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第2話
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「遅刻だ、遅刻!」
眠さと急がなければならない緊張感とで、朝から草太郎はハイテンションになっていた。
「オーライ、オーライ!」
近くで赤い棒を振り上げ、トラックの誘導をしている。マンホールの工事をしているらしい。トラックはバックをしながら、誘導している男性をふっとばし、マンホールの穴にタイヤを嵌めた。
草太郎はスキップで走っていると、つまずいて転んだ。鼻を強く打ち、鼻血が噴出した。
「ぶひ!いへへへへ」
マンホールを抜けたトラックは、勢い余って草太郎のほうへ突っ込んできた。
「うぎゃ!」
間一髪でそれを避けると、草太郎の頭上に何かが落ちてきた。....何か黒いような....。
よく見ると、それはマンホールの蓋だった。
「うわ」
耳の奥に、あの仏の声が聞こえてくる。
『呪い、呪いだよぉおおおん。早く仏像寺に届けなければ、酷い目にあうぞ♡』
草太郎は首を横に振って、その声が幻聴だと思い込む。
こんな超常現象起こる訳がない。神社の息子の俺が断言する。
気を取り直して、立ち上がる。
すると、目の前に信じられないことに、背中に烏を乗せた黒猫がこちらを威嚇し、歯をむいてきた。草太郎はそれを笑顔で出迎えた。
日高中学校、三年の担任、佐賀野が朝の出席をとっていた。
「神土ぃー、神土はいないのかー」
ずり落ちた眼鏡をなおしながら言う。
「答田、神土から何か聞いていないのか?」
前の席から二番目の草太郎の親友、答(こたえ)田(だ)竹(たけ)は首を傾げた。
丁度その時、教室の後ろ側のドアが開いて、草太郎が入ってきた。彼の目はやさぐれていた。
「マサゴロー!?どうしたその格好は!!」
友人の竹は、草太郎のことをマサゴローと呼ぶ。
草太の制服の両袖はびりびり破け、顔には引っ掻き傷ができている。しかも鼻血で顔は血だらけだ。どうみても犯罪か何かに巻き込まれている感じがする。
「....途中で野良猫に襲われまして」
『そりゃぁ、ないだろう』
草太朗の言い訳に、クラス一同そう思った。
襲ってきたあの猫、絶対毛皮にしてやると、草太は決意する。
「神土!」
その教え子の様子に、教師の佐賀野は驚き、そんな姿になってまで、このクラスのみんなに心配をかけまいと強がってみせるなんて、佐賀野は猛烈に心を痛めた。
「もうそんなに意地をはるな!分かった、分かったぞ。話しは保健室で聞いてやるから」
先生には本当のことを言っていいんだぞ」
「だから、本当なんですってばぁ」
痛む腕を捕まれ、草太郎は佐賀野に引き摺られるようにして教室を出て行った。
.... ........ぴしゃりっ!
