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第12話 突然の出来事

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 エミリアは翌日も丸一日休んだが熱が引かず、ウォルツ・ライオットによって手配された医者も、もう数日の休養が必要と診断した。
 パネルとライルの双子が時々エミリアの様子を見て、食事も差し入れたりしてくれた。
 いつもはどこにいるか分からなくなるルノワも、エミリアのそばを離れずに枕元でゴロゴロしている。


 その翌日は、工房が休み。
 エミリアの体調も、まだ本調子ではないが回復傾向にあった。

 エミリアは朝から静かな環境で大人しく寝ていたが、昼近くになって外が騒がしくなっているのを感じ取った。
 ルノワも耳をぴくぴくと窓の外へ向け、外の音を気にしている。

「どうしたのかしら? ちょっと見て来よっか?」
(ニャウ)

 気になって見に行きたいものの、ここ数日髪の手入れが出来ていないのを思い出して、スカーフを被る事にした。
 両壁に手をついてゆっくりと階段を下りて行き、もうすぐ一階に下りきるという時。

 ガチャガチャ――カチャ

 ダニーが裏口の鍵を開けて入って来た。紙袋を抱えている。

「ダニーさん?」
「うおっ! びっくりしたー、エミリアか。動けるようになったか。……なんだ、トイレか?」

(スカーフを被ってお手洗いに行くレディーがいる? それ以前に女性にトイレかだなんて……)

「い、いえ。外が騒がしかったもので、気になって……。ダニーさんは、どうしてここへ?」
「そう言えば、何か人だかりが出来てたな。ここには……」

 ダニーがチラッと抱えてきた紙袋に視線を落とす。

「エミリアはまだ買い物に行けないだろうなと思ってさ……。これ、持ってきた」

 ダニーは、エミリアにパンや野菜、ソーセージの入った紙袋を差し出す。

「わざわざ持って来て下さったのですか? ありがとうございます! あっ、おいくらでした?」

 エミリアは、受け取った紙袋を一旦階段に置いて、お金を払おうとする。

「か、金はいいよ。びも兼ねてるしな……。それより出歩いて大丈夫そうか?」

 そして、ダニーは「心配だから、俺が付いていってやるよ。人だかりもあるし、念の為……な」と、頬骨辺りを掻きながら言った。


 時計店の裏口を出てカルマンストリートへ出ると、凱旋通りとは反対側の大通り――献身通り側からカルマンストリートへ入って来たところに人だかりが出来ている。
 エミリアはゆっくりと人だかりの方へ進み、ダニーもエミリアの歩幅に合わせて、やや後ろを歩く。

「あの……、何があったのですか?」

 エミリアは人だかりの外側で話しこんでいるおじさん達に声をかけた。

「ん? 襲撃さ」
「襲撃っ!?」
「ああ、貢献通りから入って来た馬車が、襲撃されたそうだ」
「そんな物騒な事が? ……この辺りではよくあるのですか?」
「ん? ないない! 帝都ヴァレンは治安がいいからな。だから珍しくてな」

 すると、人だかりの中から抜けてきた別のおじさんと知り合いだったらしく、そのおじさんも加わった。

「なんでも、襲撃した連中ってのが手際のいい奴らだったみたいでさ、馬車が通りかかった時に木槌で建物や歩道を叩いて、その音で馬を脅かして暴れさせたそうだ」
「それ、ウチの店の建物だ。凄い音がしたもんな。パー―ーンッ! ってさ」
「んで、馬が倒れちまってな……。俺も今見てきたが、ありゃあ駄目だな。二頭とも骨折してらぁ。安楽死にするしかねえな」

「まぁ、可哀そう……」
「可哀そうなのは人間もだぜ?」
「えっ? 人もですか?」

 エミリアは強盗目的だと思っていたが、違うらしい。

「馬が暴れたせいでよ、車輪がやられて客車がひっくり返ったところに、さっきの木槌よ。ボコボコに客車を壊して、中の人間を引きずり出して剣でメッタ刺しさ」
「何てこと……」
「で、何人かは返り討ちにあったようだが、やる事やったらサーッと蜘蛛の子を散らすように退散さ。ありゃあ、その筋の奴らかもな……」

