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第120話 牢屋の夜 下

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くろいおおかみは、アルを守るように立ちはだかる。

「そ、ソニアさんなんですよね?毛並みの色が違うようですけど。どうしてその姿に?」
ソニアは白い毛並みで、人間に近い姿だったのに。今は狼そのものだ。
「俺の本体は弱っている。アル、来るぞ」

黒い影の狼は、こちらに来ようとしているクロウに向けてとびかかる。
クロウは爪先で黒い狼をなでた。
すると狼は、黒い炎に包まれて消えていく。

「ソニアさん!!」
  アルはもう一度クロウを殴ろうとするが、喧嘩経験皆無のアルは、クロウにあっさり腕を掴まれてしまう。
アルの腕をつかみ、そのままクロウはアルの腕をへし折った。
アルは痛みに絶叫した。
だが、負けるわけにはいかないと、アルは左手でクロウの左頬を殴りつけようとするが、あっさりその腕をクロウに掴まれてしまう。

「お前がいると、俺の頭がおかしくなる。殺しても、殺しても、お前は生き返る。何度獣人の俺がお前を殺そうと、何故お前は獣人にやさしくする?人間のくせに」
クロウは、目を細める。
クロウの手の鋭い爪先が、アルの首を引き裂き、そのままアルの着ていた服を切り裂いた。

アルは恐怖で漏らしながらも、ソニアかもしれない影の狼を消してしまったクロウのことを、怒りを込めてにらみつける。
「犯すなら、犯せばいい。獣人も人も関係ない。それでも私がみんなを想う気持ちは負けませんから」
痛みと恐怖で、体が震えてくる。

アルを見ていて、クロウの中に浮かんできた感情は嗜虐の愉悦と快楽だ。そして、あのクロウの愛する子供と妻を殺した人間どもと、クロウ自身が同じなのではないかという、自分自身への憎悪だ。
下種な人間という種族とは、獣人は違うはずだというのに。クロウは罰を人間に与えているのだ。何を感じようが、自由だ。なのに。
アルという存在は、クロウにとっては罰そのものだ。

「そうか」

クロウはアルから離れ、立ち上がり、そして、クロウは自分自身の首に、爪を突き立てた。
驚いた表情のアルの顔が見える。

だが死ねない。
クロウは死ぬわけにはいかないのだ。
クロウは咄嗟に、急所は避けて自らの首に爪を突き立てていた。

クロウの妻と子供を殺した犯人は、まだ見つかっていないのだ。匂いで犯人は、人間だということはわかっている。
どこかで犯人はのうのうと、どこかで生きているのだ。

「もう終わりだ」
クロウはそのままアルの首に、爪を突き立てようと腕を振り下ろす。

『アル!!』
その瞬間、確かにソニアの声が聞こえてきた。
両手は折れているらしく、動かないが、力が湧いてくる。負けるわけにはいかないと、アルは拳を、クロウに向ける。

クロウはアルの背後に、凄まじい魔力を放つ白い狼の姿を見た。クロウは赤い目を見開く。
お前は、誰だ?

怒りの表情で白い狼が、襲い掛かろうとした瞬間、飛び出してきたものが、それを遮る。

「うるせぇ!!寝れねぇだろうが!!」
シロウがアルの前に飛び出し、クロウに向かって拳を突き出した。
シロウの拳は、クロウの頬にあたり、クロウの拳はシロウの頬にあたり、お互い吹き飛んだ。

「なにをする?」
クロウは口元の血をぬぐいながら、シロウの方を見る。

「うるさいんだよ!今何時だと思ってんだ?悲鳴やら何やらで、寝れねぇじゃねえか!いい加減にしろよ、お前」
非常に不機嫌なシロウが、ぼりぼり頭をかきながら言い放つ。

どこか寝ぼけ眼のシロウだ。寝ぼけているなと、アルは慌てる。

「それはすまなかったな。そこの人間を殺せば、すぐに終わる」
クロウの目には何人殺していても、物静かな知性が見える。それが狂っていて、恐ろしいとシロウは感じる。
「アルを殺すつもりか?」
「そうだ」
やはり冷静に応じるクロウ。
「お前さんいい加減にしろよ。ぐだぐだいつまでもアルを狙いやがって。俺だって、人間に恨みはある。そりゃぁな。でもアルはお前さんに何もしてねぇだろうが。ぐだぐだいつまでも粘着しやがって、お前、鬱陶しいぞ」

