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第4話
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昔梅さんから聞いた話がある。よく子守唄代わりに草太郎に話してくれていた話。
昔な、それはそれは美しい女子がいた。女子は気立てもよく、周辺の男からは交際を迫る申し出がひっきりなしだった。それがお前のお母さんだ。
大事に、大事に育てられたそのお母さんに手を出す糞男が現れた。その男は蒼月寺の住職の息子だった。お前のお母さんはその男を慈悲の心で、早い話しが同情で恋に落ちてやったのさ。
でも、二人は結ばれてもうまくいかなかった。寺の息子と、神社の娘だからな。身ごもったお母さんを見捨てて、男は蒼月寺へと帰って行った。
子供ながらにそう語る梅さんの目が寂しそうで、胸が苦しくなった。お父さんもお母さんもどうでもいいから、梅さんに笑って欲しかったものだ。
.... ........以上、回想終了。
日高神社に到着するには、計三十段。いつもはゆっくり上がるのだけれど、この日は息を切らして駆け上がった。あの仏が今度はどんな呪いをかけてくるのか想像すると、草太郎の階段を駆け上がるのが自然と早くなる。「あのくそ仏が内にある!」最後の一段を勢いよく駆け上がった。そして境内を目指して走る。
「梅さぁーん!!」部屋に駆けつけると、畳の上に梅さんが倒れていた。
急いで駆けつけると、梅さんを助け起こした。「梅さん、しっかり!」
小梅は息も絶え絶えに、震える手を草太方へ向かって手を伸ばした。左手には金色の仏が握られている。「これは!」あの夢の中に出てきた仏にそっくりである。梅さんはこちらに向かって、儚げに微笑んだ。
「ア....メン」
呟き、七十歳はそのまま力尽きるように気を失った。「梅さん!ちくしょぉぉぉぉぉぉ」梅さんの側に落ちていた仏像を拾い、走り出したと、言いたい所だが、流石に疲れてゆっくり歩き出した。
後から思えば、梅さんが倒れた時点で救急車を呼べばよかったのかもしれない。
蒼月寺は、日高神社の近所にあたる、玉川横町三丁目にあります。付近には「忠(ちゅう)猫(ねこ)玉(たま)公(こう)」の銅像があり、恋人達の出会いの場になっております。
走る草太郎の目の前に、蒼月寺が見えてきた。
....なんというか、蒼月寺って、確かに大きくて立派なのだが、影をおびていて不気味である。いまにも幽霊が飛び出てきそうな趣だ。三千年の歴史がある寺の威厳に草太は立ちすくんでしまった。
何分かそうしていると、のんびりした声が聞こえてきた。「虎ちゃーん。虎ちゃんやぁーい」
その声をよくきいていると、聞き覚えがある声だ。
草太郎の足元に、一匹の猫がやってきた。まったく可愛げのない目つきの悪い猫だ。虎柄舌猫は草太郎を一瞥すると、鼻でせせら笑った。猫の仕草とは思えない。
後ろから弓人が草太郎の前にやってきた。
「すいませんー。虎猫見ませんでしたー?」
「ああ、あちらのほうにいったような」
「そうですかー。まったくしかたない虎猫ですね。屏風に閉じ込めてしまいましょうか」「........え?」
「いえー、こちらの話でしてー。よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
弓人に草太は腕を捕まれ、無理矢理引き摺られそうになったので、草太郎はつま先に力を込め、地面に踏みとどまった。
「僕、仏像を届けに着ただけなんで」
ポケットから仏像を取り出そうとすると、草太郎の鳩尾に強烈な一発を食らった。
「げふっ!?」
パンチを放った弓人は平然と笑っている。
「な....にすん」
「すいませんー、私、少々手癖が悪いもので、つい手が」
