ロレーヌは微笑む

松井すき焼き

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アロイと話すのは予想以上に気が付かれてしまったらしい。目覚めたらベッドの上だ。

「目覚めたか?」
しばらくして、クレオ殿下が室内に入ってくる。
クレオはベッドのすぐそばの席に座り、ロレーヌの手を握った。

クレオ殿下の目の下にはクマがある。
ロレーヌはクレオの頭をなでようと手を伸ばし、手を止めた。

クレオには妻も子供いる。
ロレーヌがこの人を好きになるわけにはいかないのだ。なったとしても意味がないことだ。ロレーヌは静かに窓の外の鳥を見た。

ぎゅっと握られた手に力がこもり、驚いてロレーヌはクレオの方を見た。

「ロレーヌ、お前は栄養失調だそうだ。医者から薬を預かっている。飲め」

クレオが合図すると、ロレーヌに飲み物を持ってくる。

ロレーヌに食欲はない。困った顔でロレーヌは微笑んだ。

「医者は精神的なもので、お前の食欲がないとも言っていた。何か悩みがあるのか?私ができることなら、何でもする。ロレーヌ、お前の望みはなんだ?何でも言ってみろ」

「私は・・・」

ロレーヌは微笑んで、首を傾げた。
窓の外には鳥が羽ばたいている。あの鳥を見にいきに外に出たいと思う。だが外に出たら飢えて死ぬし、殺されるかもしれない。
それでも・・。

「あの、お願いがあります」

「なんだ?」


「私と離縁してください」

「・・・なんだと?」

「ごめんなさい」

「何故?」

「ごめんなさい・・。私」
ロレーヌはもう、自分の気持ちを偽ることはできない。

「・・・・・」

「ロレーヌ」

クレオはロレーヌの両肩に手を置き、ロレーヌの顔を覗き込んだ。

「私との離縁は無理だ。陛下がお許しになるはずがない。いいな?」

「ごめんなさい」

「ならば、私と子でももうけてみるか?」

「・・・え?」

「寂しいのだろう?アロイ侯爵の子がいなくなって」

「む、無理です。私、子供を産めませんもの」

ロレーヌはクレオから、目をそらす。

「そういえば、お前の妹もそんなことを言っていたな。お前は子供が産めないと嘘をついて、私を裏切っているという手紙が昨日届いた。お前の妹はよほどお前の足を引っ張りたいらしいな」

クレオは、そんなロレーヌのことを抱きしめた。

「寂しいのならば、養子をとろう。アロイ侯爵の息子がいなくなって、寂しいのだろう?」

「あら、まぁ。養子?いえ、・・・・いいのですわ、殿下。自分の寂しさに子供をつき合わせては可哀そうだもの。それに正妃のシルビア様にも申し訳がありませんわ」

ロレーヌはぽんぽんっと、軽くクレオの背中をなでた。

クレオはロレーヌから身を放すと、微笑んだ。

「養子ならば、シルビアも大丈夫だろう」

「本当ですの?」

「ああ」

「・・・では、養子をとるのならば、孤児院の子が、いいですわ」

にこにこ目を輝かせて嬉しそうなロレーヌ。
クレオはそんなロレーヌの頭をなでて、ロレーヌ頬に手を当てる。

「分かった」

「家族が増えますわね。私、お母さんになるのかしら?」

「そうだな」

クレオはそっとロレーヌに口づけた。

「殿下?」

急なクレオの口づけに、ロレーヌはきょとんとして、首をかしげながら、にこにこ微笑んでいた。


手で顔を隠すクレオを、不思議そうにロレーヌは見ていた。手で顔を隠すのをやめたクレオは、ロレーヌを見た。
「ロレーヌ、これからすることは誰にも言ってはいけない」
クレオはロレーヌの腕をつかむと、引き寄せた。抱きしめられたと思ったら、ロレーヌは押し倒されて、クレオの獣のような鋭い視線を見上げることになった。

「・・・殿下?」

クレオの手が指がドレスの下に潜り込む。
ロレーヌは喪失を痛みとともに知った。
クレオはロレーヌが処女であることに、驚いていた。


部屋を出て本宅に戻ったクレオを待っていたのは、物悲しそうなシルビアの姿だった。

「おかえりなさい」

「ロレーヌに、養子をとることになった」

「私たちを捨てる気でいらっしゃるの?実子よりも養子を選ぶのですか?」

「・・・そんなわけがない」

「嘘よ。殿下がいつもあの女のこと思っているのを、誰よりも側にいる私がわかっていないと思っていらっしゃるの?」

「・・・・シルビア、すまない」

「殿下?どうして謝るのですか・・」

泣いているシルビアのことを、クレオは抱きしめた。

「・・・・すまない、シルビア」

「国王様に言われて、あなたが仕方なく側妃として迎え入れたのは知っています。けれどあなたがあの方に会うというと、すごく不安になるのです」

「すまない」

「会わないでください。私はあなたを愛しているのです」

「分かった。もうなるべく側妃には逢わないようにしよう。お前が不安に思うのなら」

シルビアは抱きしめられ、笑った。

クレオが去った後、シルビアは懇意にしている騎士に向かって、手を差し出した。

「ねぇ、お願いがあるの。このままだとクレオ殿下は、あの側妃に誑かされてしまうわ」

ロレーヌの護衛騎士のハリスは、ロレーヌから預かっていた手紙を開いてみる。
先輩騎士シャパードへのロレーヌの気持ちが書かれている。

『拝啓シャパード様へ。
お元気でしょうか?あなたには随分助けられました。よろしかったら、クッキーでも食べに寄ってくださいな。シャーロットも一緒に。
また皆に会いたいです
ロレーヌより』

その手紙を胸ポケットに、しまった。

この手紙をクレオに手渡しても、何らいいことはないだろう。ハリスはこの手紙を誰にも見せず、処分することにした。

ロレーヌは何をやられても怒らない。
腐った林檎を食事に出されても、にこにこ笑いながら嬉しそうに、林檎を食べようとする。ハリスは放っておけなくて、慌てて林檎の皿を下げる。

「・・・腐った林檎を、食べてはいけませんよ」

「あらまぁ、そうねぇ」

首をかしげている。

室内に入ってきたシャーロットが、ロレーヌにお茶をつぐ。
「シルビア王妃様のスパイが何人か、ロレーヌ様の護衛や侍女にまぎれこんでいるようです。お気を付けください」

「そうなのね」

「シャーロット、お願いがあるの。シャパードに手紙を届けてほしいの」

「それはやめたほうがいいと思います。ロレーヌ様。兄はシャパードは、先日伯爵家の方との婚姻が成立したので」

「あらまぁ、そうなのね。何かお祝い送ろうかしら?」

「おやめください。兄は幸せを掴もうとしているのです」

「そうね」
にっこり微笑んだ。

「言葉が過ぎました。申し訳ありません」
シャーロットが深く頭を、ロレーヌに向かって下げる。

「いいのよ。シャパードには私も幸せになってほしいし。シャパードにお祝いはやめておきましょうかしらね。側妃からお祝いされても、シャパードも困りますでしょうしね」

相変わらずロレーヌは嬉しそうに、微笑んでいる。

ハリスはロレーヌがいつも手紙を書いているのを知っていた。
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