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第1章.物乞いから冒険者へ

20.魔物スキルを使いまくる!

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 ハイゴブリンが腰を落として臨戦態勢に入った。
 灰緑色の体だから気になりにくいけど、コイツは素っ裸。
 頭も“下”も興奮状態――きたっ!

「ギュエエエエー」

 野郎が大きく一歩踏み込んできて、脚に比べると異様に長い手、その右手をチョップのようにして振り下ろしてくるっ。

 思ったより速い! しかも爪はまるで刃物だし。
 でも、日頃の婆さんのゲンコツとかベルナールの打ち下ろしに比べれば、避けられなくはねえ。

 ドンッ!

 俺が左に避けると、野郎のチョップが地面にぶち当たった。
 腕が当たっただけで木を真っ二つに折るくらいだ。強烈なパワーがあって、この一撃でも指何本か分が地面にめり込んでいる。

 チャンス! 脇腹がガラ空きになった。
 もう一発剣を突き刺してやろうとしたその時――。

 野郎はお構いなしに、土を巻き上げながら右手を裏拳のように俺に向けてきた!

「チッ!」

 俺は腕に装備してる小盾を顔の前に出し、上体を前に低く屈めて裏拳をかわす。
 頭の上を裏拳がブォンって太い風切り音をあげながらよぎり、小盾には巻き上げられた土がバサッと当たった。

 ホッとしたのも束の間。
 ハイゴブリンは右裏拳がスカった勢いそのままで、左腕を俺にぶつけてくる!
 野郎の裏拳を避けたばかり、しかも踏ん張った低い姿勢になっちまったもんだから、跳び上がることもできない。

 普通なら直撃コースで、そのパワーでブッ飛ばされる。
 だけど――!

 【硬化】! 【ぶちかまし】っ!!

 俺は小盾を前に出したまま、でも受け止めたり耐えたりするんじゃない。
 ホーン・ラビットやボアの【体当たり】が進化した【ぶちかまし】で突っ込んでいく!

 ベルナールから習ったシールド・バッシュだ。
 食らいやがれっ!

 もう目の前まで迫ってきていたハイゴブリンの手首に盾の打撃をブチかます!

 バーーンッ!!

 ……所詮、木で出来た小盾。バラバラに砕け散っちまった。
 けど――。

 野郎の手首からも骨の砕ける音が聞こえ、左腕自体も勢い良く跳ね上げられた。
 ハイゴブリンはバンザイの恰好。

 俺はすぐさま左に向き、野郎のふところ深くで正対する形になる。
 少しでもを空ければ、奴の馬鹿力の攻撃が来ちまう!
 剣で行きたいとこだけど……くるっと回って一瞬野郎に背中を向ける。

 なぜなら――。

「うぉぉおおお、【スマッシュキック】ゥウウッ!!」

 回し蹴りするため!
 しかも今回は両手を地面について、低い位置から右足を目一杯うしろに蹴り上げる!

 狙うは――男としての急所!
 下から見ればガラ空き! 完璧に捉えた!

 ズダーン!

 普通の体からは鳴らないような激しい衝撃音と、グチャっていう潰れる・・・感触が靴を通してるのに伝わってきた。
 俺の同じ場所がヒュンと縮み上がる感覚。これって共感?

 あっ、それで思い出した! 治まってる……俺、治まってる!!

「ヴヴヴヴヴアアアアアー!! ア゛ア゛アぁぁああア゛~!」

 反対に、野郎は目を固く閉じて、声にならない苦痛の呻き声を洩らし、両手で患部を押さえながら飛び跳ねている。
 跳ねながら少しずつ後退あとずさり、そして横倒しの木の幹に当たって、ガサガサガサッと音を立てて枝の中にそのまま背中からすっ転んだ。

 おおっ!
 攻撃二発で、相手をひっくり返せたぞ。
 野郎は、こうなっても股を押さえて呻いてるから、絶好の機会を逃す手は無い!

 一気に行かせてもらうぜ!!

 その時だった――。

「レオ! わたしも手伝う!」
「――マリアッ!?」

 マリアが倒木の向こうにいて、杖のコブのある方を前に突き出して構えていた。
 いつの間にここまで近付いてたんだ?

「あっ、危ねえから来るなって言ったのに……」
「レオにばっかり戦わせられないよ」
「でも、――あっ!! 危ねえ!」

 俺とマリアが喋ってる間に、股を押さえていたはずのハイゴブリンが、腹這いになってその片手をマリアに向けて伸ばした。
 野郎を止めるべく一歩踏み出すけど、遅かった……。

「えっ? きゃああっ!!」

 青々と茂る枝葉を散らしながら、ハイゴブリンの腕がマリアに向かって行く。
 マリアは両手で持った杖を前に突き出して、野郎の腕を受けようとしたけど――その力に圧されて、弾き飛ばされて地面を激しく転がった。

「マリアーー!」

 野郎、まさかもう回復してやがったのか?
 いや、痛みよりメス――マリア――に反応したってとこだろう!

