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第17話 打ち明ける

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 エミリアはへたり込んだまま動けなかった。
 眠れなかった……

 外は空が白み、鳥達が起き出し、馬達も起き、朝日が昇る。
 人々も動き始めて、開け放たれた窓の外からの音が多く、大きくなってきた。

 宿の朝食開始を知らせるハンドベルの音で、エミリアはハッと我に返る。

(もうこんな時間? どうしよう……何も考えられなかったわ)

 エミリアに空腹感は無いが一応食堂に行き、ほとんど手をつけずに部屋に戻った。
 マックス達は食堂には姿を現さなかった。
 出発予定時間はもっと後なので、ゆっくり起きて朝食もギリギリに食べるのだろう。


 約束の時間に、エミリア達は出発した。
 今日の昼には帝都ヴァレンに到着する。

(ヴァレンに着いたら、マックス様とはお別れになってしまう……。次の機会があるのかすら分からないのに……)

 エミリアは、マックスへもともと伝えたかった事、深夜に聞いてしまった事を、いつ言おうか悶々もんもんとしていた。
 だが、馬車にはベルントも同乗しているし、二人きりになるタイミングは無い。
 彼女の、口数も少なく心ここにあらずな様子を、同乗の三人も気にしていた。

 一昨日は『実家からの放逐』と『乗合馬車への盗賊の襲撃』があり、昨日は『マックス達への襲撃』があった上での『ベルントとその父親がマックスの命を狙っていると判明』という、様々なとんでもない体験が重なった。

 更に、エミリアは『時計店で暴漢から殺されて巻き戻った』という壮絶な体験も加わっている。

 彼女は途中で具合が悪くなってしまい、馬車を止めてもらって外へ出て嘔吐した。
 身体的疲労と心の疲労困憊こんぱいで、馬車に酔ってしまったのだ。

「オェッ! ゴホゴホッ! うぇ」

(ンニャオ? ミャーオ)

 ルノワはエミリアの腕の中で心配そうにしている。

(ルノワ……心配してくれているの? ありがとう)

「大丈夫かい?」

 マックスがエミリアの側にしゃがみ、優しく肩に手をおいて声をかける。
 そして、「どうぞ」と水を差し出した。

「ありがとうございます……。馬の足を止めて申し訳ありません」
「エミリア嬢が気にする事は無いよ。時間に追われる旅でも無いしね」

 マックスはそう言うと、彼女を心配そうに窺っているセイン達に向かって「エミリア嬢はもう少し休ませた方がいいと思うから、三人で見張りに立ってくれ」と伝えた。

 街道沿いの茂みにいたエミリアの手を引いて、丁度いい岩にいざなって二人で座る。

「出会った時からそうだったと思うけど、何か悩んでいるようだね? 気になっていたんだ。私でよければ話を聞くよ?」

 思いがけずマックスと二人になり、しかも彼の方からきっかけが作られた。
 エミリアは(せっかく訪れた機会、逃してはいけない)と意を決し、水をグイッと飲んだ。
 ちらりと周囲を確認するが、ベルント達はトムソンも含め三人、離れた場所に立ち哨戒にあたっている。

(私達の話し声は聞こえなさそう。どう伝えるか考えている場合じゃないわ、正直に話そう!)

 マックスは、エミリアを静かに待っている。

「あの、今まで隠すような形になって申し訳ございません。私はリンデネート王国の子爵、レロヘス家のエミリア・レロヘスと申します」
「レロヘス……」
「はい。現当主・リンクスはグランツ・オロロージオの息子で、母と結婚してレロヘス家に入ったので、私はグランツの孫にあたります」
「その時計の?」
「お気づきでしたよね……。そうです、お爺様の手ほどきを受けて作りました」

 そして、エミリアは放逐されるに至る経緯も話す。
 ここまではマックスも納得したようだ。

(さあ! ここからよ)

「マックス様には、とても信じ難い事とは存じますが、私は未来から戻って来たのです」
「戻って来た? ……それはどう言う? 言葉のあやか?」

 マックスの顔に戸惑いの色が浮かんでいる。

(戸惑われるのも当然よね。頭がおかしくなったと思われても仕方のない事だもの)

「ご説明申し上げる前に、お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「手を? いいが……」

 エミリアは、今や胴体が彼女の手の平に納まるまで小さく、尻尾も一本になってしまったルノワを自分の左手で包むように持つ。
 そして、自分の右手をマックスの手にかぶせるようにし、ルノワの方に導いてゆく。

