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第八夜 王宮の離れ

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 ハティーシャが国王から与えられた部屋は、王宮の正殿とは回廊で繋がった離れのような建物にある。
 
 部屋の中には分厚い絨毯が敷き詰められ、そこそこの広さの天蓋付きのベッドがひとつ。背の低いソファに沢山のクッションを重ねた客間や、暑い午後のひと時に寛ぐため、風通しの良いテラスも用意されている。テラスからは直接広い庭園へ出ることも出来た。

(……まぁ、この程度では我が宮殿には比ぶべくもないが、納屋に比べればどこでもマシか)

 魔導師は相変わらず傲慢な感想を持った。
 だが、ハティーシャは星の形の飾り格子がはまった出窓が特に気に入ったようだった。

「……素敵!ねぇ見て、ダリル。色硝子から差し込む明かりが絨毯の上でキラキラして、星の光みたい」

 出窓に腰掛け、差し込む色とりどりの明かりに褐色の掌をかざしてヒラヒラと動かす。先程の緊張の反動ゆえか、子どものようにはしゃぐハティーシャの様子に魔導師は溜息を零した。

──クゥ、ゥゥン……

(全く、呑気なものだ……これから一体どうするというのだ。またぞろ、あの性悪な妃が卑劣な手を出してくるとも限らぬというのに)

 だが、そうであるならば、また。
 何としてでも己がこの娘を守ってやらねばならぬ、と心に誓った。


 ※※※


 魔導師の懸念とは裏腹に、王宮での日々は穏やかに過ぎていった。
 
 ハティーシャはまだ、公式に姫君と認められた訳ではない。あの謁見以来、王や王宮からも何の音沙汰もなく待たされている。
 
 離れへは、側仕えの召使い以外に訪れる者はいなかった。王女を名乗る国王陛下の客人という不安定な立ち位置ゆえか、王宮に仕える者たちも貴族たちもどう接するべきか立場を決めかねているようだった。

 たまたま庭園や回廊で顔を合わせても、誰もがハティーシャをまるでそこにいないかのように接する。ハティーシャから声をかけても、本心を包み隠した笑顔で不意に急用を思い出し、逃げ出すように立ち去る。そうでなければあからさまに目を背け無視をする。『落とし子の姫君』になど関わりたくない、とでも言うかのように。

 そんなぞんざいな扱いではあったが、三度の食事はきちんと時間通りに部屋へ運ばれてくる。午後の午睡の時間にはお茶と茶菓子も用意される。
 しかし、国王や妃や子息が暮らす正殿へ続く回廊には常に見張りの衛兵が立っており、自由に出歩けるのは離れのテラスから直接出られる庭園くらいのものだ。

 何不自由ないが、何の自由もない毎日。
 
 ハティーシャは朝目覚めると朝食を食べ、庭園を散歩し、午後はテラスで読書や午睡をして過ごした。
 魔導師は相変わらずの大狼の姿でずっと大人しく付き合った。離れでは首輪を外してもらっていたし自由に歩きまわることも出来たが、ハティーシャから片時も離れずに過ごした。
 時には暇を持て余したハティーシャに毛並みをわしゃわしゃもみくちゃにされた。ハティーシャが昼寝をする時は大人しく枕になった。モフモフの腹毛に顔を埋められ、じゃれ合うのもくすぐったくて心地良かった。
 また、時には庭園で子どものように他愛ない追いかけっこをした。茂みに潜んでハティーシャに飛び掛かり、押し倒して転げまわった。遊び疲れ喉を潤そうとハティーシャが果実を取ろうとすれば、すすんで踏み台の代わりになった。
 夜は共にひとつの寝台で、抱き合って眠った。
 おはようもおやすみも、独り占めだ。
 
 あまりにも平和で穏やか過ぎる毎日。
 
「お父様と一目会えて、娘だと認めて貰えればそれで良かったはずなのに。このままずっと忘れ去られて、この離れであなたと二人っきりで暮らすことになったらどうしましょう……」
 
 ハティーシャは狼の毛皮に埋もれながら、時折不安を口にした。
 しかし、それはそれで悪くはないのでは?、と魔導師は柄にもなく思い始めていた。
 
 元々、魔導師はハティーシャを迎えに来たのだった。
 命の恩人である彼女を、砂塵に守られた自らの宮殿に丁重に招き、何不自由なく守り慈しみ、共に暮らすべし、と思っていた。
 まさか偉大にして強大なる魔導師である自分の求めに、彼女が応じないなどということは考えもしなかった。

 ただし当初の予定と異なるのは、いまだにハティーシャの前では狼の姿のまま、聡明なる魔導師どころか人間の姿にさえ戻れていないということ。
 
 
 ただひたすらに、毎日モフモフされている。

 
 いつの間にか、細い月が肥え太り満月になるほどの時間が経っていた。
 
 そんな、ある日の午後のこと。
 その日もハティーシャはクッションを敷き詰めた絨毯の上で狼のお腹を片手間にワシャワシャやりながら砂糖菓子を食べていた。
 
「……王女様が!パリヤール姫がお越しです!」
 
 慌てた様子で召使の告げた言葉に、ハティーシャは食べかけの砂糖菓子を取り落しそうになった。

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