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shun.y

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ep.2

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 毎日、勉強、勉強、勉強。
 正直もううんざりだった。親には勉強すると言って部屋に篭ってはいるものの、ノートや参考書すら開かずにただ空を見つめている。勉強机の電気が無駄に煌々と机の上だけを照らし続けている。特に親には期待されているわけではないが、ある程度の偏差値の学校には通いたいと思っている。中学では勉強はできるほうだと自負していたし、実際に内申も申し分ない。内申だけで言えば市内の殆どの学校を選択肢に入れることができた。
 3つ離れた姉は商業系の高校に通い、今は大学受験に向けて隣の部屋で猛勉強している、はずだ。自分と同じでただ部屋で時間をやり過ごしているだけかもしれないが。いや、そんなことはないか。姉はきっとしっかりと机に向かってシャーペンを走らせているだろう。自分との違いはそういうところだ。何でもコツコツ型の姉の姿は、幼い頃からよく見てきた。特に何か特化してできていたわけではないが、努力で何でもそつなくこなしてきた人だ。何度も羨ましいと思い、自分も何度もそうなりたいと願ったが、願うだけで体は動かそうとはしなかった。


 受験まであと1ヶ月。私立の受験は今の内申から学費が半額まで下がる学校を選び、試験問題も難しいと思うことなくスラスラ解けた。合否はまだだが、恐らく、大丈夫だろう。
 それでも受験当日は緊張していて、初めて経験する受験という名にグッと締め付けられていたが、一度慣れてしまうと、なんてことないと錯覚してしまう。錯覚だと分かっていても、強がりのまま心に落とし込んでしまった。公立の受験の方が難しいと分かっているのに。悪い癖だ。公立に落ちたら私立に行くしかない。それが親が悲しむ決断だとしても。そう分かっているのに、これから迎えようとしている公立高校受験へのプレッシャーにはならなかった。
 勉強しているふりをしていると、大抵リビングから大声で風呂に入れと声を掛けられる。その声にあたかも勉強していましたかのような疲れた声で返事をすると、颯爽と階段を駆け下りて風呂へ直行し、風呂から上がればそのまま自室のベッドへと直行する。あとはスマホをいじって寝るまでだ。



 「おはよー!」
 「おはよ!昨日何時まで勉強した??」
 学校に行けば、周りの友らも受験に染まっている。生半可な気持ちでいるのは自分だけではないかと不安になる。担任からは、受験までの勉強時間や内容を記し毎日提出する課題が課せられていた。今日も、朝学校に着いてから昨日の分を書き、提出した。もちろん、偽って書いている。少しの罪悪感を抱えながら毎日書くものの、かと言ってじゃあ家で本気で勉強しようともならない。
 中学3年生のこの時期の授業ともなると、もはや新しく習うことはなく、これまでの復習や受験対策に沿った授業になる。たまに授業の中で高校のことだけでなく、その先の将来の話にもなる。今日もそうだ。担任曰く、高校は将来が決まる大事な3年間だからだということだ。その度に毎度書かされる自分の将来像には苦しまされている。自分にはやりたいことがない。だから高校も大して選ぼうとしないし、勉強も捗らないのだと自分でそう結論づけている。
「おい、書けたのか?」
不意にうしろから声がして焦って振り向いた。担任が眉間にシワを寄せながら立っている。
「いや、まあ…」
「もう何回も言っているが、やりたいことがないまま高校に行っても、3年間無駄にするだけだぞ?だったら働いた方がまだマシだ。」
暴論だ。そう思ったが、特に言い返すこともなく、はいとだけ返事をしてその場をやり過ごした。ため息混じりの担任の言葉からは何か呆れのような感情が垣間見えた。それって教師としてどうなんだと中学生ながらに思ったが、文句を言ったところで仕方ない。変に楯突いてこれ以上に悪いイメージをつけても良いことがない。


