9 / 29
第八夜 王宮の離れ
しおりを挟むハティーシャが国王から与えられた部屋は、王宮の正殿とは回廊で繋がった離れのような建物にある。
部屋の中には分厚い絨毯が敷き詰められ、そこそこの広さの天蓋付きのベッドがひとつ。背の低いソファに沢山のクッションを重ねた客間や、暑い午後のひと時に寛ぐため、風通しの良いテラスも用意されている。テラスからは直接広い庭園へ出ることも出来た。
(……まぁ、この程度では我が宮殿には比ぶべくもないが、納屋に比べればどこでもマシか)
魔導師は相変わらず傲慢な感想を持った。
だが、ハティーシャは星の形の飾り格子がはまった出窓が特に気に入ったようだった。
「……素敵!ねぇ見て、ダリル。色硝子から差し込む明かりが絨毯の上でキラキラして、星の光みたい」
出窓に腰掛け、差し込む色とりどりの明かりに褐色の掌をかざしてヒラヒラと動かす。先程の緊張の反動ゆえか、子どものようにはしゃぐハティーシャの様子に魔導師は溜息を零した。
──クゥ、ゥゥン……
(全く、呑気なものだ……これから一体どうするというのだ。またぞろ、あの性悪な妃が卑劣な手を出してくるとも限らぬというのに)
だが、そうであるならば、また。
何としてでも己がこの娘を守ってやらねばならぬ、と心に誓った。
※※※
魔導師の懸念とは裏腹に、王宮での日々は穏やかに過ぎていった。
ハティーシャはまだ、公式に姫君と認められた訳ではない。あの謁見以来、王や王宮からも何の音沙汰もなく待たされている。
離れへは、側仕えの召使い以外に訪れる者はいなかった。王女を名乗る国王陛下の客人という不安定な立ち位置ゆえか、王宮に仕える者たちも貴族たちもどう接するべきか立場を決めかねているようだった。
たまたま庭園や回廊で顔を合わせても、誰もがハティーシャをまるでそこにいないかのように接する。ハティーシャから声をかけても、本心を包み隠した笑顔で不意に急用を思い出し、逃げ出すように立ち去る。そうでなければあからさまに目を背け無視をする。『落とし子の姫君』になど関わりたくない、とでも言うかのように。
そんなぞんざいな扱いではあったが、三度の食事はきちんと時間通りに部屋へ運ばれてくる。午後の午睡の時間にはお茶と茶菓子も用意される。
しかし、国王や妃や子息が暮らす正殿へ続く回廊には常に見張りの衛兵が立っており、自由に出歩けるのは離れのテラスから直接出られる庭園くらいのものだ。
何不自由ないが、何の自由もない毎日。
ハティーシャは朝目覚めると朝食を食べ、庭園を散歩し、午後はテラスで読書や午睡をして過ごした。
魔導師は相変わらずの大狼の姿でずっと大人しく付き合った。離れでは首輪を外してもらっていたし自由に歩きまわることも出来たが、ハティーシャから片時も離れずに過ごした。
時には暇を持て余したハティーシャに毛並みをわしゃわしゃもみくちゃにされた。ハティーシャが昼寝をする時は大人しく枕になった。モフモフの腹毛に顔を埋められ、じゃれ合うのもくすぐったくて心地良かった。
また、時には庭園で子どものように他愛ない追いかけっこをした。茂みに潜んでハティーシャに飛び掛かり、押し倒して転げまわった。遊び疲れ喉を潤そうとハティーシャが果実を取ろうとすれば、すすんで踏み台の代わりになった。
夜は共にひとつの寝台で、抱き合って眠った。
おはようもおやすみも、独り占めだ。
あまりにも平和で穏やか過ぎる毎日。
「お父様と一目会えて、娘だと認めて貰えればそれで良かったはずなのに。このままずっと忘れ去られて、この離れであなたと二人っきりで暮らすことになったらどうしましょう……」
ハティーシャは狼の毛皮に埋もれながら、時折不安を口にした。
しかし、それはそれで悪くはないのでは?、と魔導師は柄にもなく思い始めていた。
元々、魔導師はハティーシャを迎えに来たのだった。
命の恩人である彼女を、砂塵に守られた自らの宮殿に丁重に招き、何不自由なく守り慈しみ、共に暮らすべし、と思っていた。
まさか偉大にして強大なる魔導師である自分の求めに、彼女が応じないなどということは考えもしなかった。
ただし当初の予定と異なるのは、いまだにハティーシャの前では狼の姿のまま、聡明なる魔導師どころか人間の姿にさえ戻れていないということ。
ただひたすらに、毎日モフモフされている。
いつの間にか、細い月が肥え太り満月になるほどの時間が経っていた。
そんな、ある日の午後のこと。
その日もハティーシャはクッションを敷き詰めた絨毯の上で狼のお腹を片手間にワシャワシャやりながら砂糖菓子を食べていた。
「……王女様が!パリヤール姫がお越しです!」
