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第二章 世界樹と咎人
第2章ー20 アルビノの少女 3
しおりを挟む―― 迷い霧の森・入口 ――
翌日の朝九時。朝食を終えた俺たちは、三人そろって以前ラルーク王国に行くために入った場所――迷い霧の森の前に立っていた。
何をするのかは言うまでもない。レグ大尉から聞いた話が本当だと仮定して、その連絡手段を実行しようとしているのだ。
「――よし。機材は準備完了。雨宮、『辿りカンデラ』は?」
「こっちも大丈夫。ちゃんと燃えてるよ」
「ロープもしっかり固定したし、もう準備は良いんじゃないかな」
雨宮の持つカンデラは、この間と同様に青い炎を上げて家の方向を指している。ルナが準備したロープも、地面に突き刺したペグによって地面にしっかりと固定されている。安全を期してと、近くの木に一周させるくらいの徹底ぶりだ。多分、これで外れることはないだろう。そしてそのロープは、俺たちの身体に巻き付いている。このロープをたどれば、絶対に三人が接触することができるようにするためだ。
全ての準備が完了したことを確認し、霧に沿うよう横一列となって並ぶ。
「それじゃ、離れたら手筈通りに」
こくりと、ふたりも頷く。
「三・二・一……GO」
合図で、三人一斉に霧の中に入る。視界が真っ白に染まる。
目を閉じる。目を開ける。
依然として視界は白いまま。
「……やっぱりこうなったか」
前回と一緒だ。ここの特殊な霧のおかげで、たとえ一センチ先に人がいても俺たちは全く互いを感知できない。触ってようやく、お互いの姿を認識できるのだ。やはり、何度やってもこの感覚は気持ちが悪くなる。
「そうだった。手筈通りに」
視線を、腰につないだロープへと移す。そしてロープを掴み、手筈通りそれが伸びている方向へと手元に手繰り寄せながら進んでいく。
俺たちがお互いの身体をロープで結んだのはこれが理由だ。こうしてお互いの体をつないでおけば、視界に頼らなくても俺たちは合流できる。
そんな俺たちの思惑通り、
「――あ、神谷くん。良かった」
「おっす。ちゃんと合流できてよかった」
指先に布の感触。それと同時に、カンデラを持った雨宮の姿がいきなり現れる。やっぱり雨宮も慣れていないようで、前回と同じように顔色は青かった。その数秒後、手が握られる感触と共にルナが現れる。
「全員合流。それじゃあイツキ、はじめてよ」
「了解。いっちょやりますか」
身体を触る役割はふたりに任せ、背中に担いでいたリュックを下ろす。ファスナーを開けて取り出したのは、両手に抱えるほど大きなお香の香炉。中には、藁と燃料粘土(その名の通り燃える粘土)が入っている。
着火具を使い、藁に火をつける。粘土に火が付いたのを確認し、昨日調合した粉末の香を取り付ける。そして仕上げに、妖精たちが好むという薬草を溶いた薬液を粉末に垂らす。香の本来の方法とは違うが、この世界ではこっちが主流らしい。
薬が反応しているのか、お湯に入れたドライアイスのように紫色の煙が香炉から湧き出してくる。俺にとっては形容のしがたい何とも言えない匂いが周りの空気に染み込んでいく。
「よし、こんなもんかな。雨宮、よろしく」
「了解」
合図とともに、雨宮は待機していた魔術を解き放つ。
ここ最近で、雨宮は魔術にさらに磨きをかけている。もう、魔法と呼んでも大差ないほど、火力も発動速度も魔法に肉薄している……というのがミレーナの見解だ。しかし、それも二週間ほど前の話だ。もしかしたら、雨宮の魔術はもう魔法の域に達しているかもしれない。
「――――」
風の魔術が、球体となって雨宮の頭上に待機している。あとは雨宮がトリガーを引くだけで、魔術は発動する。
「Strub nad Terafepor!!」
