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第19話 ライオット時計店へ

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「信じるが、しばらくは私に任せてもらえないだろうか」

 マクシミリアンは、背後関係の真相を探る時間が欲しかった。ベルントの命を救えるやり方は無いか模索したかった。

「もちろんです。私はただの時計職人として働きたい娘。何かをしようとして出来るほどの者ではございません」

 彼は(いいや。エミリア嬢は、こうやって私に教えてくれたではないか)と心の中で感謝する。

「――ですが、私も時計店の皆さんは守りたいのです。私よりも年下の双子もいます。それに、ウォルツさんはトムソンさんのご親戚だそうですし……」
「そこも知っているのか?」
「はい!」

 笑顔で返事をするエミリアの気持ちは晴れていた。伝えたい、伝えなければ、と思い悩んでいた事を一先ず吐き出すことはできた。

「憑き物が落ちたような表情だ……。やっぱり君には笑顔が似合うよ……」

「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「いや……何でも無いよ。さっ! 出発しようか」
「はい!」

(ルノワ……ありがとうね? あなたのおかげで殿下は私の言葉を信じて下さったわ)
(ンナーオ!)

 一行は再び馬車に乗り、ヴァレンへと向かう。
 車内のエミリアは先程までと違い、すっきりとした顔をしている。

「おっ? 嬢ちゃん、吐いて休んですっきりしたか?」
「こら! セイン。君は相変わらずデリカシーが無いな」
「ベルントは、まだこいつにデリカシーを期待しているのか?」
「そこまで言うか? ベルントもマックスも酷くないか? なぁ嬢ちゃん?」
「私も、これからはセインさんには配慮を期待しません!」

 客車には久し振りに笑い声が弾けた。


 前回よりも数時間遅れで帝都ヴァレンに到着。

「時計店の前まで送ろう」

 ライオット時計店の前に馬車が止まると、中からウォルツが出てきた。
 彼はトムソンと挨拶を交わし、客車のドアを開ける。

「これはこれはマックス様。ようこそおいで下さいました」
「いいや。今日は、工房に紹介したい人がいてね? 話だけでも聞いてあげてくれないか?」

 エミリアは、マクシミリアン達に礼を言い、ウォルツのエスコートで客車を降りた。

「嬢ちゃん、失礼の無いようにな? 頑張れよっ」
「はい!」
「エミリア嬢なら大丈夫でしょう」
「ありがとうございます!」

 セインとベルントが、客車から身を乗り出すようにして声をかける。

「エミリア嬢」

 マクシミリアンはエミリアの碧眼を見つめて、「うん」と力強く頷いた。
 エミリアも彼のバイオレットブルーの瞳に決意を見て取り、笑顔で「はい!」と頷く。

 エミリアは馬車がカルマンストリートを抜けるまで見送った。
 その様子を見守っていたウォルツが、「どうぞ」と店内へ導いてくれる。
 エミリアは、トランクの入った麻袋を床に下ろし、マクシミリアンからの紹介状を差し出す。

 紹介状の裏の封蝋印を確認したウォルツは、「お預かりします」とエミリアを応接室に案内する。

(前回とは時間も状況も違う……。気が変わった、不採用! なんて止めてよ?)

 ウォルツを待つ間、応接室で一人になったエミリアは緊張していた。

 紅茶とペーパーナイフを持ってきたウォルツは、紹介状を読むと工房長を呼び、ゼニスが入ってくる。
 エミリアがマクシミリアンの事を知っているとはいえ、二人の間以外では知らないように振る舞うと二人で決めていた。

『エミリア嬢は、貴族家の出のようだが事情があって一人で暮さねばならぬようだ。時計作りについては、素人目の私にも驚くべきものがあるように思える。もし職人に空きがあるようなら、雇ってもらえないだろうか』

 マクシミリアンの紹介状は、前回と一字一句同じだった。
 そして、エミリアも前回同様、自分の時計をテーブルに差し出して、誠意をもってお願いする。


「エミリアさん、あなたはリンデネート王国のオロロージオ男爵とは、どういうご関係で?」

 時計の紋章を見たウォルツの問いにも、丁寧に答える。


「採用です。是非ウチの工房で働いて下さい」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いつから出てこられますか?」
「きょ――あ、明日からでも働けます!」
「ほぉ! お住まいはお決まりでしたか」
「あっ……」

 そして、住み込みを頼むと、ゼニスとウォルツが申し訳なさそうに三階に案内する。
 やはり途中で二階の工房内が見えて、エミリアは金属の匂いと機械油の匂いに郷愁きょうしゅうを誘われたが、それよりも職人のみんなの顔を再び見る事が出来て、胸が一杯になる。

(ああ、また皆さんに会えた……生きている!)