倒れかける草太郎の身体を、弓人が軽々と担ぎ上げた。
「はははー。久しぶりですねぇー、スリルとサスペンス」
「どうしたんです?そのお方、何か白目むいているようですけど」
淡い紫色の着物が良く似合う中年の女性がこちらを不思議そうに見た。弓人が玄関先に、無造作に草太郎を放り投げた。
「このお方が、日高神社でお坊ちゃんですよー、菖蒲様」
蒼月寺の住職婦人、村雨菖蒲は驚いた。
「........まさか、遠野さんの!?」
絶世の美女は大口を開けた。
「ーはい」
和やかに弓人は頷いて見せた。
再婚するまえの夫の子供が何故か気絶している。
「いけない!少し待ってて、今お客さんを呼ぶ練習をしてくるわ!弓人さん、時間かせいで頂戴」
菖蒲は慌てるあまり、草太郎が気絶していることを忘れている。ぱたぱたと、音を立てて走り去っていく。
「分かりましたー」
ふと、弓人は倒れている草太郎の頬をつついて見る。
「生きてますかー」
痛い腹を押さえて草太郎は身を起こす。
「何すんだ!幼児誘拐だぞ、誘拐!」
「せーかくいらっしゃったのですしー、お茶でもいかがですかー?」
「....いや」
「お嫌ですかー」
ぺきっ、ぼきっ
........いや指ならされても。
草太郎に残された道は、頷くしかなかった。「どうぞ、こちらへ」弓人に案内されたのは、モノクロの写真が数多く飾られた居間だった。
出された座布団に座ると、お茶菓子が机に置かれた。お菓子の饅頭には「成仏」と書かれていた。
なんだか視線を感じて草太は顔を上げると、そこには壮年の目つきの鋭いお坊さんがこちらをみていた。
それに気づいた弓人はにこやかに話す。
「ああ、こちらの方はー村上都矢さんですー。このお寺の僕と同じく新米のお坊さんですー。都ちゃんて呼んでくださいねー」
目つきの悪いあのお坊さんは村上都矢というらしい。筋肉質な体をしている。もやしのような草太郎とは大違いだ。
「は、はぁ」
その都ちゃんの草太郎を見る目が殺気立っているんですけど。
「草太郎様、それで仏様のことですがー」
「へ、はい」草太郎はポケットから仏像を取り出して見せた。
取り出した仏像の頬には何故か油性で三本線が描かれていた。
「貴様!神聖な仏に落書きするなど許さん!」
都矢に襟元をつかまれ、草太郎は引き寄せられる。テーブルのお茶がこぼれ、間近に都ちゃんの怖い顔が迫る。
ひぇぇぇぇえええ
「落書きしたのは俺じゃありません!!」
慌てて草太郎は都市ちゃんに言う。
「しかもこうして何故、仏を持っている!返答しだいでは許さんぞ!」
「....村さん。草太郎様は、五貴様が隠した仏を日高神社からその人が持ってきてくれたのですよー」
「な、なんだと!日高神社とはっ、まさか、こいつが噂のっ」
「はい。日高神社のご子息様ですー」
都矢に弓人は言った。
「....噂って」
なんとなく噂の内容は分かるが、気になる草太郎だった。
「村さーん、少し草太郎様と二人きりにしてくれませんー?変なことしませんから。草太郎様にいろいろ話したいことがありますし」
「私もここにいさせてもらうぞ」
都矢は腕を組んで、弓人の前に鎮座した。
「仕方がないですねー」と、弓人はため息をひとつ。
「しかし何故五貴様が仏像を盗んで日高神社になんか」
.... ........日高神社なんか、か。その都矢の発言に草太郎はむかついた。
「仏像返したんだから俺は帰る」
草太郎は立ち上がる。
「お父様はあなたにお会いしたがっております」
弓人の声がいやにその場にひびいた。
「あなたのお父様、遠野様はお体の調子もあまりよろしくありませんー」
「お前何を!」
言い募ろうとする都市矢を弓人は横目で、黙らせる。
