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第2話 寄る辺のないものに口づけを

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帰ってきたソニアは、アルのズボンをつかんでいるソルとシルカに、絶句する。
「俺が言うのも何なんだが、もう少しお前たち警戒しろ。あんなに人間を嫌がっていただろうが」
「こんな弱っちそうな人間が何かできるわけねぇじゃんか」
「そうそう。私の方が強いもんね」
と兄妹二人が自信満々に言う。
アルは笑うしかない。そこでアルはソニアの腕に傷ができているのに気づく。
「大丈夫ですか?傷」
「ああ、大丈夫だ」
「だめですよ、手当しないと。消毒液とか、包帯とかあります?」
「消毒液?包帯?消毒液とはアルコールのことか?うちにはない。この程度の傷舐めと置けば、治る」
「だめですよ!傷口からばい菌がはいったら。とにかく今煮沸消毒した水と布持ってきますから待っててください!」
薪が燃えている上に、水を入れた鉄鍋を置き沸騰させ、その中に布を浸して冷めるのを待つ。これでいいのかわからないが、濡れた布でソニアの腕の傷を拭いて、その上に布切れを巻いておく。
「多分応急処置です。薬でも買ってください」
「そんな金はない」
「そんな」
「仕方がない。もう十分だ。俺たちは人間とは違う。この程度の傷ならすぐに治る」
「どうにかなりませんか?」
「今の収入でも無理だな。あいつらにも食べ物食べさせてやりたいし」
「一応料理は作ったんですが、おいしいかどうかわからないし、できたらどこかで料理を習いたいです」
「まずは料理を食べてみる」
「そうですね」
「お前、敬語をやめろ」
「そ、そうだね」
とは言ったものの敬語じゃなければ話しにくいので、無理そうだった。

皆で食事を運んで、神の祈りというやつをして、皆で一斉によくわからない肉のシチューを口に運ぶ。ソニアは料理を口にしたとたん、黙り込んでしまう。
「あ、あの、まずいですか?」
「いや、めちゃくちゃおいしいんだが」
「よかったです!」
「これ、店に出して売れるんじゃないか?このトウモロコシ粉のアナロ風もすごくうまいな。お前料理人だったんじゃないか?」
「アナロ風とは?普通ですよ、この料理」
アルは首をかしげながら自分で作った料理を食べる。
どぼどぼこぼしながら食べているシルカの頬を、アルは布巾で拭く。
「もう少し少しずつスプーンに食べ物乗せると、食べれるよ」
アルは食べ物を乗せたスプーンを、シルカに見せる。シルカはうなずくと、スプーンにシチューを少なめにのせて食べようとするが、落とした。
よしよしと、アルはシルカの頭をなでる。
「シルカのへたくそ!」
「兄ちゃんの馬鹿」
喧嘩しそうな二人の頭をよしよしと、アルはなでておく。
「お前たち仲良さそうだな」
呆れた様子のソニア。
「あの、あの台所に置いてあった赤い調味料ってなんですか?」
「知らんのか?あれは唐辛子を発酵させた伝統的な調味料だ」
「へぇー」
「今度市場に行ってみるか?」
「ぜひ!」
いい人に拾われてよかったなと、アルはしみじみ思ったのでした。
食事を食べ終え、アルはじゅうたんを敷き詰められた部屋に案内された。

「ここで俺たちの寝床だ。適当に寝てくれ」
「はい」
「兄ちゃんなんか話して」
ソルがいそいそとソニアの隣に陣取る。それをみてシルカは頬を膨らませる。
「お兄ちゃんひどい。私もソニア兄ちゃんの隣がいい」
「俺もソニアさんの隣がいい」
とアルは冗談で言ってみた。
顔を赤くするソニアさん。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
二人とも元気よく修身の挨拶をするが、そこでアルは我に返る。
「いやいやいや、寝る前にお風呂入らないんですか?!あ、風呂がないんだから、体拭いたりとか」
「何を言っている?」
けげんそうなソニアさん。
「えーめんどくさいよ」
とシルカさんは可愛く頬を膨らませている。
ソルはぽりぽり腕をかいている。
この部屋ダニがいるんだか、猛烈に全身がかゆい。
「今桶にお湯入れて持ってくるから、ちょっと待ってて!」
アルは部屋を出て走り出す。