ドアが大きな音をたてて閉まった。
教師と草太郎がいなくなった後、クラスの皆はざわざわ囁きだす。
「どうしたんだろう?神土君」
「喧嘩にでも巻き込まれたんじゃないの?」
「でも神土君、結構へたれじゃん。喧嘩はないんじゃない」
クラス一同は頷いた。
佐賀野が勢いよく保健室のドアを開けた。その反動で跳ね返ってきたドアの間に草太郎は挟まれた。
「いってぇえぇぇ」
「か、神土大丈夫か!!」
「は、はい」
あまりの痛みで涙ぐむ。これもあの馬鹿仏の呪いだ。
「正道先生、早くみてやってくれ」
保険室に入ってきた佐賀野を、保険医の正道七子は珍獣を見る目つきで見た。
「何しにきたのよ!」
保健室の花、ナイスバディーの美女、正道先生だ。ショートカットの頭が似合っている。
「いや....怪我人なんだが」
強気の七子の物言いに、佐賀野は自分が一気に弱気になるのを感じた。
七子先生はなぜか年中強気だ。それにたいして、見た目はひよっこ眼鏡のインテリ風だが、中身は熱血佐賀野先生は完全におされている。
「何年何組?」
七子先生に聞かれたので、草太郎は答える。
「三年B組です」
「痛い?」
美人の保険医に聞かれたので、そりゃぁ、もうと、草太郎は猛烈に頷いて見せた。
保険医は草太郎の腕を挙げ、曲げて見た。
「腕の骨は折れていないみたいだけど、酷い痣ね。しかもその格好。通り魔にでもあったの?まぁ、一応シップ貼っておくから今日は早退して病院にいきなさい」
「そうだぞ!神土、じっくり話し聞いてやるから、こっちこい!」
佐賀野先生はベッドにどっしりと座り、隣を叩いて見せた。
「何があったんだ!?」
「あの、猫に襲われて」
「........先生にだけは、本当のことをいっていいんだぞ」
草太の肩に手が置かれ、真剣というか、暑苦しい瞳が草太郎の瞳を覗き込んできた。
「先生は君の味方だ」
「............は」
動かない瞳がこちらを見ている。
誰か助けてくれぇぇぇぇえええええええ!心の奥底からそう叫んだ。
どうしたものか。本当のことを言っても、この教師は信じてくれないだろうし。鎮痛な面持ちで、佐賀野先生から顔を逸らした。
「神土」
先生の肩を掴む手に、力が込められた。
ごりごり
嫌な音がして肩骨が軋む。
「 っ!!」
悶絶している草太郎には気づかず、佐賀野の親愛なる教師熱血は止まらなかった。しまいには叫びながら、草太郎の身体をなんと抱き締めた。
「神土、僕は君の味方だぁ!何でも話してくれぇぇぇぇぇぇ」
「佐賀野、あんたの生徒死んでるわよ」
草太郎は白目をむいて、気絶していた。
「うわぁぁぁ神土ぃぃぃっ、大丈夫かぁぁぁぁぁ」
気絶している草太郎の身体をがくがくまた振った。後ろからそんな佐賀野の頭をどついた。
「ここはどこだろう?」
辺りは暗闇で何も見えない。草太は一人、闇の中にいた。
もしかしてここは黄泉というところだろうか?
『むほほほほほほ』
遠くから聞こえてくる、いやぁーな笑い声。パンチパーマの仏様が、空飛ぶ雲に乗って草太の目の前にやってきた。
ほじほじと、鼻に指を入れている仏。そいつはまた鼻に指を入れていた。相変わらず親父臭い仏だ。全然神々しくない。
「鼻糞ほじんなぁぁぁ!!」思わず突っ込む。
『煩い乳子だな。....それで私の仏像を取り返すことはできたのか』
「つーか、まだ学校の時間で、探す時間もないし」
『私は言ったはずだぞ。三日以内に我が仏を取り戻さねば、呪うとな。私はこう見えても巷では有名な呪い仏でな』
「いや、仏って呪うものなのか?ありがたいものじゃ」
『ともかく!早く見つけろ!さもなくば....』
仏の言葉尻につけた不吉な含みに、ごくりと、草太郎は唾を飲む。
「........さもなくば....?」
『ご臨終だ』
「な、なんだよ、それっ!仏の呪い程度で死んじゃうのかよ!どんな仏だよ!」
『........甘く見るでないぞ。人生一寸先は闇じゃ。仏の顔は三度までと言う諺まである。早く仏像を見つけなければ、憤死だな』
「....犬のふ....ん?その仏像は何処にあるんだよ」
