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12.首謀者を追うには……

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 隠れ家に連行された男は、幾重もある下請けの下請けのような末端の人間で、この男から首謀者に辿り着くのは不可能みたい。
 なので、より一層ウチの小屋にいるキアオラからの情報は大事になる。

「オリヴィーもここにいて、聞いていてくれないか? 気付いたことがあれば、遠慮なく言って欲しい」

 わたしも出来ることをしたいと思っていたし、エドの希望もあって、わたしも小屋に入って、取り調べの様子を聞いている。
 わたしの隣には、人懐こいワンちゃんが大人しく伏せている。
 このワンちゃん、小屋に近づく者への番犬的役割で、母子二代に渡って、あそこで飼われていたとキアオラが言っていた。

 あまりにいい子だから、うちで飼っちゃいたいくらい。
 なぜだかエドにはそれほど懐かないけどね……

 取り調べで、キアオラは――
 十年ほど前に何者かに攫われて、呪術の行使を迫られた。
 まだ研究段階だと断ったのだけれど、研究を進めるように脅され、あの小屋の地下に監禁されて現在に至る。

 これまでに二回、呪術の行使をさせられたとのこと。
 わたしとエドね。ある意味被害者が少なくて良かったわ……

 呪術では、人間を完全に動物に変えたかったそうだけれど、上手くいかなかった。
 二度の失敗も、当初は研究を続けさせてもらえていたが、とうとう呪術本を取り上げられたので、“殺される”と思っていたそう。

 おそらく、パーティーでエドが消え、わたしが犬に変身したのを目撃したか、聞いたかして、首謀者はキアオラの処分を思いとどまったのね……

 いやいや! その首謀者は誰? ってことよ!

「エド? 誰が黒幕か判ったの?」
「それが……」

 キアオラは高齢のため、視力が衰えていたところに、暗い地下での監禁で更に目が悪くなっていて、誰が誰だか判らないそう……
 シド達も、別方向――監禁小屋の所有者等――の捜査も並行して行っているけれど、進展はないみたい。

「オリヴィー、何かないかい?」

 何かって……
 貴族の教養と、王太子妃教育を受けているだけのわたしが、何か思いつくかしら?
 頼みのキアオラも、ほとんど物も人面も見えていない状況だったし、呪術本? も取り上げ――! それよっ!

「エド! 呪術本の線は?」
「それも誰に取り上げられたか判っていないし……」

 エドは眉を下げ、困り果てる。

「エド? 人間の視点で考えるから、詰まるのよ! キアオラ翁の捜索と一緒! “ここ”を頼りましょ?」

 敢えて笑顔で明るくエドの鼻にツンツンと人差し指を当てる。
 思い詰めても上手くいかないときはいかないもの。だったら明るく乗り越えましょう?

「オリヴィー……。そうだね!」


 気を持ち直したエドと、シドやアンも加えて、どうしようかと相談。
 呪術本を探す事にしたけれど、肝心の本のニオイは分からない。

「でも、キアオラ翁が始終持っていたなら、彼の臭いが染み付いているでしょう?」
「そうだけど……。本は人間と違って、本棚とか引き出しとか狭い所に収納できるからね……。箱に厳重に入れられていたら追えないよ」

 ……やっぱり、人間を追うしかない。けれど、その人間はわからない、か。
 結局振り出しに戻る?

 クーン……

 ワンちゃんがわたしに甘えてきて、頭をナデナデしてあげる。

「――そうよっ!」

 思わず立ち上がってしまったわたしに、みんなが驚いてこちらを見る。

「どうしたんだい? オリヴィー」
「本を持って行った者を見たのはキアオラ翁だけではないわよ?」
「小屋にいた男かい? 下っ端すぎて、繋がるとは思えないよ」
「違うの! この子よ」

 クーン?

 犬に聞ける訳ないだろ? なんてことはこの場では通じません!
 だって、犬になれるんですもの!
 犬に変身しちゃうことが、難問突破の糸口になるかもしれないなんて、思ってもみなかったわ……

 まあ、キアオラ翁を確保した時点では、もう一度ワンちゃんになるなんて考えもしなかったのだけれどね。

 キアオラに見聞きされるといけないので、公爵邸の母屋にワンちゃんを連れて移動する。
 何時間も犬に変身する必要は無いので、三〇分ほど変身していられそうな量のお酒を用意すると……

 わたしにばかり負担はかけられないと、エドも犬になってくれるそう。
 エドも一緒に聞いてくれるなら、安心だし、その後の動きも早くなるでしょうから、いいわね。

 別室に分かれて変身して、さあ、ワンちゃんに聞いてみましょう!


(ハッハッハァ! あれ? お姉さん、俺みたいになってる! ん? このちっこいのは……ここのリーダーのやつか?)

 ワンちゃんのいる部屋に入るなり、この子は気さくに話しかけてくる。尻尾をブンブン振りながら!

(なに? なに? 遊ぶ? 遊んでくれるの? ハッハッハッ! あれ? お姉さん、俺の母ちゃんみたいな感じするな? 気のせいかな。アハッ)

 ……グイグイ来るわね

(ちょっ! ちょっと待ってねぇ? 落ち着こうか)



 ようやく話せる位にはなったわね。
 遊び相手が来たと思ったこの子を落ち着かせるのは大変だったわ……
 シドやアンには吠え合っているようにしか聞こえなかったでしょうけど、苦労したんですからね!
 変身時間、大丈夫かしら?

(改めて、ご挨拶から始めましょう。わたしはオリヴィアよ)
(僕はエドワードだ)
(デカイのがオリヴィアで、ちっこいのがエドワードだな!)

 ちょっとショック……

(あ、あなたは?)
(俺か? 何だろうな? 知らねえや)

(知らない? 人間にはなんて呼ばれてたの?)
(ニンゲン? ああ! 一緒にいた臭い奴らか。奴らは俺を『イヌコロ』とか『ダケン』とか言ってたな?)

 ――ひどい! こんなに可愛い子を、何て呼び方しているのよっ!

 わたしとエドで、この子に『ブッチ』と名前をつけた。
 この子……尻尾を千切れそうなくらい振るんですもの。ブチって……

 ブッチにキアオラの事を聞いたら、(地面の下にいる奴だろ?)だって……
 確かに地下だけどね。

 キアオラは、ブッチが生まれる前から地面の下にいたそう。
 小屋には基本的に二人の人間が滞在していて、交代を考えると全部で十人近い人間が出入りしていたとのこと。

 肝心の呪術本や、それを持ち出した人間のことを聞くと(ん? 本って何だ?)状態。
 わたしがガックリ項垂れていると、エドが言葉を変えて聞いてくれた。

(えーっとね? 地面の下の奴と同じニオイのなにかを持って出て行ったニンゲンを知っているかい?)
(地面の下の奴と同じニオイ……かぁ。――あっ! 覚えてるよ!)

 エドぉ! お手柄よっ!
 ブッチも、覚えているなんて……いい子!
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