お湯を沸かしたいが、火の元消しているので仕方なく、アルは桶に水を入れて、体を拭くよう布切れを三枚持って、部屋に戻った。
戻る前に屈みをもう一度見るが、やはり鏡に映るのは太めの美青年とはいえない、不細工なただの男が一人残っていた。

桶に布切れを入れて絞って、三人狼にアルは手渡す。
「これで体拭いて寝ますよ」
ソニアは舌打ちする。舌打ちしつつも腕を拭き出す。
「えー嫌」と「めんどくせぇ」というシルカとソルの頭を濡らした布切れで拭いてやる。
「櫛はないんですか?」
拭きながら櫛で整えたい。
「ないな。男は手櫛で整えれば十分だ」
きっぱりソニアが言う。
「そんなわけないと思います」
呆れるアルに、ソニアはため息をつく。
「お前また敬語に戻っているぞ」
「とにかく櫛は必需品です。買った方がいい」
「まぁ、そうだな」
こっくり気まずそうにソニアはうなずく。
何とか身だしなみを整え、全員就寝についた。

真っ暗闇の中、「起きているか?アル」とソニアの声が静かな部屋に響く。
「はい」
「お前がいてくれて助かった。ありがとう」
「いえ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
アルは目を閉じた。

次の日朝ご飯を作っていると、一人の客人が現れた。
先端の耳がとがっているプラチナブランドの髪をした青年だった。その人を見た時アルは、その青年がエルフという種族なのではないかと思った。
「あなたは?」
険しい顔の青年に、慌ててアルは頭を下げる。
「は、初めましてこの家においていただいてます、アルといいます」
「ソニアはいますか?」
青年はひどく不機嫌な様子だ。アルはたじたじになる。
「よお。ジル」
ソニアがやってきた。アルはほっと、する。
「どういうつもりですか?こんな美しい人間を、この階層に招くなんて、狙ってくれと言っているようなものですよ?シルカやソルになにかあったらどうするんですか?」
「分かっている」
「分かっていませんよ!こんなに上層階にいるような人間が、この階層にいるなんて、何かの罠かもしれませんし、見知らぬ人間を置いて、シルカやソルに危害を加えるかもしれません。わかっていますか?」
「こいつは記憶喪失だと一人川辺にいた。放っておけんだろう?こいつは弱い匂いしかしない。それにお前に契約魔法を頼もうと思っていた。アルにシルカやソルを守るように契約してくれ」
「私の契約魔法も万能ではありませんよ。解呪や協力者がいたら」
「こいつは記憶喪失者だ。嘘の匂いも感じない。おそらく大丈夫だ」
「仕方ないですね」

なにやらソニアとジルという人は話し終えたらしい。ため息をついたジルは、アルの方を見た。
「あなたがこの家にいるものに害をなさない証として、契約魔法をしてもらいましょうか?」
「契約魔法?」
「記憶喪失ですか。本当かどうか知りませんが、誓いを立てて、その誓いを守らないものに、呪いが降りかかる呪法ですよ」
「アルには説明がまだだったな、こいつは妖精族エルフのジル。俺の仕事仲間だ。暇なときにソルやシルカの面倒を見てもらっている」
「は、初めまして」
アルはジルに向かって頭を下げるが、ジルは鼻をならし無視する。
「先ほどジルが言ったように、危害を加えない証として、契約してほしい」
「いいですよ」
何かよくわからないが、アルは行く場所がないのだ。ここを追い出されたら困る。

「ではあなたの血を少しもらいましょうか?」
ジルは綺麗な細工がされた短剣を取り出して、アルの方へと向けた。
こ、怖い。
煮え切らない様子のアルの手をジルは掴むと、ジルの親指に短剣の切っ先を少しだけ刺す。みるみる血があふれ出す。
ジルは自らの親指にも傷をつけ、ジルの血と合わせ、人には聞こえない声にならない音波のような声を上げて、精霊に祈りを上げた。
するとアルの手のひらに不思議な模様が現れた。
「へ?」
「それが契約書です。約束をたがえぬように」
「は、はい」
戸惑いながら、アルはうなずいておく。