 飛ばされたマリアのとこに駆け付けたいけど……その前にコイツだ!

 許さねえっ!
 テメエの衝動・・は俺にも分かる。俺が一か月以上も抱えてきた衝動だからな。

 でも、それ・・がマリアに向くのは許せねえし、向けたことは絶対に許さん!
 今、テメエがマリアに手を上げた報いを受けさせてやる!

 野郎は、遠くに転がっちまったマリアの方に腹這いのまま進もうとしている。枝葉に構わずズルズルと這い進む。
 また舌舐めずりしてる音がする……。

「いつまでマリアを見てやがる! テメエの相手は俺だ!!」

 這っていくのにれたハイゴブリンが、立ち上がろうと右手を突っ張って片膝立ちになっている。
 立たせるかっての!

 【ぶちかまし】!

 無防備な背中に体当たりすると、野郎は前につんのめって倒木を巻き込みながら腹這いに倒れた。
 俺は、野郎の背に飛び乗って、スキルを畳み掛ける。

 うつ伏せの野郎の右腕、二の腕に【刺突】で剣を刺し込み、【硬化】した頭で柄頭つかがしらを【ホーン・アタック】。
 ゴリッていう音で剣先が腕の骨を突き抜けて、野郎の右腕を地面に刺し止めた。

「ヴァアアッ!」

 流石に胴体を串刺しにするのは難しいけど、腕なら俺にだって貫通できる!

 野郎の右腕は地面に刺し止めて、左手は手首が砕けてるから使いモンにならない。
 これで動きは止めた。

 俺は、ハイゴブリンの背中に立ったまま、奴の首を見下ろす。

「次、いくぞ!」

 【軟化】!

 これで全身――骨も関節も含めて軟らかくなって、伸び縮みするようになる。
 骨を伸ばせば蛇みたいにニョロニョロと身体が長くなる。

 本当は使いたくない技だけど……誰の目も無い今なら!
 で、蛇みたいになるってことは……【巻きつき】!

 野郎の首に、自分の足から関節の方向なんて関係なくグルグル巻きついて、そして蛇が得物を締め付けるように締め上げる! 
 奴の血流が首で塞き止められているのが分かる。

「ブウ……ウグッ、うヴぅ」

 野郎は足をバタつかせながら、ブラブラしてる左手で締め付けを解こうとしてくる。出来てないけどな。

 この呻き具合だと、黙ってても閉め殺せそうだけど……これだけで終わらせねえ!

 俺は強く巻きついたまま、【破砕噛はさいごう】で野郎の鎖骨あたりに噛みつく。
 野郎の呻くような悲鳴に続いて鎖骨の砕ける音、それに口に奴の血が流れ込んでくる。

 まだ終わらん!

 【毒生成】!

 怖くて試せなかったスキルだけど、ここで使う!
 発動させた瞬間から口の中に毒液の苦みが広がり、それを噛んだままの奴の傷に流し込む。

 そして、血が巡るように締め付けを少しだけ緩めると――。
 灰緑だった肌がどんどんドス黒くなって、それが広がっていく。
 それを確認した俺は、またきつく締めあげる。

「ブッ……ウッ……う……ぅ……」

 絞め続けると、何とも呆気なくハイゴブリンは死んだ。

 スカッとはしないけど、今できる中で一番苦しい方法で倒せたんじゃないかな……。
 マリアに手を上げた時点で、楽に死ねると思うなよ?

 ――そうだ、マリア!

 俺は軟化を解いて元の姿になって服を正すと、ハイゴブリンから離れてマリアの元へ駆けて行く。
 マリアは、ちょうど立ち上がろうとしているところだった。

「マリア、大丈夫か?!」
「う、うん。ゴブリンは?」

 俺はマリアに手を差し出して立ち上がるのを手伝い、片手は繋いだまま、もう片方で背中に付いた土を払ってやる。

「奴は倒した。それより、怪我は無いか?」
「大丈夫だよ。擦り傷もすぐに治っちゃった」

 そうか、瞬間回復があるもんな……でも良かった。
 ホッとしても、奴がマリアに手を出したことは気に掛かっている。
 マリアにまた・・痛い思いをさせてしまった……。

「悪りいな。俺が奴を抑えられていれば……」
「ううん。レオが来るなって言ったのに近付いちゃって……ごめん。わたしも役に立ちたかったのに、心配かけちゃった……」

 マリアが俺の手を握っている手に力を込め、悔しいってばかりに口を引き結んで、俯いて俺の肩に頭を預けてくる。

「マリア……」

 俺ももう片方の手で彼女の肩を抱き寄せる。
 マリアがすすり泣いているみたいだ。

「マリアが無事で、ホントに良かった……」

 彼女が泣き止むまで背中をトントンと叩いてやる。
 あれ? あの糞スキルが無くなったはずなのに、心臓がドキドキバクバクする……。

 マリアがようやく落ち着くと、ふと言葉を洩らした。

「でも、あんなに大きいゴブリン、何処から来たんだろうね?」

 どきーっ!

「き、急に出てきて、だな……」
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