『言ったはずだが?美名月五貴とやらがもっていると。その者は、お前の学び舎と同じ場所にいるぞ』
「........学び舎?学校のことか!?」
『頼んだぞ。むほほほほほほほほ』仏の声が遠ざかっていく。
腹が立って、ありったけの声で叫んだ。
「賽銭に小銭いれてやらないからなぁあああ!!馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」
.... ........そこで草太郎は眼が覚めた。
「悪夢だ」寝起きで、動悸がしている。見ると、両腕に包帯が巻かれていた。横を見ると、保険医の正道先生が、机の上で何かを書き込んでいる。
あの仏像は仏を盗んだ奴の名前と、そいつはこの学校にいると言っていた。
草太郎は複雑な気持ちになった。
.... ........美(み)名月(なつき)....五(いつ)貴(き)。美名月というのは、昔生き別れた草太郎の父親の姓だ。
草太の母親は日高神社の娘だ。
その昔、草太郎の母親は、蒼月寺の息子と結ばれて草太郎が生まれたそうだ。
結局二人は別れ、草太郎は日高神社に引き取られた。どうして別れたのかは草太はしらないが....。
まさか、蒼月寺と関係がないよな。とにかく、仏像を取り戻さねば、自分の命の危険だ。
.... ........なんとかせねば。
見つけ次第、絶対あの仏像をしばいたる。
「ふへへへへ」固い決意を決め、草太郎は含み笑いをしたとき、保健室のドアが開いた。
「失礼しまぁーす」
間の抜けた声で、保健室に入ってきたのは、親友の答田竹だった。色白のふくよかな少年で、草太郎の親友だ。
「大丈夫?マサゴロー」
竹は何故か僕のことを何故かマサゴローと呼ぶ。
マサゴローとは、竹の昔飼っていた猫で、くしくも車に轢き逃げされてしまったらしい。
何故、そう草太を呼ぶのか聞いても、竹は涙ぐんで答えない。....なんでだろう?
「今何時間目?」
「今丁度昼休みだけど....」首をかしげながら、竹は答えてくれる。
「....そうか」
「マサゴロー、お昼一緒に食べよう?」
にこにこ竹が言う。
「おい!」
正道先生は立ち上がると、竹の肩に両手を置いた。おお!!羨ましいっ。竹の顔の近くに、正道先生のでかい胸が。思わず草太郎は見てしまう。
「馬鹿!どこ見てんのよ!」
ばれて正道先生に、草太郎は頭を叩かれた。
「........すいません」
「まったく!人の乳を見ている暇があったら、早く帰りなさい!草太郎君は、今日は念のために早退したほうがいいわ」
ち、乳ですか....。
「んじゃ、おいらはマサゴローの鞄とってくるよ」
「ちょっと、まったぁぁあああ」
走り出そうとした竹を、草太は止めた。
「ん?何」
「か、鞄は自分で取りに行くからいい。少しよる所あるし」
「寄る所?だめじゃない。安静にしてなきゃ。腕の骨にヒビがはいっているかもしれないのよ」
「少しですむ用事だから!じゃぁな」
そう言って草太郎は走り出した。後から竹がおいかけてくる。
「マサゴロぉぉぉ、何処行くんだよぉぉぉ」
「ちょっくら、馬鹿仏を取り戻してくる!」
「はぁ?馬鹿仏って?」訳が分からず、竹は首を傾げた。
保健室から出てきた正道が呟いた。
「きっと、鞄の中に人に見られちゃまずいものが入っているのよ。私も青春時代はよく鞄の中に隠したもんよ」
正道はしみじみ呟いた。
三年の僕が、二年生の教室へ行く時、必ず羊の群れの中に入れられた、山羊のような気持ちになる。
勇気を出して、廊下で話している二年の女子に話しかけることにした。あまり女子に話しかけると、他の男に目をつけられて大変なのだが、二年だから大丈夫だろう。
「少し聞きたいんだけど、美名月五貴って知ってる?」
大きな瞳が特徴の可愛らしい子だ。三年の女子どもを見ているだけに、眩しかった。
「知っている?直美?」
その可愛らしい女子は隣の女子に聞いた。直美と呼ばれた女子は答える。
「....私、知ってる」
そういった直美ちゃんの顔色が悪かった。貧血だろうか?