「ジル、お前、何故俺の血を使わなかった?」
「何がですか?」
「俺が契約者だろうが」
「別に深い意味はありませんよ。このものが契約をたがえた場合を見届けるのは、わたしのほうがいいでしょう」
「そう、だといいな」
猜疑心に満ちたソニアの顔に、ジルはため息をつく。
「たぶらかされないように気を付けることですね」
「俺は顔なんぞどうでもいい。そんなもの見てはいない」
拗ねた顔のソニアだ。ジルは「そうですか」とだけ言っておく。

「そうだ。朝ごはんできたので、みんなで食べましょう。今シルカちゃんとソル君起こしてきますから」
仲良くしたいのとお腹空いたのでアルは言った。みんなでご飯を食べれば、少しは仲良くなれるだろうと思う。
「結構です」
きっぱりジルは言い放つ。どうやらアルはジルに嫌われているようだ。
「食っていけ。俺がソルとシルカを起こしに行く。お前たちは朝ごはんの準備をしてくれ」
そういうとソニアは部屋を出ていく。残されたアルはジルと二人きりで、非常に気まずい。

「あの」
「ふん!顔が少しいいからって、信用されると勘違いしないよう。私はあなたのこと信用しませんから」
「は、はぁ。とにかく朝ご飯を食べましょう。スープにもろこしの粉を練ったものを落とした食べ物なんですが、何か嫌いな食べ物はありますか?」
「私の種族はユウフウの肉は食べれません」
「ユウフウ?」
「あなた、本当に記憶喪失なんですか?」
「はい」
「私にうそはつけませんよ」
急にアルの左手がずきずき痛みだす。
「いた!」
あまりにも痛くて脂汗が浮かんでくる。
「痛いでしょう?私には嘘が突けない証です」
「本当に、私記憶喪失なんです!気が付いたら川辺にいて!!」
「本当に?」
「本当です。うう」
「いいでしょう。信じましょう」
「おいこらジル!アルをいじめんじゃねぇ!!」
ソルは走ってやってきて、頭突きをジルの腕に食らわせる。
「いったい!すぐに信用しすぎですよ、ソル。こいつどう見ても怪しいでしょうが!」
ジルに指さされたアルは、困った顔でポリポリ頬をかく。
「こんな弱っちい人間、何かしたら、俺がやっつけてやるから平気だ」
自信満々に言うソルに、ジルはため息をつく。
「俺もこいつを信用しているわけじゃない。何かしようとしたら、お前が殺せ」
ソニアが冷たい目で、ジルを見つめる。
「もちろんです」
「あのー」
言いづらそうに、アルが口を開く。
「なんだ?」
「なんです」
「お話し中悪いですが、朝ごはん食べながら、話しましょう。冷めてしまいます」
そう朝ごはんがさめてしまう。
「そうだな」
「ふん!」

「お前、本当に飯作のうまいな」
しみじみソニアはスープを飲みながら言う。
「ふん!ご飯を作るのは確かにそうですね。それは認めましょう」
不機嫌な様子のジルをよそめに、シルカとソルの幼いコンビは必死こいてスープをかきこんでいる。
「うーん。ただあるものを煮込んだだけなんですが」
アルは首をかしげる。
いや本当にあるだけの具材を煮込んだだけだ。ただ香辛料っぽい葉っぱは入れたりはしたが。
「何か欲しい食材はあるか?」
「そうですね。一度具材を見に行きたいな」
正直初めて見る具材ばかりで、何がどんな味なんだかよくわかっていない。それなのにアルは褒められても、複雑な心境だった。
「そうだな。ジル。今日は人が足りているから、今日は一日こいつらのお守りを頼む。それからアルに戦い方を教えておいてくれ。弱いままでは買い物も頼めない」
「矛盾してませんか?信用できない人間に戦い方を教えるなんて」
「戦い方というか、身を守るすべをだな教えておいてくれ。じゃぁな。俺はもう行くから。お前たちはジルの言うことを聞けよ」
そう言ってソニアはシルカとソルの頭を出ていこうとする。
「まってください!」
アルは慌ててソニアを呼び止める。
「なんだ?」
「これ」
「なんだ?」
「お弁当です。白い粉を練り上げて具材を包んでただ焼いたものなんですが、少しだけで足りないと思うんですが、小腹空いた時に食べてください」
「ありがとう」
ソニアは一度ためらいつつ、アルの頭をなでる。
「毒が入っていて危険かもしれませんよ」
ジルの冷たい声が、突き刺さる。
「俺の嗅覚を馬鹿にするな。じゃぁな。仲良くやれよ」
「兄ちゃんいってらっしゃい!」
「兄ちゃん」
ソルとシルカの声に、ソニアは手を振り、今度こそ去っていった。

