恋の肖像

松井すき焼き

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第1話 肖像

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僕の叔父さんの別宅には不思議な女の人がいる。
その女の人は叔父さんの元奥さんで、叔父さんにあるとき好きな人ができてしまい、奥さんに別れてほしいといったそうだ。
奥さんは叔父さんと別れたがらず、愛人としてでもいいから家においてほしいと、叔父さんに願ったそうだ。
 叔父さんのことが本当に、奥さんは好きだったらしい。
僕ら叔父さんの親戚は皆一応に未練がましい馬鹿な女だと言って、その女の人のことを馬鹿にした。
叔父さんが言うにはその女の人と別れたかったが、女の人がわかれるくらいなら死ぬというので、仕方なく叔父さんは女の人に別宅に住まわせることにした。叔父さんは別宅にはいかなくなったけど、いまだにその女の人は別宅にいる。叔父さんは一度も女の人に会いに行かないのに。
家族にはその別宅には絶対近づくなと言われていたが、僕は怖いもの見たさで、その別宅に行ってみた。
その女の人はぼんやりバルコニーから、叔父さんの屋敷の方を見ている。女の人は赤毛のとてもきれいな人で、正直僕はその人にひかれてしまった。恐怖の気持ちが大半だったが。

僕はそれからいつもその別宅に通った。陰からその女の人をみていると、ある時その女の人が僕は目が合ってしまった。
僕は怖くなってその場から逃げ出したのだが、転んでしまう。
「大丈夫?」
女の人の心配そうな声。僕は驚いて振り返る。
「手当したほうがいいわ」
女の人は心配そうな顔でこちらを見ていた。
その女の人の顔が普通に優しそうな顔で、僕は拍子抜けしてしまう。
「大丈夫」
僕はそういった。地面は芝生であまり傷もない。
女の人はにっこり笑うと、僕に手招きしていった。
「クッキー焼きすぎたの。食べる?一人だと味気なくてね」
その女性は儚げではなく、明るそうな人だった。
「うん!」
僕は有頂天になって女の人からクッキーを受け取る。クッキーはたいそうおいしかった。こんなきれいな人を叔父さんは振るなんてばかだなと、僕は心底思う。

それから僕はその別宅の庭先で女の人と遊ぶようになった。女の人とかくれんぼなどして過ごす。
あるとき僕は女の人に聞いてみた。
「僕の叔父さんのこと、あなたは好きなの?」
「あなたあの人の甥っ子だったの!?全然知らなかったわぁ、あの人私に興味なかったのねぇ。うん、まぁねぇ。あの人なんか放っておけなくて」
放っておけないのは女の人の方だと、僕は内心思っていたが、それは言わないでおく。
「どんなところが好きなの?別にハンサムじゃないじゃん。叔父さん」
僕は不機嫌に問いただす。
「そう?あの人ハンサムじゃない?素敵なの!叔父さんの悪口いうもんじゃないわ」
「あなたのことを大事にしない男なのに?」
僕は本気で大好きな彼女のほかの男ののろけなんて聞きたくなくて、相手を傷つけるかもしれないことを言ってしまった。僕は子供だったのだ。
「そうねぇー、あなたももう少し大人になって、誰かに恋をするとわかるかもしれないわね。仕方がないのよ」
そう言って女の人は微笑んでいた。
「ふぅーん」
僕は何か割り切れない気持ちでいた。

ある時いつものように僕は女の人のいる別宅で遊んでいると、僕のお母さんがやってきて、女の人の頬を叩いた。
「二度とうちの子に近づかないで!!」
感情的な母様の声に、僕は凍り付く。
女の人は「申し訳ありません」といって頭を下げた。
勝手にやってきたのは僕なのにと、悔しくて悲しい気持ちになる。
「もう二度とここには来てはいけません!!」
そう母様が言うと、僕の手を握って歩き出す。僕は何度も後ろを振り返る。今すぐに僕は女の人に謝りたかった。