「草太郎様。もうお気づきとおわかりですがー、貴方には異母兄弟が一人いらっしゃいます。それが美名月五貴様なのですー。五貴様は引きこもりごみで、友人もいなく、日がな弱っていくばかり。どうか、草太郎様、しばらく蒼月寺にいてくださいませんかー」
「我々からもよろしくお願いします」
それまで外で話を聞いていた、お坊さん達が次々と部屋に入ってきて、草太郎に向かって土下座した。都矢もこちらを睨み付けると、頭を下げた。
「ちょ、ちょっと!困ります」
草太郎にとっては、弟がいるだけで驚きなのに。
「草太郎様、貴方様の異母弟のことは、あなたのお父様はご迷惑をかけたくないから自分が死んでも弟のことは草太郎さまには伝えないでくれと....。しくしく」
坊さんの中でも一番若い、中学生位の少年が泣きながら言う。
「でも僕は」
「お願いします!人目逢ってくださいまし、草太郎様!」
薄紫色の着物を着た女性が、草太の両手を掴みながらむせび泣きだした。
「いや、しかし」
脳裏に梅さんの顔が思い浮かんだ。あのまま置き去りにしたら一生祟りそうな元気なおばあさんだ。帰らなくては。しかし草太の目の前には必死に懇願している女性の顔のどあっぷ。
うがあああああああああ!草太郎は切れた。
「俺は急用があって、またくるので、すいません!!」一目散に草太郎は逃走をはかった。草太は足をすべらせ、一回転してすっころび、外に転がり落ちた。
「お前ら何してんだ?」
突然聞こえた男の声に、蒼月寺の一同は固まる。
そこに立っていたのは健康そのものの、唯一悩んでいるのはいぼ痔の蒼月寺住職、美名月遠野その人だった。つまりは草太郎の父親。
「....ふふ」
薄暗い部屋の中に含み笑いが響いた。
含み笑いをしている少年は、腰まである長いぼさぼさの髪で顔を覆い隠した、某ホラー映画のキャラクターに似ている。その少年は手に銀色の狸の像を持って、ひたすら笑い続けていた。
「坊っちゃま」
部屋の外から間の抜けた声が聞こえてきた。
「どうぞぉ」
そう少年が言うと、浅黄色の浴衣を着た弓人が入ってきた。
「坊ちゃま、ご機嫌いかがですかー」
「うひひひ。坊ちゃま呼ばないでくれよぉ」
坊ちゃまこと、五貴の声は子供のように甲高く、納豆のねばりをおびた声である。
「菖蒲様が心配してらしましたよぉー。部屋に閉じこもっている坊ちゃんが、急に学校行くなんて言い出しますから」
「いひひひひっ」
「今日、仏像を届けに神土草太様がいらしてくださいましたよ」
「....ふぅーん。....ひひっ」
「まったく、五貴様は素直じゃないんですからぁー」
五貴がずっと、腹違いの兄の草太を意識し続けてきたのを、弓人は知っている。
「それでどうでしたー?草太郎様はー?」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「........照れないで下さいよぉー」
「お兄さんとは今日会うのが初めてじゃないんだ....よ、いひひひひ」
「へぇー、いつあおいに?」
「あれは....僕がかつ上げされそうになったときかな」
五貴は草太郎との出会いを、弓人に語りだした。
ひきこもり、アンド学校の怪談になっている、五貴には滅多に話しかける奴はいない。その日は珍しく五貴に話しかけてくれる人がいた。見知らぬ三人の学校の先輩である。
「おい、お前気持ちが悪いな!本当に人間かよ!」
「どうでもいいけどよ、金出せよ、金っ!」言って、その二人は詰め寄ってくる。ああ、久しぶりの生の生き物の声。突然話しかけられた五貴は照れて、笑い声をあげた。
「ひぃへほへへへほほほほ」
その薄気味の悪い五貴の笑い声に、三人は後ろにあとず去った。
「何、こいつ。やばくねぇ?」
「でも弱そうだろう?いいかもじゃん」
「でもなんか夜こいつ、でてきそうだな」ひそひそ三年は小声で話しあう。そうして、出た結論はこうだ。
「とにかく、金を出せば許してやる」