「知っているの?」
「うん。だって同じクラスだもん」
「えっ、そうだっけ!?」
噂好きの女子にしては珍しい反応だ。
ポニーテール少女、直美は教室の方を振り返って見た。
「今日はいないみたい」
「あっ、そういえば、私も美名月君の噂きいたことがある。人の生き血を啜ったり、トイレの中にひきずりこんだりする奴だって」
直美ちゃんとは違うかわいらしい少女が妙な噂を答える。
「ぶっちゃけいじめ?」
そんな奴いるわけがないと、草太は思う。
「あんたも........美名月君に会えば分かると思う。彼は普通の人間だよ」
微笑む直美ちゃんの顔が引き攣って見えるのは気のせいだろうか?
.... ....次の瞬間、頭に強い衝撃をうけて後ろに草太は吹っ飛ばされた。
「きゃぁぁぁあああああ」
サッカーボールがバウンドして、後ろで跳ねた。どうやら草太郎の頭に当ったらしい。
「大丈夫?」
直美ちゃんが差し出してくれた手を掴んだ。
「ありがとう」
草太郎は頭から血を垂らしながら笑った。その凄惨な草太郎の顔に硬直した直美ちゃん。草太郎に差し出されていた手を、直美ちゃんに何故だか手を引っ込められて、冷たい廊下の上に草太郎は思いっきり頭をうった。
「....つぅ!」
目の周りに、羽が生えた赤ん坊の姿が飛んで見える。
「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
慌てて直美は草太郎の傍による。
「あ....ああ」
「保健室に行ったほうがいいんじゃないの?」
隣で直美の親友の真知子が草太の顔をのぞきこんでいった。しかし、早く見つけなければ命が危ないので、無理をして素早く立ち上がった。
「平気。」
「美名月なら、理科室で見たよ」そう教えてくれたのは、通りがかりの見知らぬ少年である。何故かその少年の目は泳いでいる。
「サンキュー」そう言うと、理科室に向かった。
眠さと急がなければならない緊張感とで、朝から草太郎はハイテンションになっていた。
「オーライ、オーライ!」
近くで赤い棒を振り上げ、トラックの誘導をしている。マンホールの工事をしているらしい。トラックはバックをしながら、誘導している男性をふっとばし、マンホールの穴にタイヤを嵌めた。
草太郎はスキップで走っていると、つまずいて転んだ。鼻を強く打ち、鼻血が噴出した。
「ぶひ!いへへへへ」
マンホールを抜けたトラックは、勢い余って草太郎のほうへ突っ込んできた。
「うぎゃ!」
間一髪でそれを避けると、草太郎の頭上に何かが落ちてきた。....何か黒いような....。
よく見ると、それはマンホールの蓋だった。
「うわ」
耳の奥に、あの仏の声が聞こえてくる。
『呪い、呪いだよぉおおおん。早く仏像寺に届けなければ、酷い目にあうぞ♡』
草太郎は首を横に振って、その声が幻聴だと思い込む。
こんな超常現象起こる訳がない。神社の息子の俺が断言する。
気を取り直して、立ち上がる。
すると、目の前に信じられないことに、背中に烏を乗せた黒猫がこちらを威嚇し、歯をむいてきた。草太郎はそれを笑顔で出迎えた。
日高中学校、三年の担任、佐賀野が朝の出席をとっていた。
「神土ぃー、神土はいないのかー」
ずり落ちた眼鏡をなおしながら言う。
「答田、神土から何か聞いていないのか?」
前の席から二番目の草太郎の親友、答(こたえ)田(だ)竹(たけ)は首を傾げた。
丁度その時、教室の後ろ側のドアが開いて、草太郎が入ってきた。彼の目はやさぐれていた。
「マサゴロー!?どうしたその格好は!!」
友人の竹は、草太郎のことをマサゴローと呼ぶ。
草太の制服の両袖はびりびり破け、顔には引っ掻き傷ができている。しかも鼻血で顔は血だらけだ。どうみても犯罪か何かに巻き込まれている感じがする。
「....途中で野良猫に襲われまして」
『そりゃぁ、ないだろう』
草太朗の言い訳に、クラス一同そう思った。
襲ってきたあの猫、絶対毛皮にしてやると、草太は決意する。
「神土!」
その教え子の様子に、教師の佐賀野は驚き、そんな姿になってまで、このクラスのみんなに心配をかけまいと強がってみせるなんて、佐賀野は猛烈に心を痛めた。
「もうそんなに意地をはるな!分かった、分かったぞ。話しは保健室で聞いてやるから」
先生には本当のことを言っていいんだぞ」
「だから、本当なんですってばぁ」
痛む腕を捕まれ、草太郎は佐賀野に引き摺られるようにして教室を出て行った。
.... ........ぴしゃりっ!
