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第二章 世界樹と咎人
第2章-1 プロローグ
しおりを挟む熱い、熱い、熱い――――ッ
働かない思考の中、その思いだけはやけにはっきりしていた。
身体は動かない。視線は動かせない。腕や足、指の一本たりとていうことを聞かない。いや、その言い方は誤りなのだろう。なぜなら、自身の身体がそこにはないのだから。
映っているのは、異様に赤い周りの景色だけ。手足の感覚はなく、視界のどこにも、身体の一部が映ることはない。足も、胴体も、風でなびいているはずの銀髪すらも視界に入らない。
それなのに、
身体中が炎で炙られ、軋んでいる。嫌にはっきりと、その感覚だけが神経を刺激する。
炎が、踊る。
緑に包まれていた場所は赤黒い色へと塗り替えられ、形あるものは灰燼へと帰す。そこに、手加減の三文字は存在しない。無慈悲に、無感情に、すべてを焼き払う。
元在った景色は、すでに見る影もない。
ああ、どうしてこうなったんだっけ――?
消失しつつある自我の中、その疑問が泡のように沸き上がり、はじけて消える。記憶をたどる――その何でもない行為ですら、いま行うにはあまりにも高度すぎた。
数多の疑問が突拍子もなく現れ、蜃気楼のように歪み、消えていく。なぜそうしかできないのかという疑問も、その先に行こうとすると砂の城を崩すように瓦解する。今できるのは、ただひたすら不思議がるということだけだ。その先の『思考』にはどうしても進めない。
動けない。
身体が無い。
感覚が無い。
それでもなお、この状況が異常だと認識することはできない。呆然と、無感情に、この光景を眺め続けることしかできない。
そんな時、
そこに一人、少年が現れた。
歳は、ふたつほど上だろうか。歳の割には高い背丈に、鮮血のような深紅の髪。身体中に傷を作り、それでもなお両足は地面を踏みしめている。
『――――! ――――ッ』
叫んでいる――奇跡的にそのことを理解できた。
だが、それが誰なのか、どうしてここにいるのか、それは案の定理解できない。それにもかかわらず、そういうものなのだと不自然にも割り切っていた。
「――――っ」
気が付くと、こちらも何かを叫んでいた。
叫んでいるつもりはない。叫ぶ理由が見つからない。それでも、声帯は勝手に震え『叫び声』と分類されるものを発し続けている。意志とはまるで関係なく、声帯は勝手に震え叫び続けている。何を言っているのかなど自分にも解らない。音のない世界での叫びは、単なる口の開閉運動に過ぎない。
――いけない。これ以上はいけない。
記憶が、警鐘を鳴らした。
――これ以上行けばどうなるか、解っているだろう?
先のことなど知るはずないのに、記憶はそう問いかけているように感じた。
――目を覚ませ。
何を言っているのか解らない。
――何をやろうと変わらない。
一体、何のことを言っているのだ。
――だって次の瞬間、
少年から、血しぶきが舞った。
◇◆
「————ぁぁぁぁあああ⁉」
ガバリと毛布をはねのけ、乱暴に身体を起こした。耳に入った大声が鼓膜に突き刺さり、キーンという耳鳴りがする。いきなりのことに訳が分からず、思考は数舜停止する。
それが自身の悲鳴だと、数秒遅れて気が付いた。
同時に、心臓が破裂するほど暴力的な鼓動を上げ、身体は火で炙られたかのように熱く、チリチリと痛んでいた。
覚醒してから、ここまでほんの数秒。
あまりに濃密な数秒を経験し、呼吸を忘れていたことを思い出した肺が、忘れていた分まで取り入れようと荒く呼吸を再開する。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
荒い呼吸そのままに、ルナはすぐさま自分の状態を確認する。
手もある、足もある。髪もいつも通りで、身体も……大丈夫、どこも欠けてはいない。ちゃんとした、年頃の女の子の体つきだ。
それなりに自己主張をする己の胸にホッとため息をつきながら、荒い息を鎮めて周りを見渡す。
使い込んだ家具に、イツキとハルカがくれた異世界の道具。藍色に染められたカーテンからは、朝日が射し込んでいる。いままでと同じ、いつもの自分の部屋。
外からは鳥のさえずりが聞こえ、かすかにマナの渦が感じられる。この時間だと、イツキが朝修行でもしているのだろうか。ハルカは……多分まだ寝ているのだろう。
いつもの風景、いつもの感覚。なんの変化もない。
つまり、さっきまでの光景は――、
——夢……か。
呼吸が落ち着くにつれ、漸く先ほどの光景が夢であったと理解する。なんてことはない、つい最近まで見続けていた、おぞましい悪夢だ。
全く身に覚えのない。記憶の中にない記憶だ。
「……うっ」
先ほどの光景がフラッシュバックし、襲ってきた頭痛に頭を押さえる。その痛みは、いつものように一瞬で消える。この夢を見たときに襲われる、疑似的な痛みだ。こればっかりは、何度経験しても慣れることができない。
「……まただ。また、あの夢だ」
最近は全く見なくなっていたのに……。と、ため息をつく。身に覚えがなく、それでいて嫌にはっきりとした現実感のある夢。またこの夢を見ることになるのかと思うと、朝から気が滅入ってしまう。
自分の記憶には全く残っていないあの光景を。
訳も分からず繰り返されるあの光景を。
いや、そこまで言ってしまうと嘘になるか。だって、この夢がいつのことなのかはなんとなく察しがついているから。
夢の内容、自分の生い立ちからも、この予想は間違ってはいないだろう。
あれは、十二歳までのどこかの記憶だ。
失われた、十二年の記憶だ。
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