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幕間 アルのブラシ屋 その4 新しいお客さん
しおりを挟むアルの家に、黒豹の顔をした男が訪ねてくる。肉食獣独自の迫力があって、大変恐ろしいオーラを放っている。
その人の名前はヴェリエ。ここいらを取り締まるボス的存在なマフィアの黒豹の獣人さんである。
その隣には眼帯を付けた片目の鋭い目つきの、どことなく虎に似ている顔と、頭上に虎耳をつけた四、五十代くらいの男が不機嫌そう獰猛な顔で、ヴェリエの隣に歩いてやってくる。
彼の名前はネーターさん。
ここいらの虎獣人を率いる虎組のマフィアさんである。
何故に大巨頭の獣人マフィアが、アルの家に来ることになったのか、それをさかのぼると少し前の話である。
アルは目の下にくまをつくりながら、子供預かりと食事作りとブラシ屋をがんばっていた。ある日突然アルの家に、ヴェリエが訪ねてきたのである。
アルは盛大にビビった。一度はアルをさらって、ひどいことをした人だ。なんとか対処しようとアルが防衛手段を考えていると、ヴェリエはちょちょいと手を振って見せた。
「警戒しているとこ悪いが、何もしねぇよ。部下どもがお世話になっているらしいから、お礼に来ただけだよ」
ヴェリエは背後にいる部下の男に「おい」と指で指図すると、部下の男は「へい!」と言って、アルになにか箱を手渡した。
「なんです?これ」
なんとなくアルは受け取ってしまう。
「見てみな」
そうヴェリエがいうので、警戒しつつ好奇心に勝てずアルは箱を開けてみる。
中には金色の招き猫が入っていた。
アルは目を見開くと、箱をすぐ閉じて、ヴェリエの目を向ける。
「なんですこれ!まさか」
「そのまさかの純金だよ。受け取ってくれ」
「こんな大金受け取れません」
アルとヴェリエの間に、押し問答する。
アルの世界には、タダよりも高いものはないという教訓がある。
タダでくれるというのは危険なような気がする。
アルの確固たる意志に、ヴェリエはため息をつく。
「仕方ねぇな。ならアルさんよ。その金の猫は先払いだ。噂のブラシ屋を俺にしてくれ。その支払いに金の猫を使う。それでいいだろう?」
「い、いいですが、ブラシ屋の代金には金の猫は高すぎるような気がしますが」
「かまわねぇよ。何回でもそのブラシ屋とやらを俺にすればいいだろう?」
アルはごくりと飲み込み、「わかりました」と言って、金の猫を受け取った。
その日ヴェリエはアルのブラシマッサージを受けることになったのだが、低いうめき声をあげ、ヴェリエは眠ってしまった。
その様子を、眼鏡をかけた黒猫獣人のヴェリエの部下は、なぜか驚愕な様子で見ていた。
それ以降ヴェリエは頻繁にアルのもとにかようになった。
サンやスピネルは、ボスがアルの元へ通うと、自分たちは通いにくいとアルに泣きついていたが。
ある日ヴェリエはブラシマッサージの途中に、こんなことを言った。
「今度俺のところに重要な客がやってくるんだ。一日この店を貸し切りに使いたいんだが、いいか?」
「いいですけど。子供たちもいるので、一日ずっとは無理です。半日ならいいです」
「おう。それで十分だ。俺の客にも念入りにやってくれ」
そう言ってヴェリエは尻尾をくねくね尻尾をくねくねくねらせ、「うにゃぁあああああん」とひくいひくい空恐ろしい声で泣いた。
それからしばらくして虎に似ている顔の男が、ヴェリエとともにやってくる。ヴェリエといいその虎獣人の男も、えらく空恐ろしい肉食獣の迫力がある。
出迎えるアルは冷や汗をかきながら、必死に営業スマイルを浮かべる。
「いらっしゃいませ。今日は遠路はるばるようこそお越しいただきました。お茶とお茶うけも用意しているのでどうぞ」
そうアルが言いうと、虎獣人の男は目を細める。
「ヴェリエさんよぉ、たかが人間の店に案内するなんて、どういうつもりだがにゃ?」
「こいつは人間だが、それはそれはいい体の持ち主なんだ」
ちらりと、ヴェリエがアルの方を見る。
アルは笑うしかない。
「人間なんて、わしはだかにゃ」
うげっと、苦虫をかみつぶしたような表情の虎獣人の人。
「それにこいつは獣人の子供を預かる変わったやつだ。マッサージのテクニックも一流だ。俺はこいつのテクニックには一目置いてんだ」
「へぇー、そうなにゃのか。だけどわしは人間なんぞの前で、無防備になるなんて、ごめんびゃ」
「ならそん時は、俺のことを殺せばいい。ならいいだろう?」
「いいだろう。ヴェリエ、あんさんを信用しようやにゃいか?だけぇど、人間のお前なんぞを信用したわけじゃないびゃ」
屈強な男の語尾が、にゃとかびゃとかになっている。方言か何かだろうかと、アルは首をかしげる。
「まぁそう言ってられるのは今のうちだぜ」
にやりと、ヴェリエは笑う。
「人間なんて死にゃ」
憎悪のまなざしをアルに向ける虎獣人の男。
「全身ブラッシングをやる場合は、人の姿と獣の姿、どちらかのコースをお選びいただけます。頭皮だけのコースもございますが、どちらがよろしいでしょうか?」
アルのブラシ屋にはコースが一応あるのだ。
「頭だけにしろにゃ」
腕を組んで蔑んだ目で虎獣人は見てくる。
「かしこまりました」
アルはにっこり笑って、特殊に自分で改造し続けたブラシや、油を取り出して準備をし始めた。
よく見ると虎獣人の人の毛並みは綺麗なのに、たいそう傷んでいる。
最近完成したアル特製ミネラルをいれた天然油を使ってみるかと、アルは考える。
しばらくして、「うにゃああああああああああああああああ」という低い低い声が、アルの家からあたりに響いて聞こえたそうな。
後日ブラシ屋に来たヴェリエはアルに言った。
「助かったぜ。虎の奴は人間と全面戦争でもしでかしそうな、馬鹿だったからな。人間のこと馬鹿にしすぎて、人間の戦力甘く見やがってたしな。
お前のブラシを受けた後、人間と戦争したらできなくなるぞといったら、虎の奴はあっさりやめたらしい。現金なもんだな」
にやりと牙を見せて笑うヴェリエ。
「役に立ててよかったです」
よくわからないが、アルはそう言っておく。
「あいつは虎の獣人のマフィアのドンなんだぜ?うちとは縄張り争いで、何度か血をみたかな。急に最近和解したんだが」
またにやりと笑うヴェリエ。
「え」
アルは驚いて、硬直した。
虎獣人のマフィアのドンさんは、それからアルの家を外から睨みつけ、アルと目が合うと去っていくという、わけわからない奇行がみられた。
何してんのかよくわからにアルだったが、台風の日で珍しくブラシ屋の客がいない時に、虎獣人のマフィアのドンさんがやってきて、アルに向かって小銭を投げて、「さっさとブラシをやれにゃ!」と低い声でいった。
にゃの語尾は、疑問形。命令形。
びゃの語尾は、語尾強め。そうなんだ!という強い意志。
虎獣人の廃れた古い方言である。
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