ドアが大きな音をたてて閉まった。
教師と草太郎がいなくなった後、クラスの皆はざわざわ囁きだす。
「どうしたんだろう?神土君」
「喧嘩にでも巻き込まれたんじゃないの?」
「でも神土君、結構へたれじゃん。喧嘩はないんじゃない」
クラス一同は頷いた。
佐賀野が勢いよく保健室のドアを開けた。その反動で跳ね返ってきたドアの間に草太郎は挟まれた。
「いってぇえぇぇ」
「か、神土大丈夫か!!」
「は、はい」
あまりの痛みで涙ぐむ。これもあの馬鹿仏の呪いだ。
「正道先生、早くみてやってくれ」
保険室に入ってきた佐賀野を、保険医の正道七子は珍獣を見る目つきで見た。
「何しにきたのよ!」
保健室の花、ナイスバディーの美女、正道先生だ。ショートカットの頭が似合っている。
「いや....怪我人なんだが」
強気の七子の物言いに、佐賀野は自分が一気に弱気になるのを感じた。
七子先生はなぜか年中強気だ。それにたいして、見た目はひよっこ眼鏡のインテリ風だが、中身は熱血佐賀野先生は完全におされている。
「何年何組?」
七子先生に聞かれたので、草太郎は答える。
「三年B組です」
「痛い?」
美人の保険医に聞かれたので、そりゃぁ、もうと、草太郎は猛烈に頷いて見せた。
保険医は草太郎の腕を挙げ、曲げて見た。
「腕の骨は折れていないみたいだけど、酷い痣ね。しかもその格好。通り魔にでもあったの?まぁ、一応シップ貼っておくから今日は早退して病院にいきなさい」
「そうだぞ!神土、じっくり話し聞いてやるから、こっちこい!」
佐賀野先生はベッドにどっしりと座り、隣を叩いて見せた。
「何があったんだ!?」
「あの、猫に襲われて」
「........先生にだけは、本当のことをいっていいんだぞ」
草太の肩に手が置かれ、真剣というか、暑苦しい瞳が草太郎の瞳を覗き込んできた。
「先生は君の味方だ」
「............は」
動かない瞳がこちらを見ている。
誰か助けてくれぇぇぇぇえええええええ!心の奥底からそう叫んだ。
どうしたものか。本当のことを言っても、この教師は信じてくれないだろうし。鎮痛な面持ちで、佐賀野先生から顔を逸らした。
「神土」
先生の肩を掴む手に、力が込められた。
ごりごり
嫌な音がして肩骨が軋む。
「 っ!!」
悶絶している草太郎には気づかず、佐賀野の親愛なる教師熱血は止まらなかった。しまいには叫びながら、草太郎の身体をなんと抱き締めた。
「神土、僕は君の味方だぁ!何でも話してくれぇぇぇぇぇぇ」
「佐賀野、あんたの生徒死んでるわよ」
草太郎は白目をむいて、気絶していた。
「うわぁぁぁ神土ぃぃぃっ、大丈夫かぁぁぁぁぁ」
気絶している草太郎の身体をがくがくまた振った。後ろからそんな佐賀野の頭をどついた。
「ここはどこだろう?」
辺りは暗闇で何も見えない。草太は一人、闇の中にいた。
もしかしてここは黄泉というところだろうか?
『むほほほほほほ』
遠くから聞こえてくる、いやぁーな笑い声。パンチパーマの仏様が、空飛ぶ雲に乗って草太の目の前にやってきた。
ほじほじと、鼻に指を入れている仏。そいつはまた鼻に指を入れていた。相変わらず親父臭い仏だ。全然神々しくない。
「鼻糞ほじんなぁぁぁ!!」思わず突っ込む。
『煩い乳子だな。....それで私の仏像を取り返すことはできたのか』
「つーか、まだ学校の時間で、探す時間もないし」
『私は言ったはずだぞ。三日以内に我が仏を取り戻さねば、呪うとな。私はこう見えても巷では有名な呪い仏でな』
「いや、仏って呪うものなのか?ありがたいものじゃ」
『ともかく!早く見つけろ!さもなくば....』
仏の言葉尻につけた不吉な含みに、ごくりと、草太郎は唾を飲む。
「........さもなくば....?」
『ご臨終だ』
「な、なんだよ、それっ!仏の呪い程度で死んじゃうのかよ!どんな仏だよ!」
『........甘く見るでないぞ。人生一寸先は闇じゃ。仏の顔は三度までと言う諺まである。早く仏像を見つけなければ、憤死だな』
「....犬のふ....ん?その仏像は何処にあるんだよ」
『言ったはずだが?美名月五貴とやらがもっていると。その者は、お前の学び舎と同じ場所にいるぞ』
「........学び舎?学校のことか!?」
『頼んだぞ。むほほほほほほほほ』仏の声が遠ざかっていく。
腹が立って、ありったけの声で叫んだ。
「賽銭に小銭いれてやらないからなぁあああ!!馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」
.... ........そこで草太郎は眼が覚めた。
「悪夢だ」寝起きで、動悸がしている。見ると、両腕に包帯が巻かれていた。横を見ると、保険医の正道先生が、机の上で何かを書き込んでいる。
あの仏像は仏を盗んだ奴の名前と、そいつはこの学校にいると言っていた。
草太郎は複雑な気持ちになった。
.... ........美(み)名月(なつき)....五(いつ)貴(き)。美名月というのは、昔生き別れた草太郎の父親の姓だ。
草太の母親は日高神社の娘だ。
その昔、草太郎の母親は、蒼月寺の息子と結ばれて草太郎が生まれたそうだ。
結局二人は別れ、草太郎は日高神社に引き取られた。どうして別れたのかは草太はしらないが....。
まさか、蒼月寺と関係がないよな。とにかく、仏像を取り戻さねば、自分の命の危険だ。
.... ........なんとかせねば。
見つけ次第、絶対あの仏像をしばいたる。
「ふへへへへ」固い決意を決め、草太郎は含み笑いをしたとき、保健室のドアが開いた。
「失礼しまぁーす」
間の抜けた声で、保健室に入ってきたのは、親友の答田竹だった。色白のふくよかな少年で、草太郎の親友だ。
「大丈夫?マサゴロー」
竹は何故か僕のことを何故かマサゴローと呼ぶ。
マサゴローとは、竹の昔飼っていた猫で、くしくも車に轢き逃げされてしまったらしい。
何故、そう草太を呼ぶのか聞いても、竹は涙ぐんで答えない。....なんでだろう?