この世界で使われる魔法言語が唱えられる。
瞬間。
頭上の球体は爆散。そして、暴風となって香の煙を拡散させた。
続いて、
ピィィ――――――ィイッ‼
鼓膜を突く高い笛の音が森の中に響いた。
「……これでいいんだよね?」
「サンキュー、ルナ」
笛を吹いたルナが、不安そうに手紙を握って霧の中を見つめる。
この一連の儀式めいたものが、レグの言っていた昔ながらの方法だ。
妖精が好きな匂いの出る香を焚き、それを森中に拡散させる。そして、自分の位置を知らせるために遠くまで音色の通る高い音の笛を一度吹く。これで寄ってくるのは本来小さな妖精たちだが、もしあの時合ったローブ姿の彼らが出てくれば、もしかしたら手紙を渡すことができるかもしれない。
あくまで賭けだ。だが、俺たちにはもうこれしか方法が無い。
「「「………………」」」
そのまま時間が経過すること、十分。
その時は、唐突に訪れた。
「……あっ」
目のいいルナが、短く声を漏らした。しかし、俺と雨宮にはまだ何も見えない。目を細め、目を凝らす。ルナから遅れること一分弱、俺の目にも、ぼんやりと何かが映った。
真っ白な人影が現れる。それは周りの霧よりも透明で、まるでその場所だけ空間が歪んでいるように見えた。小さなそれはゆらゆらとその体を揺らし、ゆっくりとした足取りで俺たちの方へと近づいてくる。
――……ん?
と、そこで違和感が生まれた。
一つ目、いくら近寄ってきてもこの間のような光が見えてこない。それなのに、ぼんやりとした靄のような体は確実にこちらへと近づいてきている。
二つ目、大きすぎる。この前会ったローブの妖精は、俺の背丈の半分もなかったはずだ。遠くから見えた彼らの大きさは、なんとなくだが把握している。それと照らし合わせても、遠くから見た時の大きさは彼らよりもはるかに上回っていた。多分だが、あれなら一メートルは絶対にある。
三つ目。格好が違う。彼らが持っていたパイプのようなものは見えないし、何より彼らの体形はぐんずりとしていたはずだ。だが、今見えているのはスラリと縦に長い。どちらかと言えば俺たちと同じ体形に近いのではないだろうか。
答えは、すぐに解った。
現れたのは彼らではなかったのだ。
「……は?」
素っ頓狂な声が飛び出た。
真っ白な少女だった。
歳は、多分十歳ほど。肌の色、髪の色、頭から足先まで見事なまでの白。唯一色がついているのは、眠そうに細められた緋色の瞳。いちばん近い言い方をするなら、アルビノの少女。
そして、なぜか全裸――すっぽんぽんだった。
「「「………………」」」
絶句する。
なぜ裸? そもそもあなたは誰? なぜここにいるの? なにがあったの? そんな疑問が矢次に浮かび、言葉になる前に消えていった。
俺たちの中で誰も、すぐに立ち直るようなことはできなかった。
すると、
「…………見つけた」
俺、雨宮、ルナそれぞれがあっけに囚われる中、消え入るような、そんな微かな声が届いた。
状況が理解できない俺たちを丸無視し、ふらふらとした足取りで彼女は俺へと近づいてくる。
「え? お、おい……」
てとてと。
ひたひた。
…………カプっ。
「いってえええぇぇぇええ!?」
思いっきり噛みつかれた。
犬歯が容赦なく腕の皮膚を突き破ったのを感じた。そのまま俺の反応などお構いなく、少女はチュウチュウと腕を吸引する。これは、血を飲んでいるのだろうか。
「痛ってぇぇえ! おい! なにすんじゃい!?」
「あり、がとう……」
「は?」
意味不明な状況を作り出し、これまた意味不明な言葉をつぶやき、それ以降無責任にも、少女の意識はこの場から退場した。
困惑しきった俺たちを置き去りにして。
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