 放課後、担任に呼び出された。理由は分かっていたが、理由が分かっていて向かう呼び出しほど憂鬱なものはない。
 生徒指導室の扉を開けると、長机の正面奥に担任がヤクザのボスかのように構えていた。
「失礼します。」
「おう。まあちょっと、空いてるとこ座って」



 話の内容は案の定だった。やりたいことはないのか、目指したいものはないのかと。ひたすらその繰り返しだった。嫌気も差したが何も決まっていない自分も悪い、と、少しでもこの話が収まるようにと、少し前から興味のあったカメラの話を出した。すると担任はパッと目を輝かせて生徒指導室の奥からいくつかの高校のパンフレットを持ち出してきた。
 要するに、こうだ。その好奇心を生かせ。その好きなものを生かせ。持ってきた高校のパンフレットには、活躍する写真部の姿や、カメラなどの機械などに精通する工業系の高校が書かれていた。特に今まで何も思わなかったが、自分でカメラと言ってしまった以上、少しばかり目を通したが、悔しながら多少なりとも面白そうだと感じてしまった。
 その後も話は逸れることなく、15分ほどで話は終了し、帰路に就いた。


 家に着いてから、いつもの通り部屋で勉強しているふりをしながら、今日の話のことを思い出していた。カメラ、カメラと言いながらまず自分はカメラを持っていないし、そんな自分がいきなりカメラ部に入りたいだとか、工業系の高校に行きたいだとか言う理由がまかり通るのだろうか。いや絶対に無理だ。自分がカメラに興味を持つきっかけになった父にでさえ、この理由であれば反対されそうだ。何故かそんな気がする。
「おーい、風呂だぞ。」
噂をすれば陰、父が呼びにきた。
「うん、今行くよ。」
用事を済ませて下に降りて行く父の背中を見ながら、続けて言った。
「カメラ、見せて。」


 押し入れの中の黒いケースから、艶々とした黒の一眼レフを父は見せてくれた。手に持つと、ずっしり重い。さっきまで風呂に呼びに来ていたはずの父も、何故か今は横に座ってカメラについて豆知識をペラペラと話している。頭の中にはまるで入ってこなかったが、不思議なもので人のものを持たせてもらうとそれを使ってみたくなる衝動に駆られていた。
 何気なくファインダーを覗くと、その向こうにはいつも通りの家の風景があったが、そのまま人差し指に力を入れると、心地の良いシャッター音が部屋に響いた。しっかり聞いたこともなかったその音は新鮮で、まるで極上の写真が撮れたかのような気持ちにもなれて、少し嬉しくなった。
「それ、やるか?」
「え、いいの?」
「実はな、もう1台買ったんだよ、これ母さんには内緒な?」
そう言うと、ケースごとその場で渡してくれた。


次の日、学校に行くと、真っ先に担任の元へ向かった。
「自分、ここの高校に行きます。」
職員室の担任のデスクに押し付けるように高校のパンフレットを見せた。
「そうか!良かったよ!やりたいことが決まったんだな。」
露骨に嬉しそうな表情をしているが、別にあんたのおかげじゃないよと心で毒を吐きながら、実際には「はい!」としっかり返事をしていた。
「写真部に入るのか?」
「そうですね、そのつもりです。」
「そうか、そうか。」
まだ担任は嬉しそうな顔をしながら、見せた高校のパンフレットをまじまじと見つめている。担任を喜ばせたい気持ちはなかったが、これで担任から余計な話をされずに済むと嬉しくなった。何ならこれからは、もはや仲良しなんじゃないか。


 それからの帰宅してからの時間は、勉強せずにただ過ごすだけでなく、カメラをいじるようになった。部屋の窓から見える夕日にレンズを向けてみたり、何気ない外の風景に夢中になってシャッターを切ったりした。完全に日が落ちて真っ暗になるとようやく我に帰り気付けば1時間経っていることに驚く。
「やべ、勉強しないと。」
そう呟いて、カメラを大事にケースにしまい、勉強机の椅子に座り直し、机の電気に手を伸ばした。
 ノートと参考書の文字が、しっかりと明るく照らされていた。



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