「今何時間目?」
「今丁度昼休みだけど....」首をかしげながら、竹は答えてくれる。
「....そうか」
「マサゴロー、お昼一緒に食べよう?」
にこにこ竹が言う。
「おい!」
正道先生は立ち上がると、竹の肩に両手を置いた。おお!!羨ましいっ。竹の顔の近くに、正道先生のでかい胸が。思わず草太郎は見てしまう。
「馬鹿!どこ見てんのよ!」
ばれて正道先生に、草太郎は頭を叩かれた。
「........すいません」
「まったく!人の乳を見ている暇があったら、早く帰りなさい!草太郎君は、今日は念のために早退したほうがいいわ」
ち、乳ですか....。
「んじゃ、おいらはマサゴローの鞄とってくるよ」
「ちょっと、まったぁぁあああ」
走り出そうとした竹を、草太は止めた。
「ん?何」
「か、鞄は自分で取りに行くからいい。少しよる所あるし」
「寄る所?だめじゃない。安静にしてなきゃ。腕の骨にヒビがはいっているかもしれないのよ」
「少しですむ用事だから!じゃぁな」
そう言って草太郎は走り出した。後から竹がおいかけてくる。
「マサゴロぉぉぉ、何処行くんだよぉぉぉ」
「ちょっくら、馬鹿仏を取り戻してくる!」
「はぁ?馬鹿仏って?」訳が分からず、竹は首を傾げた。
保健室から出てきた正道が呟いた。
「きっと、鞄の中に人に見られちゃまずいものが入っているのよ。私も青春時代はよく鞄の中に隠したもんよ」
正道はしみじみ呟いた。
三年の僕が、二年生の教室へ行く時、必ず羊の群れの中に入れられた、山羊のような気持ちになる。
勇気を出して、廊下で話している二年の女子に話しかけることにした。あまり女子に話しかけると、他の男に目をつけられて大変なのだが、二年だから大丈夫だろう。
「少し聞きたいんだけど、美名月五貴って知ってる?」
大きな瞳が特徴の可愛らしい子だ。三年の女子どもを見ているだけに、眩しかった。
「知っている?直美?」
その可愛らしい女子は隣の女子に聞いた。直美と呼ばれた女子は答える。
「....私、知ってる」
そういった直美ちゃんの顔色が悪かった。貧血だろうか?
「知っているの?」
「うん。だって同じクラスだもん」
「えっ、そうだっけ!?」
噂好きの女子にしては珍しい反応だ。
ポニーテール少女、直美は教室の方を振り返って見た。
「今日はいないみたい」
「あっ、そういえば、私も美名月君の噂きいたことがある。人の生き血を啜ったり、トイレの中にひきずりこんだりする奴だって」
直美ちゃんとは違うかわいらしい少女が妙な噂を答える。
「ぶっちゃけいじめ?」
そんな奴いるわけがないと、草太は思う。
「あんたも........美名月君に会えば分かると思う。彼は普通の人間だよ」
微笑む直美ちゃんの顔が引き攣って見えるのは気のせいだろうか?
.... ....次の瞬間、頭に強い衝撃をうけて後ろに草太は吹っ飛ばされた。
「きゃぁぁぁあああああ」
サッカーボールがバウンドして、後ろで跳ねた。どうやら草太郎の頭に当ったらしい。
「大丈夫?」
直美ちゃんが差し出してくれた手を掴んだ。
「ありがとう」
草太郎は頭から血を垂らしながら笑った。その凄惨な草太郎の顔に硬直した直美ちゃん。草太郎に差し出されていた手を、直美ちゃんに何故だか手を引っ込められて、冷たい廊下の上に草太郎は思いっきり頭をうった。
「....つぅ!」
目の周りに、羽が生えた赤ん坊の姿が飛んで見える。
「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
慌てて直美は草太郎の傍による。
「あ....ああ」
「保健室に行ったほうがいいんじゃないの?」
隣で直美の親友の真知子が草太の顔をのぞきこんでいった。しかし、早く見つけなければ命が危ないので、無理をして素早く立ち上がった。
「平気。」
「美名月なら、理科室で見たよ」そう教えてくれたのは、通りがかりの見知らぬ少年である。何故かその少年の目は泳いでいる。
「サンキュー」そう言うと、理科室に向かった。
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