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三話目 ララファの決意

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”大陸諸国を見渡せば、蜂蜜以上に甘いのは 
北の水蜜桃、南の薔薇の砂糖漬け 
それより何より一等は、イズファハーンの恋人たち
                       『とある吟遊詩人の戯歌』”
 
※※※
 
 王都イズファハーンの夏は暑い。
 特に太陽が南中を過ぎた午後は、灼熱の日差しを避けて木陰や中庭でミントティーをお供に世間話に興じるのが伝統的な過ごし方だ。
 王都は古くから交易の中心地であり交通の要衝として栄えてきた。北方の山々はそのまま北の大高原へと通じ、南に下れば砂漠や大きな湾岸都市へと交易路が続いていく。その為、北で採れた干しアンズや小麦とアーモンドを使った焼き菓子、南で採れた新鮮なスイカや薔薇の砂糖漬けなど、目にも舌にも美味しいお茶請けが幾らでも手に入った。だからこそ王都の民は上つ方から庶民まで、揃いも揃ってこのお茶の時間が大好きだ。

 今日もまた、太陽神殿の奥にある回廊に囲まれた中庭には、二人分のお茶の用意がされている。今日のお茶請けはピスタチオのケーキと小ぶりの桃。瑞々しい桃の香りを嗅いでも、ひとりでテーブルについた銀髪の娘──ララファの表情はちっとも晴れない。
 
※※※

 大神官イルディスの花嫁である『月の乙女』として太陽神殿で暮らすようになってから、はやひと月。
 ララファには大きな悩みが二つあった。
 第一に、あの初めての夜以降、あからさまにイルディスに避けられていること。あの日はララファにとっては一世一代の晴れ舞台であり、長年想い続けていた御方との夢のようなひと時だった。しかしイルディスはララファの手で呆気なく達した後、真っ赤な顔で夜着を抱えて立ち上がると、寝所と扉一枚隔てた続きの書斎に引き籠って結局そのまま出てこなかった。
 それ以来、大神官としての勤めの忙しさもあってか、顔を合わせても素っ気なく挨拶を交わすだけで足早に歩み去ってしまう。そればかりか寝所にも帰ってこない。何度も待ち伏せしようと夜更かしをしてみたが、何処で見張っているものかララファが起きているうちは絶対に帰ってこない。待ちくたびれてぐっすり寝てしまった頃に、こっそり帰って来て書斎のソファで寝ているようだ。勿論、二人の為にと用意されたこの午後のお茶の時間に現れたことも一度もない。きっと今日も来ない。徹底的に避けられている。

 そして第二に、『月の乙女』というお役目があまりにも暇過ぎるということだった。
あくまで『月の乙女』は月神殿から大神官への捧げ物であり来賓待遇なのか、この太陽神殿でララファには何の勤めも役目も課されてはいない。そればかりか何か手伝おうと声をかけても、「巫女様のお手を煩わせるほどのことではありません」の一点張りで丁重にお断りされる。つい先ほども、庭園を掃除中の若い見習い神官に手伝いを申し出たが、真っ赤になったり真っ青になったりオロオロするばかりで結局逃げられてしまった。
 
 そっとミントティーのカップを傾けながら、ララファは反省していた。
 「わたくしも……ちょっと強引なところがあったかも知れないわ……」
 今しがた見習い神官から箒を奪おうとしたばかりだが、これはその一件についてではない。例のあの夜のことである。憧れの人との初めての夜に、舞い上がって暴走してしまった自覚はある。だが、反省はしていたが後悔はしていなかった。
 「でも……だって!イルディス様の可愛いお姿が見たかったんですもの!それに、だからってあれからずっとずっと避け続けるだなんて、幾ら何でもあんまりなお仕打ちではない?」
 あの夜のことも、何だかんだ言ってきちんと反応なさっていたし、お嫌ばかりではなかったはず、と思う。けれどもしかしたら、拙いとか痛いとか何かお気に召さぬことがあったのかも知れない。こっそり熟読吟味した閨の手引きの教本に書いてあった通り歯を立てないように気を付けたけれど、それでもララファだって初めてだったのだ。
 「……それならそうと……言ってくださればよろしいのに!」
 一人であれこれと思い悩むのは、ララファの性に合わない。今日こそは、かの人を探し出してきっちりしっかり話をつけなければならぬ、と思い至る。
 
 この午後のお茶の時間、ララファは中庭にいるとイルディスは思い込んでいるだろう。どうせ、この隙に寝所や書斎にこっそり戻っているに違いない。
 ララファは飲みかけのミントティーもそのままに、桃をひとかけ口に含んで立ち上がる。まだわずかに固い桃の果肉をサクサクとかみ砕いて飲み込んだ。
 いざそうと決めたらララファの行動は早かった。
 
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