慌てた様子で召使の告げた言葉に、ハティーシャは食べかけの砂糖菓子を取り落しそうになった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
【R-18/完結】邪神の信徒にさせられた私はささやかな幸せを求める
花草青依
恋愛
喚びたくもない邪神を召喚させられたティア。邪神の信徒かつ眷属として肉体を作り変えられ、邪神との行為なしでは生きられない身体になってしまった。でも、ティアはそんな状況でも生きていたくてーー。
※R18(性行為・暴力・流血等の)表現あり/完結(アルファポリス内にて番外編を投稿中)
キャンディータフト
邪神 白猫
恋愛
君に届けたい——
優しくて切ない、初恋の想い出。
※※※
ずっと、ずっと、
貴方の事が好きでした。
私は——君に出会えて、とても幸せです。
※※※
廃校が決まった学校に、タイムカプセルを掘り起こす為に集まった幼なじみ達。
そこには、思いを伝えられずに別れた初恋の人の姿が——。
※
表紙はフリーアイコンをお借りしています
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://m.youtube.com/channel/UCWypoBYNIICXZdBmfZHNe6Q/playlists
あなたの赤い糸は誰と繋がってるんですか!?
ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢エレノアはある日突然、人の赤い糸を見ることができるようになった。では自分の婚約者はどうだろうと思って見てみると、最近どこぞの侯爵令嬢と仲良くしているらしい王太子の赤い糸はどこにも伸びていなかった。
「…………!?赤い糸が………ない!?」
まあ自分に伸びてるわけはないだろうと思ったが、しかし誰にも伸びてないとは!!
エレノアの野望は深い森でひっそり暮らす自給自足生活である。貴族社会から逃げ出す手がかりになるかもしれないとエレノアは考え、王太子と侯爵令嬢の恋を(勝手に)応援することにした!
*これは勘違い&暴走した公爵令嬢エレノアが王太子の赤い糸を探すだけのお話です。ラブコメディ
【完結】社会的抹殺のお味はいかが?悪役令嬢と罵られたので〜婚約破棄、離婚、社交界から爪弾き。〜
BBやっこ
恋愛
私の両親は死んでいる。私は父の弟夫婦にあたる侯爵家で、育った。その家には従姉妹がいて、仲の良い3人家族に居候という異物が入ったかのような扱いだった。
爵位が違うとか、父とは仲違いしていたと聞いたことはあるが。私の扱いづらいのだろう。教育を受け早々にこの家から出ようと思った。それも時間での解決しかできないが。
温かい交流はなく、日々を淡々と過ごしていると。私のお爺さまだという方から連絡があったことから
私の日々は変わった。
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──
【第一部完結】お望み通り、闇堕ち(仮)の悪役令嬢(ラスボス)になってあげましょう!
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「アメリア・ナイトロード、よくも未来の婚約者となるリリス嬢に酷い仕打ちをしてくれたな。公爵令嬢の立場を悪用しての所業、この場でウィルフリードに変わって婚約破棄を言い渡す!」
「きゃー。スチュワート様ステキ☆」
本人でもない馬鹿王子に言いがかりを付けられ、その後に起きたリリス嬢毒殺未遂及び場を荒らしたと全ての責任を押し付けられて、アメリアは殺されてしまう。
全ての元凶はリリスだと語られたアメリアは深い絶望と憤怒に染まり、死の間際で吸血鬼女王として覚醒と同時に、自分の前世の記憶を取り戻す。
架橋鈴音(かけはしすずね)だったアメリアは、この世界が、乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》で、自分が悪役令嬢かつラスボスのアメリア・ナイトロードに転生していたこと、もろもろ準備していたことを思い出し、復讐を誓った。
吸血鬼女王として覚醒した知識と力で、ゲームで死亡フラグのあるサブキャラ(非攻略キャラ)、中ボス、ラスボスを仲間にして国盗りを開始!
絵画バカの魔王と、モフモフ好きの死神、食いしん坊の冥府の使者、そしてうじうじ系泣き虫な邪神とそうそうたるメンバーなのだが、ゲームとなんだかキャラが違うし、一癖も二癖もある!? リリス、第二王子エルバートを含むざまあされる側の視点あり、大掛かりな復讐劇が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる