど、それでも放っておけねえんだよな。
 二人で子どもに近付いて、小銭入れから銅貨を椀に、腰袋から取り出したと見せかけて体内収納に入れてたパンを手に握らせる。
 子どもは、礼を言う間もなくパンにかぶりついた。
 そんな子の頭をひと撫でして、物乞いをしている連中には少しばかりの銅貨とパンを渡しながら商業区へ向かう。


「やっぱりおかしいよな?」
「うん。この街はオクテュスと同じくらい広くて、立派なお城もあるのに……」

 出歩いてる人がいないワケじゃねえのに、活気――っていうか覇気が無え。
 なんでなのかと道ゆく人達を見ていて、気付いた。
 男、特に働き盛りの男が極端に少なねーんだ!
 大通り沿いの大店は爺さんが店に立っていたし、裏通りの屋台や露店はおばさ――女が切り盛りしてる。

 そして、路地や奥まった小路には、ボロを身に纏った子どもや爺さん、怪我をしてるおっさんが無気力に座ってたり横たわっている。
 汚ねえけど貧民窟とまでは言えない街並みなのに、浮浪者と軽くえた臭いが漂っている。
 こりゃあ、奥まで行ったら悲惨な状況だってのは、見るまでもなく分かるな……。
 そこまで行くと優しいマリアが気に病んじまいそうだから、広場に出た。

「なあ、この街にはなんで若い男がいないんだ? 他所に働きに出てるのか?」

 食べ物を売ってる屋台の中でも清潔そうな荷車屋台を選んで、二人分の棒パンを買いながらそこのおばさんに訊いてみた。
 少しやつれて見えるおばさんが辺りを見回し、金持ちかなんかの馬車と護衛馬が通り過ぎるのを遠巻きに待ってから、声を潜めて答えてくる。

「坊や達は他所から来た口かい?」
「あ、ああそうだ」
「なら、悪いことは言わないからさ、早く出てった方が良いよ」

 出てった方がいいなんて、穏やかじゃねえな。

「出てけって……それはこの街に男がいないことと関係あんのか?」
「そうよ。坊やくらいの年だったら引っ張られちまうよ! 女の子だって、そのお嬢ちゃんくらい別嬪さんだったら――」

 おばさんに理由を訊いていたその時――。

「おい、そこの女っ! こっちを向け!」

 少し離れたところから、声変わりもしてないようなガキの声が飛んできた。
 ああ゛ん? 女だぁ?
 マリアのことを言ってんのかと、イラつきながら睨むように声の主を探す。マリアも反応して振り返っていた。
 屋台のおばさんもそっちを見たようで、その瞬間に「今日は店じまいだ。坊や達も早くお逃げ」と囁いてきて、自分はそそくさと退散しちまうし、辺りにポツポツいた他の屋台の人も歩行者も、みんな一心不乱にここから逃げていってる。

 元凶である声の主は、さっき通りを走ってた馬車にいた。
 黒塗りの馬車が停まってて、客車の扉を開けて、そこから声を掛けてきたみたいだ。

 キュロットとかいうテカテカ光る半ズボンに、襟だの袖だのにふりふりの付いたシャツが紅いベストから突き出てるチビデブ。
 腹が出てて顔はパンパン、くすんだ銀髪のパツパツ前髪にキノコみたいな髪型をしてるチビデブ。
 そいつが――。

「おっほお~。下賤の割にはすごく綺麗じゃないか! よし、僕の世話係になることを許すぞ!」

 客車を揺らしながらステップを下りて、マリアに向かって『僕に飛び込んで来い』と言わんばかりに大袈裟に両手を広げて立った。
 ……なに言ってんだ、こいつ。
 隣にいるマリアは、何が何だかと呆れてるみたいだ。

 しばらくの間ぴくりとも動かないマリアを待ちかねたのか、チビデブが更に叫ぶ。
 その目はマリアしか見えていないようだ。

「おい、女! 聞こえないのか? 言葉が分からないのか? 僕がお前を側に置いてやると言っているんだ! 早く来いっ!!」
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