「ど、どうしたのです」

 女性に手を触れられているマックスは、少し動揺している。
 エミリアは構わずに手を動かし、ゆっくりと優しくルノワを撫でる。

(ルノワ~。大人しくしていてね~)
(ミャ~)

くうを撫でてなにを――えっ!?」

 マックスの手がビクッと反応した。

「こ、これは……動物か? 見えない……が、毛の感触がある?」

(よかった。感触が伝わったわ)

「はい。猫――黒ネコです。名前はルノワと言います」

 エミリアは、マックスの手を誘導してゆっくりとルノワを撫でながら話す。
 ルノワも嫌がること無くゴロゴロと喉を鳴らしている。

「な、名前まであるのか?」

 エミリアは彼の手をそっと離す。
 すると、マックスがいくらルノワを撫でていた箇所に手を寄せても、何の感触も無くなった。

「無い? 居なくなったのかい?」
「いいえ?」

 エミリアがもう一度彼の手を導くと、感触がある。

「これは……どういう事だ?」

 エミリアは密かに思っていた事があった。

 ルノワが夢だけではなく現実でも見えるようになった頃、エミリアがルノワを撫でた後だけ、母のマリアンに触れると彼女はくしゃみが止まらなくなった。
 マリアンは生まれながらに猫に生理的嫌悪アレルギーがあるらしく、猫がいるとくしゃみが止まらなくなるのだった。

 エミリアがルノワに触れない限り、ルノワがマリアンの周りをうろついても何ら影響が無いにもかかわらず、触れると発症する。
 そのおかげでエミリアは、ただでさえ彼女を嫌っていたマリアンから余計に嫌悪されたのだが……

 この事をエミリアはずっと不思議に思っていて、知識を蓄えるにつれて、自分がルノワに触れている間は極多少ながら実体として感知できるのでは? という仮説を導き出したのだ。

(やっと私の仮説を裏付ける事ができたし、マックス様に伝わって良かった!)

「エ、エミリア嬢……」
「はい?」

 エミリアがマックスに顔を向けると、風に揺れる銀髪の奥の彼の顔が赤く染まっていた。

「どうなさいました? お顔が赤うございます――まさか! 猫が苦手でいらっしゃいましたか?」

 彼はバイオレットの瞳をエミリアから逸らして、戸惑い気味に呟く。

「い、いや、違うんだ。その……近いなと思って」
「近い? ルノワがですか?」
「き、君の顔が……だよ」
「え?」

 エミリアはすぐに理解した。
 マックスの手を誘導する事に夢中で、彼と自分の顔が、頬が触れ合うんじゃないかというほどに近かったのだ。

 エミリアは一気に恥ずかしくなり、「キャッ」と飛び退き、自分も真っ赤になってひたすら謝る。

 エミリアの動きに、哨戒に当たっていたトムソンが反応したが、マックスが彼を手で制止した。

「こちらこそ済まなかった。余計な事を言ってしまって……。座って話を続けてくれないか?」

 エミリアが気を取り直して座り直し、本題に入る。

 腕の時計を示しながら、エミリアが命の危機に陥った時だけ、時計の着用とルノワの指示を条件に彼女が過去に戻るという事。

 それはエミリアにだけ起こるという事。

 一度目と二度目は、状況を変える事ができずに同じ運命を辿ってしまったが、三回目に抜け出す事ができた事。

 その時――前回は、同じようにマックスに助けてもらい、その上ライオット時計店を紹介してもらい働き口を得られた事。

 エミリアは事実を淡々と列挙していく。

(ライオット時計店という店名は、頂いたメモに書かれていること。次の言葉にマックス様は反応なさるかしら)

「マックス様のおかげで、ウォルツさんと工房長のゼニスさんに面談いただき、働ける事になったのです」
「何故ウォルツの名を!?」

 マックスは驚いた。が、エミリアは話を続ける。

「ここからです。私がライオット時計店で働き始めて間もなく、マックス様は……おそらく時計店を訪ねる際に襲撃に遭い、セイン様とトムソンさんと共にお命を落とされたのです」
「――どうしてそんな事に?」

「……あなた様がマクシミリアン王太子殿下だからです」

 今度はマックスが驚いて飛び退いた。
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