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第1章.物乞いから冒険者へ
41.骨を削られながら肉を切るような戦い~獣化!
しおりを挟む獣人の腕から引き剥がされてブン投げられた俺は、体勢を持ち直して着地すると、すぐさまマリアの元へ。
「マリア! 大丈夫か?」
「う……うん」
力づくで無造作に頭を掴まれたマリアの髪の毛は乱れてしまっている。
傷は付いてないかと心配する俺は、「よぐやってけだな、レオ、クレイグ!」って声を拾うと同時に、視界の端にアーロンさんの姿を捉えた。
そのアーロンさん……剣だけじゃなく半裸の身体も薄く緑に光ってる!
剣の刀身には風の渦が巻きついてるように見えるし、身体も緑の膜の中にあるみたいだ。
今までも誰よりも速い踏み込みと剣速だったけど……比じゃないくらい速くなってる。
ファーガスを相手に、一人で充分って感じで自由自在に剣を振るってる!
「さすが魔法剣士アーロンの『風纏い』……」
“俺とマリア”と“アーロンさんとファーガスの戦場”との間に、さりげなく大盾を構えて守りに入ってくれた『民の騎士』のレビットが呟いた。
「風纏い?」
「うむ。風の魔法を剣や肉体に纏わせるアーロンの戦い方……。剣は切れ味鋭く、身体は目で追い切れぬほど疾くなり、敵を切り刻むという」
前を警戒しながらも、酒の抜けたキリッとした横顔で教えてくれて有難いけど……。
アンタ、素っ裸だからな? おっさん!
アーロンさんとファーガスは高速の攻防を数合、数十合と繰り広げる。
俺もクレイグやティナさん達も、手を出すとかえってアーロンさんの邪魔になるかもと、フェイやジョセフ達の介抱を優先することに。
マリアは傷も無く、立ち上がって手足の土を払っている。
一騎討ちの場を見ると、アーロンさんがやや優勢。
ファーガスの体には、少しずつ傷が付いている。浅いけど……。
俺が注入した毒が効いてるんだろう。野郎の右の上腕がじわじわと紫色に変色してほんのちょっと動きが鈍くなってる気がする。
でも、斬り掛かっているアーロンさんも、限界が近いのか顔を歪めている。
ここはもう一発、俺が突っ込むか!
みんながサシの勝負に目を向けている隙に、体内収納から俺が持たされている傷薬や回復薬をマリアに渡し、小盾を取り出して左腕に装備する。
そしてクレイグに目で合図をしてから、いつでも飛び込めるように剣を構えて、戦うアーロンさんから目を離さないで待つ。
数秒後、俺の視線に気付いた彼は、また数合ファーガスと打ち合う。
打ち合いながらも、奴の向きを俺が死角になるように誘導するっていう高度なことをやってのける。
そして俺に『今だ!』と頷いて寄越した。
さっきと同じ【隠匿】からの【突撃】で、ファーガスの背後から突っ込む!
また気付いてない。
今度は【硬化】も掛けて……目前の脇腹を貫くつもりで――。
【刺突】!!
「ぐはっうあああああああーっ!!」
ファーガスが衝撃と痛みで大きく仰け反って、悲鳴のような叫びを上げる。
思いっきり突き刺したのに、刀身半分しか刺さらず貫けなかった。
悔しいけど仕方ない、割り切った俺はハイ・ゴブリンの時と同じ轍を踏まないように、刺さった剣を素早く引き抜いて飛び退く。
「うごぉおおおっ……ぎ、貴様ぁああ! ぐわ!」
俺の剣が抜けた痛みが走った獣人はもう一回叫び、傷口からは脈に合わせたように血が噴き出す。
さらに、ファーガスの気が俺に向いたところにアーロンさんの一閃。浅いけど胸に創が走る!
フェイの矢まで肩に刺さった。
続いてクレイグが突っ込んでくる気配。それにシェイリーンさんも魔法の準備をしている。裸おっさんも来る構え。
「て、テメエら……いい、加減にっ――」
でも、ファーガスはこめかみに血管を浮き上がらせてブチ切れる。
「――しやがれやぁあああっ!!」
太い腕を振り回してクレイグを弾き飛ばし、水の矢を消し飛ばし、シールド・バッシュを押し飛ばす。
しかもそれだけじゃない!
