異世界幻想曲《ファンタジア》

文字の大きさ
上 下
38 / 124
アルトレイラル(修行篇)

六角薄雪 1

しおりを挟む
 ドシンッというかなり乱暴な衝撃が、身体を伝う。衝撃ではなく痛みにさえ感じるほどであったはずなのに、いまはそれすら心地よい。後藤が、両腕で俺たちを抱きしめたのだ。おとなしく、左右の肩に顔をうずめ、感傷に浸る。目の奥から、熱い何かが上がってくるような感覚がした。

「お前らぁ……晴香だよなぁ……樹だよなぁ……!」
「はい。そうです……! わたしたちです……!」

 耳元で、後藤が嗚咽を上げる声が聞こえる。雨宮が涙をこらえたような声で返事をし、それを肯定するように俺も後藤へと回す手に力を籠める。それを聞くや否や、後藤の嗚咽は噛み殺せないほどのものになっていく。

「そうか、そうかぁ……! よかった! 俺ァてっきり、あのとき死んじまったとぉぉ……‼」

 それを聞いた瞬間、俺の目からも熱い雫がこぼれた。もう流さないと決めたはずのものが、際限なく、止めどなく、特大サイズで零れ落ちる。これは喜びの涙なのだからと勝手な理由をつけ、止めることはせず代わりに腕の力をさらに強める。絶対痛いはずなのに、俺たちを抱く後藤の腕は、俺たちを決して離すことはしなかった。

 ずっと、死んだものと思っていたのだ。

 心の中では生きているはずがないと諦めていた。生きていると言い張ったのは、そうしないと心の均衡を保てなかったから。だが内心、こんな幸運だったのは俺たちくらいしかいないと、勝手に後藤を殺していた。

 これが言霊なのだろうか。口に出された言葉は、何らかの結果を伴い発言者の前に現れる。そんなものは単なる気の持ちように過ぎなく、やる気のある人ならば発しなくても叶えてしまうし、やる気がないなら言ったところで無意味に違いないとずっと思っていた。もしかして伝説は、いまこのようなときに生まれるのだろうか。こうやって、いま伝わっているものは生まれ語り継がれてきたのだろうか。

 全く非科学的、根拠すらない言い伝えを、いまなら信じられるような気がした。どんなに非科学的だろうが、この結末を知っていたらもしあの時に戻ったとしても、死んでしまったとは口が裂けても言えない。言いたくない。もしかしたら、いまが変わってしまうかもしれないから。

 嗚咽を漏らす、男女三人。
 その光景は、後藤の親方が通りかかるまで、延々と続いた。

 ◆◇

 いい武器屋なら教えてやるよ! 
 事情を聴いた後藤は俺たちに、おすすめの武器屋を教えてくれた、聞くところによると、後藤が働いている鍛冶屋がそこに簡単な武器と特殊インゴットを下ろしているらしい。その場所は偶然なのかどうなのか、ミレーナからもらった地図に記された場所と全く同じ。暇があればと後藤が働く鍛冶屋の住所を渡されたのちに、まだ仕事があるからと言った後藤に別れを告げ十数分、俺たちはお目当ての武具店にたどり着く。

「ここ……だよね?」
「一応だけど看板はあるし、ここなんだろ。…………多分」

 雨宮も俺も確証はない。それほどその店は判りにくかった。

 建物は大きめだが、如何せんそれ自体がボロ家と言っても差し支えないほどの状態。壁には穴が開いているわ、窓は割れているわで、こうやって建物としてまだ存在していることそのものが不思議なくらい。看板も、二〇二〇年代の旧式ノートパソコンほどの大きさ。しかも、それだけが妙にしっかりしていてなおさら怖い。売り子の老婆が言っていた通り看板が極端に小さいため、なんとか「そうかも?」と思える程度だ。看板についた金属片も、一応は《OPEN》となっているし。

 あの忠告を聞いていてなお、信じがたい。もし聞いていなければ、間違いなく店を間違えたと思ってしまっただろう。

「…………入るぞ?」
「……うん」

 とは言え、ルナとの待ち合わせ時間もあるのだ。ここでもたもたしていても仕方がない。雨宮と目配せをし、錆びついたドアノブを回す。カチリというわずかな引っ掛かりがあったが、それ以降ノブは存外滑らかに動いた。そして――、

 ポロリと外れた。

「「………………」」

 …………。
 …………………。
 ………………。
 ……………………………………ちくせう、やってられっか。

「スンマセーン! ノブ・コワレタ・ノブ‼」
「ちょっとぉぉお⁉」

 雨宮の制止を振り切り。ノブを投げ捨て、外れた扉をドンドンと叩く。

「クソッ、何で俺ばっかこんなことになるんだよ! こっちはギルドの件で頭いっぱいなんだよ‼ 請求されたら破産確定なんだよ‼ どんな顔してあそこで住めばいいんだよ畜生‼ 知らないからな! 俺、絶対知らないからな⁉」 
「待って⁉ 待って‼ ドアも壊れる‼」

 雨宮が何か言っている。だが、そんなことを考える余裕なんてもう残ってなんかいなかった。

 ギルドの事件だって、いくら不可抗力であったとしても、俺のせいと言われれば否定なんかできるはずもない。実際、俺が壊したことにかわりないのだ。いままでの予想からしてミレーナが支払ってくれるだろうが、そんなことが起ころうものならどうやってあの家に住めばいいのか。居候の身で、居候先に多額の請求を押し付ける俺――なんて疫病神だ!

 いくら他人の目を気にしないといっても、この気にしないとは訳が違う。支払わせた本人たちの前で、平然と生活するほど俺の心は図太くない。流石に……というより当たり前にそこら辺を気にするほどの神経はある。どうすればいいんだ本当に! 何で俺ばっかりがこんなことになるんだまったく!

 そう言って扉の前で騒いでいると、

「――――あがっ⁉」

 突然、目の前で火花が散った。クラリと身体が傾き、雨宮に支えられたのだということを理解するのにさえ数秒の時間を要した。いままでの思考が一瞬リセットされる。ここはどこで、自分が何をしているのかが現在進行形でわからなくなっていく。瞬く間に、頭の中が真っ白になる。身体の感覚すらも、数舜の間ロストする。

 目の前の扉に頭をぶつけたのだ。それを理解するのには、体感時間でたっぷり十秒が必要だった。それを理解したとたんに、頭蓋全体に締め付けるような痛みも戻ってきたため、「おぉぉ……」という変なうめき声をあげてうずくまる。

「…………何をやってる。早く入ってこい」

 頭の上から、声が降ってきた。
 声からして、どう考えても男性だろう。涙目で顔を上げてみれば、案の定そこにいたのは大柄な体形をした浅黒い肌の男性。そして不思議なことに、耳がとがっている。ルナがいることから考えるに、もしかしたらエルフ――それもドワーフという種族だろうか。

「ごめんなさい! ノブが壊れちゃって……」
「……ノブ?」

 痛みで喋れない俺の代わりに、雨宮が誤り状況を説明してくれる。雨宮の言葉に首をかしげる男性だが、地面に転がるドアノブを見つけると、ああ、そういうことか、と頷いた。

「別に構わん。そいつはほとんど取れかけてたヤツだ。早く入ってこい」

「落っこちたやつもな」と背中越しに伝え、男性はノブが抜けたことでできた穴に指を突っ込み強引に扉を閉めた。穴からは、室内の光が漏れている。

「…………行こっか」
「悪い、迷惑かけた」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...