「おい!何してんだよ」
突然第四者の登場人物が現れた。どうやら、かつ上げを止めさそうとする人物らしい。
「草太」
嫌な顔をして、不良の一人、山科透が顔をしかめる。名前は草太というらしい。
「お前ら、人が金なくて、昼飯がおにぎり一個だとしっていてかつあげしているんだろうな。俺よりも金持ちがかつあげ。というか、一発殴らせろ。空腹で苛苛しているんだ」のほほんと、草太は言う。
「知るか!餓死してしんでしまえ」
「透君、君金持っているなら俺にも奢ってくれ」
負けず草太は堂々と言う。かつ上げ犯から、かつ上げ。草太郎いわく、貧乏は強いものである。
「殺されてぇのか!!」
すごむ透に、草太郎は微笑む。
「友達だろう?」
それが草太郎が考え出した、友達詐欺である。それで付きまとえば、大抵奢ってくれる。それを知っている透は唾をはき、全速力でその場から逃げ出した。
「まぁ、強く生きろよ」と、草太郎は一人残された五貴に向かって言った。それが草太郎と五貴の出会いだった。
「へぇーそれが草太郎様との出会いだったのですねぇー」
「いひひひひひ」
いつになく、五貴は嬉しそうな様子だ。よほど草太郎を気に入ったのか。
弓人はにっこり笑うと、仏像を持抱えもち、五貴に見せた。
「だめですよ。こんなことをしても、草太郎様は振り向いてはくれませんよ」
「なぁーんの事かなぁ?うひひひひひひひひひひひ」
弓人は微笑むと、右袖から高級シルクのふんどしを取り出して五貴に見せた。
「口止め料っでぇーす」
「ひはっ、そ、それは!?僕のマイふんどし」
五貴は驚愕に、目を見開く。
「ありがたくいただきますねー♡」
この寺で身につけるものは質素なものでなければならないと決まっている。ふんどしもしかり。綿か麻でできているふんどしのみが認められている。弓人が持っているふんどしは五貴が隠し持っていたシルクの高級ものである。五貴の手から、銀色の狸の像が転げ落ちた。
「おや、これはー?」弓人が不思議そうに、それを見た。
昔な、それはそれは美しい女子がいた。女子は気立てもよく、周辺の男からは交際を迫る申し出がひっきりなしだった。それがお前のお母さんだ。
大事に、大事に育てられたそのお母さんに手を出す糞男が現れた。その男は蒼月寺の住職の息子だった。お前のお母さんはその男を慈悲の心で、早い話しが同情で恋に落ちてやったのさ。
でも、二人は結ばれてもうまくいかなかった。寺の息子と、神社の娘だからな。身ごもったお母さんを見捨てて、男は蒼月寺へと帰って行った。
子供ながらにそう語る梅さんの目が寂しそうで、胸が苦しくなった。お父さんもお母さんもどうでもいいから、梅さんに笑って欲しかったものだ。
.... ........以上、回想終了。
日高神社に到着するには、計三十段。いつもはゆっくり上がるのだけれど、この日は息を切らして駆け上がった。あの仏が今度はどんな呪いをかけてくるのか想像すると、草太郎の階段を駆け上がるのが自然と早くなる。「あのくそ仏が内にある!」最後の一段を勢いよく駆け上がった。そして境内を目指して走る。
「梅さぁーん!!」部屋に駆けつけると、畳の上に梅さんが倒れていた。
急いで駆けつけると、梅さんを助け起こした。「梅さん、しっかり!」
小梅は息も絶え絶えに、震える手を草太方へ向かって手を伸ばした。左手には金色の仏が握られている。「これは!」あの夢の中に出てきた仏にそっくりである。梅さんはこちらに向かって、儚げに微笑んだ。
「ア....メン」
呟き、七十歳はそのまま力尽きるように気を失った。「梅さん!ちくしょぉぉぉぉぉぉ」梅さんの側に落ちていた仏像を拾い、走り出したと、言いたい所だが、流石に疲れてゆっくり歩き出した。
後から思えば、梅さんが倒れた時点で救急車を呼べばよかったのかもしれない。