「たかが人間数人相手に癪だが……見せてやるぜ! 俺様の本気をなあっ! うおおおおおおお」
ファーガスは全身に力を込め、仰け反るように空に向かって叫ぶ。
すると――。
皮膚に血管が浮き上がり、筋肉という筋肉がメキメキっと膨張、肥大化。傷なんてあっという間に消えた。
そして顔。人間のそれと変わらない目鼻立ちだったのが、鼻筋が突き出し口や顎も前に突き出てくる。
それに合わせて顔も含めて全身から灰青色の毛が生え、伸びて全身を厚く覆い、ズボンは破け手足の爪も鋭く変わっていく。
「おおおああああーっ!」
耳と尻尾以外変わった――いや、耳と尻尾に身体が合ったって感じ。
獣の、狼の姿になった。
「なんだこりゃあ……」
でも狼なんだけど四足じゃなくて二足で立ち、前脚ではなく腕を持つ、まさしく獣人って姿だ。
「レオッ、警戒だど! 気ぃ抜ぐなよ」
「みんな、防御隊形!!」
アーロンさんとクレイグが張り詰めた声で叫んだ。
裸のおっさん三人組が最前列で大盾を構え、その後ろにキューズ組が入る最初の隊形に戻って、アーロンさんは少し離れた位置取りで遊撃態勢。
ファーガスとアーロンさんと俺を含むその他で三角形の位置になって、狼になった野郎の一挙手一投足を見逃さないように集中する。
そのファーガスは、完全に狼の姿になると「ふぅうううー」と息を吐く。
外が寒いわけでもないのに、白い吐息になって風に流れて行く……。
「テメエらは人間のくせに良くやったよ。久し振りに楽しかったぜ……だが、もう終わりだ。俺様を獣化させたなんて自慢していいぜ……あの世でなっ!!」
ファーガスは首を左右に振って首の骨をゴキゴキ鳴らしながら、口角を上げて牙をむき出しにして嗤う。
俺は隊形の外側からいつでも飛び掛かれるようにしてるけど、ファーガスの圧が上がって隙が見えねえ……。
それはみんなも同じみたいで、ゴクリと唾を呑む音が聞こえてきた。
いつの間にか櫓からの警鐘は止まっていて、遠巻きに数人の自警団らしき男連中が佇んでいる。とても入って来られる雰囲気でも敵でもないって分かってんだろうな……。
辺りには大木の葉が揺れるサワサワとした音だけが流れているだけ。
そこに、俺の後ろからキリキリキリと弓の弦を引き絞る音。フェイが口火を切るつもりか……。
そしてすぐに弦が戻る音。同時に矢が近くを通り抜ける。
――でも当たらない。虚しく飛び去るだけ……。
なぜなら、ファーガスの方が先手を打ったから!
フェイが矢を射る瞬間、獣人はアーロンとの戦いを避けて三つ並んだ大盾の外……右翼に張り出していたクレイグ目掛けて突進していた。
元いた場所に土煙りが上がるくらいの踏み込みで、矢のようにクレイグに襲い掛かる。
あまりの速さにクレイグの反応が遅れた。
ファーガスが低い姿勢でクレイグにタックルして長い手で脚を払うと、クレイグが簡単に後ろに倒れて背中と後頭部を地面に強打してしまう。
「ぐはッ!」
「クレイグ!!」「兄さんっ!」
この時点で、やっと俺の身体が反応してクレイグを助けに動き出す。
けど、獣は勢いのままクレイグに馬乗りになって、指を揃えた貫き手を作り鋭い爪をクレイグの首に向けて今にも突き刺しそうだ。
くっ! どう見ても間に合わない……。
そこに薄っすら緑色に光る剣が、剣だけが光の尾を引いてファーガスの頭に一直線に向かう。
アーロンさんが投げたんだ!
「ちぃっ」
ギャン!
馬乗りのまま横目で剣を見つけた獣人が舌打ちして剣を払う。
剣と生身の手なのに、硬い金属同士が擦れたような音が響いて剣がクルクルと回って飛んでいく。
でも、これで間に合う!
左腕の小盾を前に構えて、【硬化】【ぶちかまし】!
「シールド・バッ――」
「うるああ!!」
ドバァーン!!
すごい衝撃と音。
真っ直ぐ前に突っ込んでたはずの俺なのに、景色が逆に流れていた。
俺のぶちかましが負けて、盾の破片を置き去りにそのまま真っ直ぐ後ろに吹っ飛んでる!
ズガァンッ!
「うおっ、レオ?」
そして後ろを追っていた裸おっさんの大盾にブチ当たって、これまた凄い音。
「レオ! 大丈夫か?」
「し、死んだんじゃなかろうな?」
「う……い、生きてるよ」
……たぶんファーガスの裏拳だと思う。
馬乗り状態の、力が伝わりにくい体勢の裏拳。それなのに弾き返された……。
【硬化】を掛けてたおかげで、骨も身体も無事だけど……なんてパワーだ。
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