ソルは元気よくシルカとともに、自分の部屋に「絵を描くに行く」といって走って行く。
ジルと二人残されたアルは気まずい。
気のせいでなかったらジルの背後には冷気が漂っているように見える。
「あの、そんなに私のこと嫌いですか?」
「ええ、嫌いです」
きっぱりはっきりジルが言い切る。
「私は何もしていないのに」
「お前みたいな綺麗な人間がいなかったら、私がこんなに醜くなかったら、私は認められたのに」
憎悪のジルの目に、アルは首をかしげる。
「あなたは綺麗だと思うんですけど」
「馬鹿にしているのですか?」
「いや、本当に。私は自分のこと醜くしか見えないんですが」
「本気ですか?」
「本気です」
まじまじとジルはアルの瞳を覗き込む。
「呪われているようには見えないんですが。たまに聞くことがあります。不細工が好きな変わり者がいると」
「不細工にはあなたは見えないんですが。それに美醜って人それぞれ違いますし、ただのひとの好みではないでしょうか?美人の条件って時代によっても変わりますし、確かに美醜って基準があるのかもしれませんが、ただの人の好みで、決まっているものでもだと思うんですが」
アルは首をかしげる。
「醜く人に迫害をされたことがないから、そんなことを言ってられるのでしょうね」
その時アルの脳裏に、アルのことを不細工と罵り石を投げる人々の姿が思い浮かび、アルは眩暈を覚えてよろめいた。
「大丈夫ですか?」
ジルはよろめくアルの肩をつかんで引き寄せる。
心配そうなジルの顔で、心の底は優しい人なのだろうなと、アルは思う。
「大丈夫です。私はあなたのこと醜いなんて思ってません。本当ですよ」
「あ、そうですか」
ジルにはなされ、アルは腰を地面につく。
あれ?私は何でこんなところにいるのだろう?アルの中で強烈にそんな気持ちが思い浮かぶ。
そうアルの居場所はここではなかったのだ。

「私のことを不細工ではないと思うのなら、私に口づけができますか?」
意地悪い笑みのジル。
「は」
「私が美しいと見えるのでしょう?」
ジルに顎を引き寄せられて、アルの顔はジルの顔に間近に近づく。
そのジルの顔が啼きそうな子供のように見えたので、アルはジルの頬に口づけておいた。
「な!?」

「あー!!なにやってんだよ」
ソルの叫び声に、驚く。
「な、なに?」
「なんか顔と顔くっつけていただろ?なんだよ、それ」
ぼりぼり足をかきながらソルが言う。
アルは手招きしてソルを招くと、ソルのふくふくほっぺに口をつけておいた。
「うわ!!」
叫ぶとぶわっと、しっぱをけば立たせ顔を真っ赤にしていた。
うむ。子供とはいえ、赤の他人が頬に口づけなんていけないなと、アルは反省する。
「ごめんね」と、アルはソルの頭をなでた。
「なんだよ、今の」
「挨拶のキス?」
「もう一回やってみろよ」
とかなんとかいうので、アルはソルの額に口づけておく。
「兄ちゃん何してんの?」
とシルカもやってくる。
凄まじい殺気を感じて視線をそちらに向けると、ジルが凄まじい目つきで、アルのことを睨んでいた。
殺されるかもしれないと、アルはぞっとした。
いやいや何も関係ないあるを顔の美醜で恨んでくるジルは、結構いい迷惑だと思うんだけどと、アルはジルのことを睨んでおく。
「なんでもねぇーよ」
ソルがそっけなくいうので、シルカは何か自分に隠し事をしてみんなで楽しんでいるのかというので、逆に気になってしつこくソルに聞きたてて、喧嘩になっている。慌ててアルは二人の仲裁に入り、二人の頭をなでる。
「一緒に朝お絵描きとか勉強やろうね」
そうアルが言うと、シルカやソルがぴたりと動きを止める。
『勉強って何?』
二人同時一斉にそんなことをいう。
「え?勉強って文字や計算をやることのような」
アルは記憶喪失なのに、そんなことは何故か覚えている。
「このスラムで勉強など知る人間などいませんよ。教会で勉学習うのにも寄付金が必要ですしね」
「教会」
「いい教会もありますが、ほとんどの教会は腐敗して子供を裏で売買するような連中の巣窟になっていますがね。あなたのようなものが道端に歩いていれば、速攻で誘拐されたり、売り飛ばされるでしょうよ。このスラムには醜く金を持っていない人間が住む貧民街ですよ。顔がいいものは売り飛ばされて、富裕層に行くものなんですよ」
淡々とジルがいう。ぞっとするが、アルの中ではまだ疑問がある。
「あの、本当に」
「なんです?」
不機嫌そうなジルに、アルは口ごもる。
いや、どう見ても自分不細工にしか見えないんですけど。嘘ついていないですよね?と聞きたいが、ジルに聞くとひと悶着ありそうだ。アルは聞くのをあきらめた。