「お前ら、何をしている!!」
騒ぎを聞きつけた警備兵が何人かやってくる。
その様子に、アルは心底ほっと、した。

「邪魔をするならば、獣人とはいえ、お前も殺す」
その言葉とともに、クロウの放つ気配の禍々しさが増していく。

「まぁ、お前の方が強いかもしれないからな」
ぽりぽりシロウは頭をかきながら、言う。
「だがな、俺の仕事は傭兵だ。素人とよりは強いぜ」
そこで言葉をきって、シロウはアルの方を見た。
「アル坊、お前金を払えば、俺が守る。片腕だから、あまり頼りにならないかもしれねぇが」

「お金。もしここから出れば、お支払いします」

「いや、それか抱かしてくれりゃ、いい。もう着の身着のまま生活で、随分女抱いてないからなぁ」
そのシロウの言葉に、アルの目が死んだ。

「なんだ、その顔」
シロウは眉を寄せ、けげんそうな顔になる。

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正直露骨なスケベなまなざしをしてこなかった、一匹狼孤高の雰囲気のシロウがそういうのが、アルは正直ショックである。
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「お金の方でお願いします」
アルはそういった。

クロウの赤い目が底光りする。

「お前ら、なにをしている!?」
警備兵が、アルたちを取り囲む。
クロウはクロウを取り押さえようとする人間の首をあっさり、引き裂く。大量に噴き出す血に、アルは悲鳴を上げる。

シロウは警備兵から剣を奪い、クロウに向けて振り下ろす
クロウは素手で、その剣を受け止めた。

「もう片方の手は折るだけにしてやる」
そしてクロウは、もう片方の手で、シロウの剣を持つ方へと手を伸ばす。

「舐めんじゃねぇぞ」
シロウは蹴りを繰り出す。

「面白れぇことしてんじゃねぇか!!」
赤毛のバロバロスが突然声を上げてやってきた。
「死ねや」
バロバロスは隠し持っていたナイフを、無防備なシロウの背中に向ける。
咄嗟にアルは、シロウの前に飛び出していた。
別にアルは善意だけで、シロウを助けたわけではない。アルにとって、優しくしてくれて孤独を埋めてくれた獣人達が特別なだけだ。
彼らはとても動物的で、とてもよくも悪くも感情に正直で、本能の通り動く。
まぁ、人の中にもアルの特別な人はいるし、アルは同じことをしたと思うけれど。

それに龍の卵がお腹にあるからかしれないけれど、アルは何度殺されかけてもなぜか死んでいない。

アルはナイフで腹を切り裂かれる痛みで、悶絶する。

「そこをどけ」

何度切り裂かれようが、アルはシロウの前からどかなかった。
あまりの痛みに、アルはシロウに遺言を残すことにした。

「シロウさん、子供預かり所のみんなをお願いします。自分死ぬかもしれないんで。この先の裏道の住宅街にある店なんですけど。みんなを守ってください」

アルは歯を食いしばり、ありったけの力でバルバロスを殴りつけた。
バロバロスはアルの拳を受けて、勢いよく吹き飛んだ。
アルはそのまま目を閉じて、大量の花をまき散らしつつそのまま倒れこんだ。

そのまま夢の国へとアルは行ったのだった。夢の中で、ソニアがなんだか悲しそうな顔をしていた。

ヴェルディーは一人執務室で、書類に目を通していた。
この法庁は、もちろん罪人を裁く役割がある。だがそれだけの役割に、存在しているわけではない。
軍が必要以上に王命に接近しすぎて、軍が王に造反しないようにする役割や、王命が法を無視して軍に同調しすぎないためなどに、あるのだが。
だがヴェルディーの父親は、獣人を危険視するあまり、軍部と手を組んでしまった。
このままでは、国があれるだろう。

その時扉がノックをされた。
凄まじい人数の強力な魔力を外から感じる。ヴェルディーは冷静に言った。
「入れ」

そこには複数の軍隊を連れた王女の騎士クロエットがいた。

「王意は軍意に傾いたのか?」
ヴェルディーの問いかけにクロエットは答えず、ただ剣をぬいた。
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