「先程もお伝えしたように、ここしばらく使っていませんし、一部屋は物置に使ってしまっているので……」

(やっぱり汚い……)

 エミリアは同じ部屋を選んで、ゼニスに聞く。

「三階って、お掃除係っていらしたのですか?」
「あ、ああ! いるんだ。ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、ゼニスは階段の上から工房に向かって「お~い! ダニー! ふたご~!」と、大声で呼ぶ。

「お前らっ! サボり過ぎだ! 必要な時に使えねえじゃねえか!」

 ダニーとパネル・ライルにゲンコツが落ちた。

「っつ~~」「「イテテテ」」

 エミリアは彼らのそんな姿も微笑ましかった。

「私はエミリア! 明日から一緒に働かせてもらいます! よろしくね?」
「職人だって? なんで!」
「「あー! 抜かされたー! 親方どうして?」」

「うるさい! 腕だ腕!」

 またゲンコツが落とされて可哀そうになって来たエミリアは、三人に笑顔で言う。

「さあ! 一緒にやりましょう? 
「お……おう」「「はーい」」

「「このお姉ちゃん、初対面なのにグイグイくるね?」」
「しっ! 聞こえるぞ!」
「そんな事言ってると、親方を呼ぶわよ?」

 エミリアは、三人との関係が一気に縮まったような気がして嬉しかった。
 今日は自室と台所だけで終わりかな? と思っていたら、工房を閉めたゼニスやパテックとフィリップも合流して、遅くなる前に全ての掃除を終える事ができた。

(前回は何日か掛けてできたのに……ありがとう、みんな)

「ああー! 買い物忘れちゃった!」

 ダニーが遅くまで開いている雑貨屋に連れて行ってくれて、何とかなった……


 そして……約一週間。
 エミリアは工房に溶け込み、職人達とも打ち解けていた。

「エミリア。応接室に来てくれ」

 ウォルツに呼ばれて、応接室に向かう。

「やあ、エミリア嬢。無事に働く事が出来たようだね?」
「マックス様!」

 応接室に入るなり、マックスがエミリアに声をかけた。
 隣にはセインもいる。

(ベルント様は……やっぱりいない)

「おう! 嬢ちゃん。ここに断られて行き倒れていたら大変だからって、ずっと気にしていたんだぜ?」

 相変わらずのセインに、マクシミリアンは「すまないが、トムソンと外で待っていてくれないか?」と人払いする。

「おっ? 逢い引きか?」
「またコイツは……」

 頭を抱えるマクシミリアンに、軽く手を振りながらセインが退出し、応接室には彼とエミリアの二人になった。


「――さて」
「はい」

 マクシミリアンが真剣な顔になり、エミリアも姿勢を正す。

「まずは、君の『放逐』の経緯については裏が取れたよ。本当に大変だったね」
「まあ。もうお調べになったのですね」

 この時もマクシミリアンは、彼女の母親やアデリーナの事は伝えなかった。

「それで……ベルントの事だけど」
「はい。今日はどうしていらっしゃるのでしょう?」
「学舎で用事があるとの事だった」

「次に私がここを訪ねる時に襲撃されるんだったね?」
「はい。時計店の休業日でした」
「休業日だったのか……知らなかった」
「それで……どうなさるおつもりですか? 殿下」

 マクシミリアンは、より神妙な顔になる。

「襲撃はさせる」
「大丈夫ですか?」

 エミリアの心配を見て取ったマクシミリアンが、彼女を安心させるように、柔和な表情で続ける。

「大丈夫さ。帝国の皇子が学舎にいてね。皇子を介して帝都警備隊に要請してある」
「皇子殿下とお知り合いなのですか?」
「ああ、幼馴染――いや、腐れ縁……かな」

 そして、マクシミリアンはズイッと対面のエミリアに寄って、言い難そうに言う。

「それで……ベルントは生け捕りたいのだけれど、エミリア嬢はそれで構わないかい?」
「はい、構いません。そうすることで全容解明に近づくと思いますし」
「ありがとう。……彼とはどうしても話したいんだ。罪は罪としても、彼の苦しみを取り除いてやりたい」
「そうですね。是非そうしてあげてください」

 マクシミリアンの帰り際、エミリアが「殿下。参考になるか分かりませんが……」と、前回の襲撃の様子を書けるだけ連ねたメモを渡す。

「ありがとう」



 そして、襲撃当日を迎える。

 エミリアは、それまで無理せず考え過ぎず、マクシミリアンを信頼して任せると開き直っていたので、体調を崩すことなく当日を迎える事ができた。

「いよいよね……」
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