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第1章.物乞いから冒険者へ
14.お前、物乞いだろ
しおりを挟む変な気は起きたけど、“変なこと”はしないで表示板室を出る。
マリアは俺の後ろに隠れて、俺の服をつまみながらついきた。
なんで俯いてるんだろ?
婆さんは、窓口から離れて奥の方で書類仕事をしていたけど、俺らに気付いて鍵を持ってカウンターに向かってきた。
二階の資料室の鍵だ。
表示板室に行く前に、スキルについての資料を見たいって伝えていたから、その鍵を借りる。
さ、行こうかってところで、後ろの酒場からダミ声が飛んできた。
「おぁ~い! どっかで見た気がしたと思ったら、テメエ、物乞いのガキじゃねえかっ」
ドキッとして、思わず振り返る。
声のした方向には、さっきの二人組のデブがいた。
腰丈の間仕切り壁の内側――酒場の中で受付寄りのテーブル席に座ってて、赤い鶏冠デブが間仕切り壁に頭を乗せて、椅子の後ろ脚二本をギシギシ軋ませながらロッキングチェアみたいに揺れている。
「その黒い髪に黒い目ぇ。見た事あったわ……そこの通りで物乞いしてたろ?」
青髪編み込みデブは、向かいの席でニヤニヤと笑ってやがる。
俺も思い出した。
物乞いしてる時に、俺らにちょっかい出してアガリを奪おうとした奴だ。
そん時は、手下がなかなか助けに来なくて、危うく全部持ってかれそうになったっけな。
結局、手下連中が間に合って大丈夫だったけど、俺は後からボコられたっけ……。
俺の後ろにいるマリアの、俺の服を握る手に力が籠った。
そうだな。
こんな所で、馬鹿の相手はしてらんないな。無視だ無視。
「でえ? とうとうギルドの中でも物乞いするようになったってかぁ?」
……相手にするな、俺。無視だ無視。
俺が黙って、婆さんに向き直ると、婆さんは溜め息を吐いてからデブ二人をキッと睨む。
「あんたらいい加減にしなっ! 双子で昼間っから酒を飲む暇があるんなら、依頼でも受けなっ!」
ビシッと掲示板を指差して叱り飛ばす。
やっぱり双子だったんだな。似てるしな、腹――じゃなくて顔も。
俺は奴らに顔を向けなかったけど、「へっ! うるせえうるせえ」「くっくっく、ババアは黙ってろよぉ」ってへらへら言う声が聞こえてきた。
で、案の定やめるわけも無く――。
「お~い、聞いてっかぁ? お前が物乞いだとしたら……」
「――そこの女も物乞いか?」
ゲラゲラと同じ声で揃って笑う声も聞こえてくる。
俺は思わず体がピクッと反応して、マリアを俺の前に引っ張って奴らから隠す。
さすがにマリアのことを言われちゃあ、黙ってらんない。
「俺らの相手をするってんなら、いくらか恵んでやるぞ?」
「ゲへへ……幾らだ? 銅貨五枚もあれば充分かぁ?」
頭の中でプチっと音がして、奴らに振り返ろうとした時、同時にマリアが俺にきつく抱きついて「ダメッ!」って止めてきた。俺が手を出さないように腕まで包んで抱きついてくる。
正面切って抱きついてきたもんだから、俺の下半身が……マリアに当たってしまった!!
違う意味での俺の動揺には構わず、婆さんがさらにデカイ声で怒鳴る。
「この子らはもう冒険者だ! 冒険者同士で過去の詮索やギルド内での悶着はご法度だよっ!! いい加減にしな!」
これにはデブ以外の酒場の客や掲示板を見ている連中も、こっちに気がついてパタリと口を噤み、成り行きを見ようと注目してきた。
デブ共は婆さんの言葉に、一瞬驚きの表情を浮かべる。
でもほんの一瞬。
すぐにニヤけた顔に戻って顎を突き上げて婆さんに言い返す。
「ああ? こんなガキがか?」
「オレらを担ごうってのか、ババア」
「そんな訳ないだろ。この子らは、冒険者証も持ってるれっきとした冒険者だよ!」
今日、さっき登録したばかりだけどな……。マリアに至っては見習いだし。
でも、これで引き下が――。
「そうかそうか、じゃあ依頼を出せばいいのか? そんなガキに抱きついてないで、俺らに抱かれなって!」
「銅貨五枚で俺らの相手をしろって? げへへへ!」
「指名すればいいのか? なんて名前だ?」
「ババア、受理しろよ?」
また揃って下卑た笑いを飛ばした。
「マリア、ごめん」
俺は思ったより冷静だ。
本当にキレた時ってのは、案外こうなるんだな……。
俺は、抱きついてきてるマリアの両脇に手を挿し込み、子どもを高い高いするように持ち上げて、ゆっくり下ろす。
そのままおっぱいを揉みたい衝動に駆られるけど、た、耐える。
それでも再度俺の名を呼びながら、抱き止めようとしてくるマリアの手を躱し、俺はデブの方に歩いていく。
デブ共もそんな俺を見て椅子から立ち上がる。
「ああ゛ん?!」
「戦ろうってか?」
それでも俺は歩みを止めない。
間仕切り壁を挟んで睨み合う形になる。
どっちもどっちだけど、マリアのことを言い始めた青髪編み込みデブをロックオンする。
デブは俺の倍くらいの背があるから、すげえ見上げる格好になる。いっそのこと仕切り壁に乗っちまえば同じ目線になるか?