蒼月寺は、日高神社の近所にあたる、玉川横町三丁目にあります。付近には「忠(ちゅう)猫(ねこ)玉(たま)公(こう)」の銅像があり、恋人達の出会いの場になっております。
走る草太郎の目の前に、蒼月寺が見えてきた。
....なんというか、蒼月寺って、確かに大きくて立派なのだが、影をおびていて不気味である。いまにも幽霊が飛び出てきそうな趣だ。三千年の歴史がある寺の威厳に草太は立ちすくんでしまった。
何分かそうしていると、のんびりした声が聞こえてきた。「虎ちゃーん。虎ちゃんやぁーい」
その声をよくきいていると、聞き覚えがある声だ。
草太郎の足元に、一匹の猫がやってきた。まったく可愛げのない目つきの悪い猫だ。虎柄舌猫は草太郎を一瞥すると、鼻でせせら笑った。猫の仕草とは思えない。
後ろから弓人が草太郎の前にやってきた。
「すいませんー。虎猫見ませんでしたー?」
「ああ、あちらのほうにいったような」
「そうですかー。まったくしかたない虎猫ですね。屏風に閉じ込めてしまいましょうか」「........え?」
「いえー、こちらの話でしてー。よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
弓人に草太は腕を捕まれ、無理矢理引き摺られそうになったので、草太郎はつま先に力を込め、地面に踏みとどまった。
「僕、仏像を届けに着ただけなんで」
ポケットから仏像を取り出そうとすると、草太郎の鳩尾に強烈な一発を食らった。
「げふっ!?」
パンチを放った弓人は平然と笑っている。
「な....にすん」
「すいませんー、私、少々手癖が悪いもので、つい手が」
倒れかける草太郎の身体を、弓人が軽々と担ぎ上げた。
「はははー。久しぶりですねぇー、スリルとサスペンス」
「どうしたんです?そのお方、何か白目むいているようですけど」
淡い紫色の着物が良く似合う中年の女性がこちらを不思議そうに見た。弓人が玄関先に、無造作に草太郎を放り投げた。
「このお方が、日高神社でお坊ちゃんですよー、菖蒲様」
蒼月寺の住職婦人、村雨菖蒲は驚いた。
「........まさか、遠野さんの!?」
絶世の美女は大口を開けた。
「ーはい」
和やかに弓人は頷いて見せた。
再婚するまえの夫の子供が何故か気絶している。
「いけない!少し待ってて、今お客さんを呼ぶ練習をしてくるわ!弓人さん、時間かせいで頂戴」
菖蒲は慌てるあまり、草太郎が気絶していることを忘れている。ぱたぱたと、音を立てて走り去っていく。
「分かりましたー」
ふと、弓人は倒れている草太郎の頬をつついて見る。
「生きてますかー」
痛い腹を押さえて草太郎は身を起こす。
「何すんだ!幼児誘拐だぞ、誘拐!」
「せーかくいらっしゃったのですしー、お茶でもいかがですかー?」
「....いや」
「お嫌ですかー」
ぺきっ、ぼきっ
........いや指ならされても。
草太郎に残された道は、頷くしかなかった。「どうぞ、こちらへ」弓人に案内されたのは、モノクロの写真が数多く飾られた居間だった。
出された座布団に座ると、お茶菓子が机に置かれた。お菓子の饅頭には「成仏」と書かれていた。
なんだか視線を感じて草太は顔を上げると、そこには壮年の目つきの鋭いお坊さんがこちらをみていた。
それに気づいた弓人はにこやかに話す。
「ああ、こちらの方はー村上都矢さんですー。このお寺の僕と同じく新米のお坊さんですー。都ちゃんて呼んでくださいねー」
目つきの悪いあのお坊さんは村上都矢というらしい。筋肉質な体をしている。もやしのような草太郎とは大違いだ。
「は、はぁ」
その都ちゃんの草太郎を見る目が殺気立っているんですけど。
「草太郎様、それで仏様のことですがー」
「へ、はい」草太郎はポケットから仏像を取り出して見せた。