それからしばらくたち母様の目を隠れて僕は隠れて何とか別宅に行くと、女の人は笑顔で出迎えてくれた。
「お母さまがごめんなさい」
僕が頭を下げると、女の人は僕の頭をなでた。
「もうここにきてはだめよ」
「なんで!!」
僕はすごくショックだった。
「あなたの母さんは何も悪くないわ。そりゃ居座るわけわからん女が大事な子供とあっていたら、私だって不安だしいやだと思うし」
「やだ!」
「だめ。じゃぁねぇー」
女の人は手を振ると、僕に背中を向けてしまう。慌てて僕は女の人のスカートのすそをつかんだ。
「ち、ちょっと!!」
「いやだ。僕はあなたに会いたいんだ」
言い出して聞かない僕に、女の人はため息をはき、苦く笑う。
「仕方がないこねぇ。そうねぇ、あなたが大人になったらもう一度会いましょう」
「本当?」
「うんうん。約束」
女の人は小指を僕にさしだしたので、指切りをして約束をしたのだ。
それから僕が時々遠くからその別宅を見ていても、決して女の人は僕の方をみることはしなかった。

それから6年後だろうか?
別宅は取り壊されることになった。
叔父さんは再婚した奥さんの具合が悪くなったので、女の人の呪いだなんてばかなことを言い出して、別宅を取り壊すことを親戚に話していた。
僕は叔父さんに聞いてみる。
「女の人はどうするおつもりですか?」
そういうと、談笑していた親戚皆ぴたりと動きを止めた。

「知らん。子供は余計なことを知らないほうがいい」
僕はもう十八なので、子供ではない。
僕は叔父さんににこりと微笑む。
「僕はもう子供じゃないですよ」

僕は白いバラの花束をもって、その別宅に向かう。
女の人はやはりバルコニーから、本宅を見ている。彼女は僕の姿に気づくと、目を見開く。
「あらまぁ、大きくなったわね」
にこやかに女の人は僕の方を見ている。僕はバラの花束を彼女に差し出す。
「そ、その花私に!?」
「はい。あなたに」
「い、いいの!?嬉しいわぁ」
「よかった」
「うんうん。嬉しい!あまり人と話せないもんだから。来てくれてうれしいわ!いい男になっちゃって。彼女ができたら紹介してね。お祝いしないと」
「僕はあなたと話せなくて、ずっと寂しかった」
「そう?すぐに忘れるわよ!人生いろいろあるだろうし。私あなたのこと遠くからでも応援しているからね」
「僕はあなたが好きです」
「ん?」
「僕と結婚してください」
そう僕が言うと、女の人はあんぐり口を開けた。
「どういうこと?」
「こういうことです」
僕は女の人を抱きしめた。
「好きです。結婚してください」
「えええええええ!?うそでしょ。どうしたらそうなるの?」
「子供の時からあなただけしか見えません」
「そうなの?」
「ええ」
「いや、無理。私あの人のこと好きだもの」
「そうですか」
「うん。自分でも執念深くて恐ろしくなるわね」
「ここ取り壊されること知っていますか?」
「そうなの」
「はい」
「仕方がないわね、あの人」
「どこへ行きますか?」
「さぁね」
「あなたがここに残るのなら僕もここに残ります」
「え?」
「僕も執念深いんです。負けません」
「ええ?」
「あなたのそばにいます」
そう僕が言うと、女の人はため息を吐いた。
「あなた家はどうするの?あなた嫡男でしょう?」
「さぁ?弟か誰かがやるでしょう」
「後悔するわよ」
「楽しい後悔ですね。あなたと一緒にいられるのなら」
「私あなたのこと好きではないわ。それでも?」
「もちろんです」
もう一度女はため息をはくと、僕が差し出したその手に手を置いた。

その日からその別宅は空っぽになった。
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