「ガキが……冒険者とはいえ、どう見てもFランクだろ?」
「俺らはDランクだ。敵うと思ってんのか?」
Dランクか。
確か、ギルドマスターが連れて行ったのはCランクだったな、一組。
Cの次のランクっつったって、今回は頭数にも入れてもらえないランクってことだ。
俺の【直感】か【看破】か何かが働いてるんだろう、全然怖くないし強えとも思わない。余裕だ。
「FとDじゃ、話になんねえぞ?」
「今、詫びを入れりゃあもしかして許してやるかもよ? 万に一つで」
「それ、許されないのと変わんねえからっ」
「それもそうだな」
デブは二人だけのやり取りでガハハと笑う。
「へえ? おっさん達、結構な歳に見えるけど、まだDランクなんだ?」
「「ああ゛!?」」
「いや、それよりもそんなにデブってて、よく冒険者を続けられてんなぁ? 出荷はまだなのか、ブタさん?」
「てっ、テメエッ!!」
軽く煽っただけで青髪野郎が、編み込み髪を振り乱しながら太い腕で殴りかかってきた。
こんな壁を挟んだ状態で腰の入ったパンチが来るはずも無く、俺は余裕でスカす。
体勢を崩した青髪野郎の長髪が俺の目の間に来たので、咄嗟にそれを掴んで引っ張ってやる。
野郎は壁につんのめって無防備な頭を俺に晒す。
お? いい機会だ。どんな魔物のだったかは知らないけど、【ホーンアタック】を実地で試すチャンス!
まだ資料を調べられてないけど、頭の角を敵にブチ込むって……要は頭突きだろ!!
【ホーンアタック】!
案の定、角の無い俺の【ホーンアタック】は頭突きで、でも青髪野郎の剃り込んだぶよぶよ頭皮が衝撃波で波打つくらいの威力。
つんのめっていた体は跳ね上げられて、テーブルや椅子を巻き込みながら凄い勢いで後ろにぶっ飛んでいった。
「テ……テメエ! よくもやってくれたなあ!」
赤髪鶏冠デブは、一瞬呆気に取られていたけど、すぐに気を取り直して俺に向かってきた。
青髪野郎と同じ思考回路なのかってくらい、同じく腰の入って無い、軌道も同じパンチ。
同じ流れも面白くないな。もう一つ、スキルを試そう。
俺は赤髪鶏冠の拳を目掛けてスキルを働かせる。
【スマッシュキック】!
俺はクルリと鶏冠デブに背中を向けると、そのまま足を真っ直ぐ蹴り上げる。
……要は後ろ蹴りってことか。
俺の足が鶏冠の拳を蹴り上げ、鶏冠の腕を大きく跳ね上げた。
なんかピンとこないな。
あんまり手応えを感じなかった俺は、間仕切り壁に飛び乗り、腕を跳ね上げられてガラ空きになった鶏冠野郎の顔面に、もう一発【スマッシュキック】をしてみる。
今度は鶏冠野郎の顎を捕らえ、俺の何倍も体重があるはずなのに、放物線を描いて壁までぶっ飛んで行った。
その割に俺の足への反動は軽かった。スキル攻撃だからかな?
それにしても――。
やっぱり双子なんだな……二人ともぶっ飛んでいくなんて。
双子がぶっ飛んだデカイ音の連発に、周囲がどよめいた。
こうやって頭の中は冷静な俺だったけど、怒りが鎮まったワケは無く……。
次はどうしてやろうかと考えていたら、いい事が思い浮かんだ。
どっちでもいいから、こいつらに【性欲常態化】を移しちまおう!
俺の怒りが鎮まってこのデブ達も助かるだろうし、俺も糞スキルから解放されて助かる! うん、そうしよう!!
俺が酒場の床に転がる青髪野郎に近付いたその時――。
「おいおい。帰って来た途端にデケエ音がしたと思ったら、何やってんだ、お前は?」
ギルドマスターのベルナールが帰ってきていた。
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