取り出した仏像の頬には何故か油性で三本線が描かれていた。
「貴様!神聖な仏に落書きするなど許さん!」
都矢に襟元をつかまれ、草太郎は引き寄せられる。テーブルのお茶がこぼれ、間近に都ちゃんの怖い顔が迫る。
ひぇぇぇぇえええ
「落書きしたのは俺じゃありません!!」
慌てて草太郎は都市ちゃんに言う。
「しかもこうして何故、仏を持っている!返答しだいでは許さんぞ!」
「....村さん。草太郎様は、五貴様が隠した仏を日高神社からその人が持ってきてくれたのですよー」
「な、なんだと!日高神社とはっ、まさか、こいつが噂のっ」
「はい。日高神社のご子息様ですー」
都矢に弓人は言った。
「....噂って」
なんとなく噂の内容は分かるが、気になる草太郎だった。
「村さーん、少し草太郎様と二人きりにしてくれませんー?変なことしませんから。草太郎様にいろいろ話したいことがありますし」
「私もここにいさせてもらうぞ」
都矢は腕を組んで、弓人の前に鎮座した。
「仕方がないですねー」と、弓人はため息をひとつ。
「しかし何故五貴様が仏像を盗んで日高神社になんか」
.... ........日高神社なんか、か。その都矢の発言に草太郎はむかついた。
「仏像返したんだから俺は帰る」
草太郎は立ち上がる。
「お父様はあなたにお会いしたがっております」
弓人の声がいやにその場にひびいた。
「あなたのお父様、遠野様はお体の調子もあまりよろしくありませんー」
「お前何を!」
言い募ろうとする都市矢を弓人は横目で、黙らせる。
「草太郎様。もうお気づきとおわかりですがー、貴方には異母兄弟が一人いらっしゃいます。それが美名月五貴様なのですー。五貴様は引きこもりごみで、友人もいなく、日がな弱っていくばかり。どうか、草太郎様、しばらく蒼月寺にいてくださいませんかー」
「我々からもよろしくお願いします」
それまで外で話を聞いていた、お坊さん達が次々と部屋に入ってきて、草太郎に向かって土下座した。都矢もこちらを睨み付けると、頭を下げた。
「ちょ、ちょっと!困ります」
草太郎にとっては、弟がいるだけで驚きなのに。
「草太郎様、貴方様の異母弟のことは、あなたのお父様はご迷惑をかけたくないから自分が死んでも弟のことは草太郎さまには伝えないでくれと....。しくしく」
坊さんの中でも一番若い、中学生位の少年が泣きながら言う。
「でも僕は」
「お願いします!人目逢ってくださいまし、草太郎様!」
薄紫色の着物を着た女性が、草太の両手を掴みながらむせび泣きだした。
「いや、しかし」
脳裏に梅さんの顔が思い浮かんだ。あのまま置き去りにしたら一生祟りそうな元気なおばあさんだ。帰らなくては。しかし草太の目の前には必死に懇願している女性の顔のどあっぷ。
うがあああああああああ!草太郎は切れた。
「俺は急用があって、またくるので、すいません!!」一目散に草太郎は逃走をはかった。草太は足をすべらせ、一回転してすっころび、外に転がり落ちた。
「お前ら何してんだ?」
突然聞こえた男の声に、蒼月寺の一同は固まる。
そこに立っていたのは健康そのものの、唯一悩んでいるのはいぼ痔の蒼月寺住職、美名月遠野その人だった。つまりは草太郎の父親。
「....ふふ」
薄暗い部屋の中に含み笑いが響いた。
含み笑いをしている少年は、腰まである長いぼさぼさの髪で顔を覆い隠した、某ホラー映画のキャラクターに似ている。その少年は手に銀色の狸の像を持って、ひたすら笑い続けていた。
「坊っちゃま」
部屋の外から間の抜けた声が聞こえてきた。
「どうぞぉ」
そう少年が言うと、浅黄色の浴衣を着た弓人が入ってきた。
「坊ちゃま、ご機嫌いかがですかー」
「うひひひ。坊ちゃま呼ばないでくれよぉ」
坊ちゃまこと、五貴の声は子供のように甲高く、納豆のねばりをおびた声である。