 身近な場所で起こった惨劇に、エミリアは鳥肌が立った。

「おーい、エミリアー! ここからなら見えるぞ」

 ダニーが、石組み建築の石の隙間に足を入れて、一段高い場所から現場を見ていた。
 エミリアもダニーの元へ行き、彼の助けを借りながら現場を覗く。
 見えるだけで五人が倒れている。その内の三人は見覚えがある……

 短い茶髪の大柄な男性と銀色のクセっ毛の男性、それに黒いオーバコート姿で剣を手放さずに倒れている男性。

(セイン様とマックス様! それに御者のトムソンさん! もしかしたらベルント様もいるかもしれない! 行かなきゃ!)
「あっ! おい、エミリア! 危ないぞ?」

 エミリアは、居ても立っても居られずに人だかりを掻き分け中に入っていく。
 人を掻き分け掻き分け、ようやく先頭に頭を出すと、見えたのは血だまりの上でピクリともしないセイン。
 御者のトムソンも……
 だが、うつ伏せのマックスがピクリと動いた!

「ま、マックス様!」

 エミリアは、人だかりから何とか身体も抜けて、マックスに駆け寄る。
 マックスの身体を仰向けに返し、首の裏に自分の腕を回し、マックスが呼吸しやすくなるようにする。

「マックス様! お気を確かにっ! もうすぐ救援が来ると思いますからっ」
「エ、エミリア嬢……」

 マックスの美しかった銀髪には血が付いており、そのバイオレットブルーの瞳から力が失われていっている。

「ガハッ! き、君に頼みたい事が……」
「マックス様! あまりおしゃべりにならないで? お体に障ります」

 マックスは片肺もやられているらしく、時折むせて血の飛沫しぶきが吐き出される。

「こ、これを……」

 息も絶え絶えのマックスの手には、ゴロッとしたリングが握られていた。

「これを……王国のキューウェル……こう、しゃく……に」
「ま、マックス様っ! マックスさまぁー!」

 リングをエミリアに手渡すと、マックスの手が地面に落ち、瞳から光が失われた。

「おい! エミリア? どうした?」

 ようやく人だかりを抜け出たダニーが、エミリアに駆け寄る。

「知り合いなのか?」
「え、ええ……」

 エミリアがマックスから受け取ったリングを見ようとした時、人だかりの外が騒がしくなった。

「どけぇい! 散るのだっ! 帝都警備隊である!」

 それを聞いたダニーが慌ててエミリアに声をかける。

「エミリア! 一旦離れるぞ!」
「えっ? どうしたんですか?」
「奴ら、帝都警備隊は厳しいんだ。後で説明する! とにかく離れるんだ」

 エミリアが悲しむ間もなく、ダニーから引き摺られるようにその場を離れてから、帝都警備隊が乗り込んで来て後続も続いている。
 人だかりは解散させられたが、人々は遠巻きに現場を見守っていた。

「被害者は貴族だろ?」

 ダニーがエミリアの耳元に小声で話しかける。エミリアはコクンとうなずいた。

「帝都警備隊はな、街なかで貴族に危害があった時に、周りに平民がいたら問答無用で連れていかれて、きつく取り調べるんだ。無実が証明されても取り調べで受けた傷は残るから、こういう時は離れていた方が身のためだ」


 エミリアは改めて、マックスから手渡されたリングを見る。
 それは翼を広げて滑空するワシが彫られた紋章……

(リ、リンデネート王家の紋章だわっ! と言う事は……これは王太子の証のリング!)

 リンデネート王国では、王位継承権第一位の王子が王家の紋章入りのリングを持つ事が許される。王太子、つまり次期国王の証である。
 エミリアもこの事は聞いた事がある。王立学園のみならず王都の学院でも教えられ、果ては一部の平民でも知っている事実であった。

(リンデネートの王太子には……、確か第二王子がなったと話題になったはず。え~っと……マクシミリアンでん)

「マクシミリアン殿下……マックス様が!?」

 エミリアが思わず呟いてしまったが、それが聞こえた者はいなかった。

「エミリア、どうした?」
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