上 下
131 / 171

第108話 罪を弁護するもの

しおりを挟む
ヴェルディは剣をついに捨てることになることを、複雑な思いになる。
自分こそ正義の断罪者になるのだと、日々剣技を磨いてきたのだ。手のタコなんて潰れすぎるほど、潰れてきた。
ヴェルディは腰にある鞘に入った剣に触れる。

「許せ」
自分の運命の人間に会ってしまった。その人間を前にして、正義など、すべて積み上げてしまったものはどうでもよくなってしまった。
罪も罰もどうでもいい。
いや、よくもないが、もちろん正当なさばきはするべきだと思うが。

ヴェルディは、初めての恋に浮かれていた。

ヴェルディの背後から囁く声がする。
『上様からの命令です。くだらん人間に誑かされず、職務に戻れ。とのお言葉です』
ヴェルディの父親ヨハルドの影からの言葉だ。

ヨハルドの密偵は人の影に潜むことができる。
ヴェルディの行動をヨハルドは逐一見張っている。
それだけヴェルディの要職は、厳しい職務なのだ。父の意にそぐわないように、ヴェルディは生きてきた。

「父に伝えろ。俺は俺の信じる正義を探して生きる。新しい正義を、俺は自分で探す。このシルベリアの剣はもう俺には使えない。この剣の新しい継承者に渡す、とな」
『行意』
その言葉とともに、地面からヴェルディの元へ短剣が飛んでくる。それをヴェルディは難なく、剣ではじく。

「何のつもりだ?」
ヴェルディの冷たい目が、地面の陰に向かう。

『上様はもしヴェルディ様が職務を全うしなければ、殺せとおっしゃっています』

どうやら職務をしないヴェルディを、ヨハルドは殺すつもりらしい。
少しヴェルディは父親からの放棄の意志に、悲しい気持ちにはなるが、もうあきらめていた。

「とんだ、正義感だな。くだらん。父親に伝えろ。俺は俺の思う通りに生きる。貴様の思う通りにはいかないとな」

『畏まりました』
そういうと、ヴェルディの背後の影は消えた。
次は殺し合いになるかなと、ヴェルディはため息をつく。

「ヴェルディ様!!」
ヴェルディの忠実な部下のキタリスの声に、ヴェルディは足を止めて背後を振り返った。

「キタリス」
「シルベリアの剣を捨てるというのは、本当でしょうか?」
「そうだ。この剣は俺にはもう使えない。俺はシルベリアの剣にもうふさわしくない。俺はこの剣を捨てて、犯罪者どもの弁護に回る。幻滅しただろう?次にこのシルベリアの剣にふさわしいもののもとで、職務に励め。ではな」
「何をおっしゃいます?俺はあなただから、ずっとあなたについてきたんです。これからも俺はヴェルディ様の配下でありたいと思います」
「俺は家から命を狙われているし、出世もできんし、ろくな目に合わんぞ?それでもいいのか?」
ヴェルディの問いに、キタリスは涙目でうなずいた。
「勝手にしろ」
ヴェルディとキタリスは歩き出した。

この時からヴェルディたちは、今いる罪人の罪をもう一度詳細に調べ始めて、犯罪を起こすまでの事情を弁護し、罪状の恩情を模索し始めた。

ヴェルディの家は、罪を裁くものと、罪を弁護するものと、二つに真っ二つに割れることになった。

アルは手を縛られて、いまだに服がはだけた状態だ。寒いし、見知らぬ複数の騎士のちらちら見ている視線を感じる。
ものすごく恥ずかしいし、なんだかいたたまれない。
アルはただ俯きながら、歩く。
アルのお尻に手が触れるのを感じて振り返ると、背後のブラウンの髪をした騎士は顔をそらす。

 人の下心満載の視線はつらい。
アルはソニアたちのことを考えて、なんとか気持ちを落ち着かせる。

それからアルはなんとか縛られていた両手を解かれ、牢屋の中に突き入れられた。
アルは慌ててはだけていた服を、慌てて整えた。
牢屋の中の臭いにおいが、鼻を衝く。
薄暗い牢屋の中に、大きな黒い狼の顔をした筋肉質の人間が、アルの目の前に現れる。

「ひ!?」
アルの心臓は飛び上がった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!