「そうだ。これを」
ジルは思い出したように、懐から一枚の紙をアルに手渡す。
「ソニアに頼まれたからには仕方なくあなたに呪符を渡してやります」
「あの、これは?」
「一度だけシエルと唱えれば、あなたを害そうとするものからあなたを守る呪符です」
「し、しえる?呪符」
「あなた本当に何も知らないんですね。とにかく身の危険を感じたら、念じながらシエルと言えばいいんです」
「は、はぁ、ありがとうございます」
半信半疑だったが、アルはその一枚の紙をもらっておく。

「そ、そうだ。もうすぐお昼だから今お昼ご飯作りますね!」
慌ててアルはお昼ご飯を作り始める。お昼食べて夜ご飯の準備をした後、ソルとシルカにお勉強教えてあげようと思った。
ちなみにアルがお昼ご飯を作っている間、ジルはずっとアルの姿を見張っているようだった。
げっそり。

お昼ご飯は適当な野菜となんかの肉を煮込んで、それをトウモロコシ粉を平たくして焼いたものに乗せて、油らしきものとココナッツ?をかけたものだ。味見で食べてみたら、なんか味気ないというか、あまりおいしくなかった。おいしくしたいが、あまり調味料もないし、食材も肉と野菜しかない。
肉と野菜もどんな味の食材かわからないからどうしようもない。
まぁ、仕方ないかと、アルはため息をつく。
とはいえ皆にはおいしい料理を食べてほしい。今度店に連れて行ってもらい、いろいろ食材探ししたいなと、思う。

いまいちだと思って出したアルの料理は、皆には意外に好評で、「うまい!」「おいしい!」とシルカやソルはふくふくのほっぺに栗鼠のように食べ物をため込んで食べ続けている。

「あなた、料理うまいんですね」と、なぜかベルは呆れた様子で、アルの方を見る。
「そ、そうですかね?」
食べるが、やはりあまりおいしくないのだった。
「ご飯食べたら外行こうぜ」
元気よくソルがいう。シルカは目を輝かせて、「行く行く!」という。
「あまり外に行くなと言われているでしょうが!」
「やだ!」
「やだ」
遊びたい年頃の子供だ。外に出るなと言われれば言われるほど、出るだろうなとアルは聞いていて思う。
ジルはため息をつくと、仕方がないなと「私もついていきますからね」という。
「あなたを一人にしてはおけませんから、あなたもついてきてもらいましょうか?」
ジルはアルの方へと顔を向ける。アルはうなずいた。

「遠くには行ってはいけませんよ!!」
「はーい」
「ジルうっせぇ」
結局ソルたちは家の前で遊ぶことにしたようだ。ジルは心配そうに見張っている。ジルは怖そうだがなんだか優しそうだなと、アルがジルの顔を見ていると、気づいたジルが睨んでくる。アルは笑ってごまかした。
そんなに睨まんでもいいのにと、拗ねていると、近くからガラス瓶が飛び散る音がして、びっくりしていると、その凄まじい破壊音のする家の前に、幼い金髪の少年と少女が立っていた。その幼い子供は二人とも裸足で、心配になったアルはそちらの方へと向かう。

