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第1章.物乞いから冒険者へ
19.そそり立つゴブリン
しおりを挟むまるで暗い灰緑の壁だ。
貧相な痩せぎす体形だったゴブリンは、胴長短足でも人間では見ないくらいにモリモリ筋肉が盛り上がって、手足の爪が刃物みたいに鋭くなっている。
太い首の上には、凄い形相の顔。
毛の無い頭じゅうに血管が浮き出てて、耳のとんがりは鋭くなり、大きく見開かれている目は赤く血走って、唸り声をあげる口からはデカくなった糸切り歯が剥き出しで……。
それがギョロギョロ目玉を動かして、焦点が合ってない感じ。
急な変化にコイツ自身が混乱してるんだろう。
「ウヴヴヴゥゥ……ウガアアアアーッ!!」
「――っ!」
ゴブリンが短い脚を開いて、両腕と顔を上に突き上げて雄叫びを上げただけで俺の周りの空気までビリビリ震えた。
それより何より――。
俺の胸元くらいの高さにあるゴブリンの腰には腰蓑が無く……そこからアレが反り立ってる!
「何なんだよ、コイツ! 急にっ! どうして……」
もしかして、【性欲常態化】がレアスキルだからか?
ゴブリンにもいくつかの上位種がいるってのは知ってる。
駄(コモン)スキルしかないゴブリン。
コアスキルを持って生まれたか、身につけた? ホブゴブリン種。
これは剣とか弓とか魔法とかのスキル毎に、ソード・ゴブリンとかメイジ・ゴブリンって分類されてたな。
レアスキルだと……何てったっけ? ハイゴブリン種だ。
ユニークスキルだと、もはや王様、キングゴブリン種。
ってことは、コイツはハイゴブリン!
この辺には小集団しかいないから、ホブゴブリン種だっていないって話だったのに……。
どう考えても俺の所為だよな?
【性欲常態化】を移した直後だもんな……。
どっちにしろ、俺がなんとかしなくちゃ――。
「レオー! どこー?」
「――っ!」
位置的に俺、ハイゴブリン、木、その背後の自生地から飛んできたマリアの声に、俺は焦りハイゴブリンは耳をピクリと反応させた。
「ギャハ? ギュッフゥ♪」
その瞬間、ハイゴブリンの顔に不快な笑みが浮かんだ。
コイツっ!
こんな状態のゴブリンが考えることなんて、ひとつしかない。
俺がずっと必死に……必死の想いで押さえ込んでいたこと!
「マリアーーッ! 絶対にこっちに来るなぁっ!!」
――メキッ! ……ドォーンガサガサガサッ!
俺がマリアに叫び掛けるや、ハイゴブリンの野郎もマリアの方に振り返ろうとして木に腕が当たった。
たったそれだけで、木が上下真っ二つに分かれ、枝葉の部分が地面に落ちる。
幸運なことに、その枝葉がハイゴブリンの前を塞いだ。
それに、そのお陰でマリアからハイゴブリンの下半身は見えないだろう。
「キャーッ!! ゴブリンなの、それ?」
「ギュフゥ♪」
木が横倒しになったことで、マリアからはハイゴブリンの胸あたりから上が見え、ハイゴブリンからはマリアがはっきりと見えたはずだ。
野郎の声だけで、ニヤけたのが分かるし、涎をすする音もする。
「マリアーーッ! 絶対にこっちに来んなぁっ!!」
俺も少し横に逸れて、もう一度マリアに叫び掛ける。
――ヤバい!
ハイゴブリンの野郎が、枝葉などお構いなしに前に、マリアに向かおうとしてやがる!
どうする? どうすればいい?
まずはあっちに行かせないことだ!
野郎は枝葉を手折り、踏みつけ、真っ直ぐマリアに行く気だ。
野郎の背中には、俺の(剣の先っちょだけ刺さった)攻撃でついた小さい傷があったけど、閉じかけてる。
【自然回復】か【急速回復】が働いてるんだろう。
厄介だけど、傷が付けられる、ダメージを食らわせられるってことは分かった。
どっちにしろ、俺に気を惹かなきゃマリアが危ない!
なら、やることは一つ。
俺には全く関心が無いようで、相変わらず背中はガラ空きなんだから、存分に叩きこむぜ。さっきは使わなったスキルをよっ!
「うぉおおおー! 【刺突】ぅぅううう!!」
ほとんど塞がりかけているさっきの傷跡めがけて、地面を蹴って剣を突き出す。
「イギャッ!」
よしっ! 刀身の半分まで刺さったぞ!
喜んだのも束の間。
「うおおっ?!」
ハイゴブリンが体ごと振り返り、俺は剣を刺したまま凄い勢いで身体が振り回される格好に。脚まで浮いて、遠心力で飛ばされそうになるのを、剣を握る手に力を込めて耐える。
野郎も背中側に俺の存在を感じたのか、背中を右へ左へ大きく動かしてくる。
それも必死で耐える俺だけど、そこに野郎の肘が!
剣を離せば当たらないで済む。
でも武器を手放すわけにいかねえ! ……なら!
【硬化】っ!
ガァンッ!
野郎の肘が俺の肩にヒットする硬い音と一緒に衝撃が来て、身体が弾かれた。
人間の連中の蹴りや拳はほとんど痛くなかったのに、ジンジンとした鈍い痛みが俺に走る。
ついでに、衝撃で剣が野郎の背中から抜けて、身体がふわっと宙に浮いた。
俺は空中で姿勢を整えて着地。すぐに野郎を見遣る。
野郎は……肘を押さえて呻いていた。
何やってんだ?
――あっ! 肘から先が痺れてやがるんだ!
肘をどっかにぶつけた時にくる、あの痺れ! ゴブリンにもあるんだな……。
ハイゴブリンは、まだ苦悶の様子。
おかげで、俺は野郎との距離を取れた。
で、どうする?
俺には【注視】から進化した【洞察】ってスキルがある。
これまた用心深いウルフ系の魔物にあるスキルで、気配を消して物陰から相手を探る時のスキルだそうだ。
俺のはまだレベルが低くて、相手がどれだけの力量があるかまでは分からないけど、俺より強いか弱いか、強くても勝てそうかどうかが何となく分かる程度だ。
俺の目から見て、この野郎には勝ち目が薄い。
かといって必ず負けるっていう気はしねえ。やり方次第ってことだ。
でも――。
それは、何もねえ状況で、一対一でやった場合だ。
ここにはマリアがいる。
この野郎の視界にマリアを入れたくないから、それを考えながら戦わなくちゃならねえ。
待てよ?
そもそもの原因の【性欲常態化】を、俺が吸収しちまえば?
いやいやいやっ!
またあの地獄の日々に耐えろって? 無理無理無理。
それだけは御免だっての!
――っ!
「ウ、ウガアアアアーッ!」
ハイゴブリンが雄叫びを上げて、そして俺の方に向き直る。
血走った眼は俺をしっかりと捉えていて……俺を敵と認識したみてえだな!
好都合だっての!
やってやるよ。
その方がマリアを巻き込まなくて済むからな!
剣を構え直して、俺を睨みつけてくる野郎を睨み返す。
「さあ、来いよっ!」
俺をただの人間のガキだと思うなよ?
俺の持ってる全てを使ってでも……何をやってでもお前をブッ潰す!!
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