をち。
BL
公爵家の3男として生まれた俺は、家族からうとまれていた。 母が俺を産んだせいで命を落としたからだそうだ。 俺は生まれつき魔力が多い。 魔力が多い子供を産むのは命がけだという。 父も兄弟も、お腹の子を諦めるよう母を説得したらしい。 それでも母は俺を庇った。 そして…母の命と引き換えに俺が生まれた、というわけである。 こうして生を受けた俺を待っていたのは、家族からの精神的な虐待だった。 父親からは居ないものとして扱われ、兄たちには敵意を向けられ…。 最低限の食事や世話のみで、物置のような部屋に放置されていたのである。 後に、ある人物の悪意の介在せいだったと分かったのだが。その時の俺には分からなかった。 1人ぼっちの部屋には、時折兄弟が来た。 「お母様を返してよ」 言葉の中身はよくわからなかったが、自分に向けられる敵意と憎しみは感じた。 ただ悲しかった。辛かった。 だれでもいいから、 暖かな目で、優しい声で俺に話しかけて欲しい。 ただそれだけを願って毎日を過ごした。 物ごごろがつき1人で歩けるようになると、俺はひとりで部屋から出て 屋敷の中をうろついた。 だれか俺に優しくしてくれる人がいるかもしれないと思ったのだ。 召使やらに話しかけてみたが、みな俺をいないものとして扱った。 それでも、みんなの会話を聞いたりやりとりを見たりして、俺は言葉を覚えた。 そして遂に自分のおかれた厳しい状況を…理解してしまったのである。 母の元侍女だという女の人が、教えてくれたのだ。 俺は「いらない子」なのだと。 (ぼくはかあさまをころしてうまれたんだ。 だから、みんなぼくのことがきらいなんだ。 だから、みんなぼくのことをにくんでいるんだ。 ぼくは「いらないこ」だった。 ぼくがあいされることはないんだ。) わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望しサフィ心は砕けはじめた。 そしてそんなサフィを救うため、前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったのである。 「いやいや、俺が悪いんじゃなくね?」 公爵や兄たちが後悔した時にはもう遅い。 俺は今の家族を捨て、新たな家族と仲間を選んだのだ。 ★注意★ ご都合主義です。基本的にチート溺愛です。ざまぁは軽め。みんな主人公は激甘です。みんな幸せになります。 ひたすら主人公かわいいです。 苦手な方はそっ閉じを! 憎まれ3男の無双! 初投稿です。細かな矛盾などはお許しを… 感想など、コメント頂ければ作者モチベが上がりますw

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

BL短編集②

田舎
BL
タイトル通り。Xくんで呟いたショートストーリーを加筆&修正して短編にしたやつの置き場。 こちらは♡描写ありか倫理観のない作品となります。

"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました

夢風 月
ファンタジー
とある王国の伯爵家令嬢として幸せに暮らしていたはずの少女は、訳あって奴隷へと身を落とした。 奴隷商人の元から何とか逃げ出そうとしたところ、真っ黒なマントに身を包んだ男に出会う。 美醜への目が厳しいその国でとても"醜い"見た目をしている彼は『バケモノ』と呼ばれていた。 "醜い"彼に連れられやって来た小さな家には、男の他にも数人の"醜い"男達が肩を寄せ合って暮らしていた。 彼らはどうやら醜さ故に様々な問題を抱えているようで……? これは、心に傷をおった4人が贈る、ちょっぴり切ない恋物語──。 ※溺愛に至るまでそこそこ時間がかかりますがどうぞご容赦を※

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

離縁しようぜ旦那様

たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』 羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと? これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである

処理中です...