「菖蒲様が心配してらしましたよぉー。部屋に閉じこもっている坊ちゃんが、急に学校行くなんて言い出しますから」
「いひひひひっ」
「今日、仏像を届けに神土草太様がいらしてくださいましたよ」
「....ふぅーん。....ひひっ」
「まったく、五貴様は素直じゃないんですからぁー」
五貴がずっと、腹違いの兄の草太を意識し続けてきたのを、弓人は知っている。
「それでどうでしたー?草太郎様はー?」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「........照れないで下さいよぉー」
「お兄さんとは今日会うのが初めてじゃないんだ....よ、いひひひひ」
「へぇー、いつあおいに?」
「あれは....僕がかつ上げされそうになったときかな」
五貴は草太郎との出会いを、弓人に語りだした。
ひきこもり、アンド学校の怪談になっている、五貴には滅多に話しかける奴はいない。その日は珍しく五貴に話しかけてくれる人がいた。見知らぬ三人の学校の先輩である。
「おい、お前気持ちが悪いな!本当に人間かよ!」
「どうでもいいけどよ、金出せよ、金っ!」言って、その二人は詰め寄ってくる。ああ、久しぶりの生の生き物の声。突然話しかけられた五貴は照れて、笑い声をあげた。
「ひぃへほへへへほほほほ」
その薄気味の悪い五貴の笑い声に、三人は後ろにあとず去った。
「何、こいつ。やばくねぇ?」
「でも弱そうだろう?いいかもじゃん」
「でもなんか夜こいつ、でてきそうだな」ひそひそ三年は小声で話しあう。そうして、出た結論はこうだ。
「とにかく、金を出せば許してやる」
「おい!何してんだよ」
突然第四者の登場人物が現れた。どうやら、かつ上げを止めさそうとする人物らしい。
「草太」
嫌な顔をして、不良の一人、山科透が顔をしかめる。名前は草太というらしい。
「お前ら、人が金なくて、昼飯がおにぎり一個だとしっていてかつあげしているんだろうな。俺よりも金持ちがかつあげ。というか、一発殴らせろ。空腹で苛苛しているんだ」のほほんと、草太は言う。
「知るか!餓死してしんでしまえ」
「透君、君金持っているなら俺にも奢ってくれ」
負けず草太は堂々と言う。かつ上げ犯から、かつ上げ。草太郎いわく、貧乏は強いものである。
「殺されてぇのか!!」
すごむ透に、草太郎は微笑む。
「友達だろう?」
それが草太郎が考え出した、友達詐欺である。それで付きまとえば、大抵奢ってくれる。それを知っている透は唾をはき、全速力でその場から逃げ出した。
「まぁ、強く生きろよ」と、草太郎は一人残された五貴に向かって言った。それが草太郎と五貴の出会いだった。
「へぇーそれが草太郎様との出会いだったのですねぇー」
「いひひひひひ」
いつになく、五貴は嬉しそうな様子だ。よほど草太郎を気に入ったのか。
弓人はにっこり笑うと、仏像を持抱えもち、五貴に見せた。
「だめですよ。こんなことをしても、草太郎様は振り向いてはくれませんよ」
「なぁーんの事かなぁ?うひひひひひひひひひひひ」
弓人は微笑むと、右袖から高級シルクのふんどしを取り出して五貴に見せた。
「口止め料っでぇーす」
「ひはっ、そ、それは!?僕のマイふんどし」
五貴は驚愕に、目を見開く。
「ありがたくいただきますねー♡」
この寺で身につけるものは質素なものでなければならないと決まっている。ふんどしもしかり。綿か麻でできているふんどしのみが認められている。弓人が持っているふんどしは五貴が隠し持っていたシルクの高級ものである。五貴の手から、銀色の狸の像が転げ落ちた。
「おや、これはー?」弓人が不思議そうに、それを見た。
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