「君たち大丈夫?」
アルがそちらに近づくと、幼いまるでビスクドールのような愛らしい二人はアルを見つめて俯く。その横顔は物悲しそうで、アルも泣きたくなる。
アルは手を伸ばして少年と少女の頭をなでた。
幼い少年と少女は火が付いたように泣き出す。

「うるせぇぞ!」
家の中から金髪の端正な顔立ちの男が、鬼の形相で家から出てくる。
こ、怖い。びびるアルは子供を守らなければと、子供二人の前に立ちふさがる。
「ごめんなさい、お父さん」
怯えて震える金髪の少年が啼きながら言う。
この鬼の形相の男が父親かと、アルは呆然としてしまう。
男は拳を振り上げると、少年を思い切り殴る。

「や、やめてください!!」
慌ててアルは少年と男の間に割って入る。その瞬間顔を隠していた布が飛んで、アルの顔が露になる。
傾国の美貌に男は呆然とする。
「乱暴はやめてください」
「こ、これはうちの問題だ。口を出すな」
うろたえている男。
「ら、乱暴はやめてください」
それ以上アルにはどうしていいかわからず、大声でアルは泣き出してしまう。
「な、なんだよ!うるさいぞ!!」
男はアルの手首をつかんだ。
アルは驚いて目を見開く。

「何しているんですか?」
冷たいジルの声。
後ろを振り返るとジルとソルとシルカがこちらを睨んで立っていた。

「お前たちさっさと来い!!」
男は少年少女の腕をつかむと、家の中へ引っ張っていく。
アルは呆然とその場に立ちすくんでいた。
アルの後ろにジルがやってくる。
「あの父親のヴェイスは飲んだくれでいつも子供の泣き声が聞こえてきています。あの父親はあなたに見咎めを受けたと思い、ますますいらいらして子供に暴力を振るうでしょう。下手に助けられないのならば、口をだすのは悪手です」
「この国には児童相談所とかないんですか?」
「児童相談所?」
「虐待されている子供を国ですくうとか」
「子供の売買は認められているこの国で、そんなものあるわけいでしょう。あなたは記憶喪失らしいですが、どんな国から来たのでしょうね?」

家の中から聞こえてくる子供の泣き声に、アルは吐き気がしてその場で吐き出す。そんなアルに、ソルとシルカが泣きながら抱き着いてくる。
「あの子たちが死んでしまう。どうしたらいいですか?」
「さぁ。どうしようもないでしょう。あの父親がろくでなしなので、あの子供二人を奴隷としてあなたが買い取るしかないでしょうかね?あなた、そんな資金あるんですか?」
「お金」
「ソニアは底辺の冒険者ですからね。ソニアからの資金は期待しないほうがいいですよ」
「冒険者」
「あなたそんなに弱いのに冒険者なんてなったら、一瞬で死にますよ。冒険者になるにも防具など初期費用もかかりますし、最初の資本金が必要です。どうするつもりですか?」

冒険者は無理だと思う。
うーん。どうしたもんか?
アルは悩む。
そうだ。
「託児所なんてどうでしょうか?」
「託児所?」
聞いたことない言葉に、ジルは首をかしげる。
「子供を預かるところです」
「子供は大事な働き手ですし、預ける親は少ない気がしますけど」

確かにそうかもしれないなと、アルは思う。行きかう町の中で幼い少年少女が重い荷物を持ちながら歩いている様子が見える
ジルは意地悪い笑みを浮かべるという。
「まぁ、あなたなら体を売る娼館とかでもいいでしょうね」

娼館?体売る?キャバクラとかか?
アルは脳裏に浮かぶキャバクラという言葉に、首をかしげる。
「娼館ですか?なるほど、いいかもしれません!」
「え」
「ですが私も経験ないし、軽い感じのがいいんですが。どこか知りませんか?」
「馬鹿!」
なぜかアルはジルに、頭を叩かれた。
痛い。

「あなた男にも体売れるんですか!!恐ろしい客もいるかもしれないんですよ!」
「ジルさんがいったんじゃないですか?私娼館いいかもって」
そうアルはすねると、ジルは頭を抱えて深いため息を吐く。
「とにかくまずはこの辺の取締役のヴェリエに挨拶をして、組合に仕事を紹介するように頼むしかないでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
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