雪桜

松井すき焼き

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その十二

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 忍はぼんやりバイトに行くために、電車に揺られていた。本当は義嗣のそばに居たかったが、義嗣は信じられないことにあの深い傷でも相変わらず意識がはっきりしていたのと、花屋のバイトを急に休めなかったため、仕方なく忍はバイトへ向かうことにする。



ガタンゴトンと電車に揺られる音がする。

忍の脳裏にいたのは、やはり義嗣のことだ。義嗣は背が高くて、とても筋肉質で格好いい。顔も品があって整っている。

「はぁ」

忍の口から吐息が漏れる。

あの義嗣が忍の唇に、キスをしたのだ。そう考えると、忍の顔は赤くほてってくる。自分はどうかしてしまったのではないかと、忍は不安になる。こんな摩訶不思議な気持ち、忍は初めてだ。

さわさわ意識の遠くで、忍の臀部をなでるような刺激を感じて、忍はあつい吐息をはきだす。ぼんやり意識の遠くでやはり義嗣の顔が思い浮かんでいた。



「もしもし、もしもし」

忍の肩を叩く男の声で、忍は我に返る。

「大丈夫?」

そこにはあの痴漢男の四宮綜一朗が立っていた。

「痴漢しても君無反応だから心配になって」

「あ、すみません」

何故か忍は謝ってしまう。

「次で降りるだろう?話聞くよ」

四宮は忍の手をつかんで、さっさと終着駅で降りてしまう。

四宮は忍の降りる駅までやはり知っているのかと、内心は複雑である。



駅のベンチに忍を座らせると、その前に四宮は立つ。

「君を痴漢しても無反応だからつまんないじゃないか?なにか心配事か?大丈夫?」

「す、すみません。大丈夫です」

「いや、うちの彼氏がごめんな」

いつの間にか四宮の隣に立つ忍の見知らぬ男が、そういった。

「どなたですか!?」

いつの間にか現れた体育会系の爽やかイケメンの登場に、忍は心底驚く。

にっこり微笑むこれまた体育会系のさわやか系のイケメンの見知らぬ男が、四宮の隣にいつの間にか立っていた。

「ああ、この痴漢男の彼氏の本田太一だ。よろしくな」

「あなたもそれを見て喜んでいる変態だろう?」

呆れた顔で四宮は、隣に立つ本田のことを見ている。

「うん。確かにごめんな、君の痴漢された顔見て興奮した。ごめんな。今日は上の空で綜一朗にやられたい放題やられてた様子も正直すげー興奮した。ごめんな」

「また馬鹿正直に」

綜一朗は頭を抱える。

忍はただ呆気に取られていた。

「君もしかして恋しているだろう?こいつは渡せないけどな」

にっこりさわやかな笑顔を浮かべて本田は、四宮の腕を引っ張る。

「恋」

「そう恋」

この義嗣への忍の感情は恋なのか?忍は人を好きになったことがないのでわからない。

「またよろしくな!悩みとかあったら聞いてやるからさ」

明るく可愛らしく笑顔の本田に、忍も笑顔になって条件反射で「はい!」って言ってしまったが、またよろしくとはどういう意味なんだろうと、綜一朗の腕をつかんで電車に乗り込んで去っていく本田に、なんだか腑に落ちないまま、忍は見送った。



忍はひたすら走ってなんとかバイトに遅れないで済んだ。今日は店長は休みで忍は一人で店を回す日だ。仕事終わりに電話がなった。



「はい」

「あ、兄さんですか?」

忍の弟の八雲だった。

「何かあった?」

心配になる忍に、八雲は沈痛な面持ちのような暗い声で言う。

「義父さんと、義母さんが、兄さんに会いたがっています。どうしましょう」

「八雲のお父さんとお母さんが?なにか用事ですか?」

「多分言っていたことを推測すると、どうやら兄さんとも養子縁組を考えているようです」

「え!?」

忍と八雲の実の両親が亡くなってから、随分たっている。何故今になって?

「兄さん、断ってください。いいですね」

そう言って八雲からの電話が切れた。また忍は呆然とその場に立ち尽くした。
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