ある勘違い女の末路

Helena

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騒がしい被告席

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ウィリアムが渡世人とせいにんと呼んだその男は、渡世人には見えなかった。

わたしがイメージする渡世人というのは、街のゴロツキだ。
酒を浴びるように飲み、女を買い、乱暴で博打でその日の暮らしをするような、とてもじゃないがお近づきにはなりたくない人種。

しかし、ドープレはぱっと見、堅気の男にみえる。

粗末な身なりだが、ひげも丁寧にあてられており清潔感がある。姿勢もよくて目つきも悪くない。

わたしがドープレの見た目と肩書のギャップに困惑していると、被告席から奇声があがった。



「きゃあーーーー、ウィリアム様!!!」



メーガンが突然生気を取り戻したらしく、被告席から身を乗り出し目を輝かせている。



「わたしを助けにきてくださったのね。ああ、ウィリアム様、信じていたわ」



「被告人は黙りなさい!」 



裁判長の叱責が飛ぶ。



「私の許しを得ない発言をすると法廷侮辱罪に問いますよ」



「ではでは裁判長様? わたし、ウィリアム様とお話したいわ! どうぞお願いしますう」



身体をクネクネさせて裁判長におねだりをはじめた。ああ、ダメだ。メーガンは一年に及ぶ収監と取り調べを経験してもその病的なアホさは治らなかったらしい。

ウィリアムはこの事態を多少は想定していたのか、動揺はみられない。自分の名がメーガンの口から出るたびにわずかに眉間にしわが寄るが、表情を変えず被告席を黙ってみている。



「認めません!」



「どうして!? ダメよ、やっと会えたのに」



「あなたの弁護はグラント氏が行う。黙りなさい」



「このドケチがーーー!!!」



口汚く叫んだところで、どやどやと集まってきた法廷係員に取り押さえられ、口に枷をはめられた。さらに被告席の椅子にじたばたしている手足をしっかり固定されている。まるで凶悪犯並みの扱いだ。

メーガンの隣でテイラー子爵夫妻も頭を抱えているが、頭が痛いのはこちらである。製造者責任を果たせといいたい。

裁判長がわざとらしく咳ばらいをひとつすると想定外の事態にざわついていた場内がようやく落ち着いた。



「では、ウィリアム・ナイト検事補。証人への尋問を開始してください」



「はい、裁判長」



ウィリアムはメーガンの存在などまるで無視して、ドープレと向かい合う。



「ドープレさん、あなたはヴァロア王国の出身ですね?」



渡世人にみえない渡世人ドープレはかしこまって答える。



「はい、その通りです。私はヴァロア王国の首都マリーで生まれ育ちました」



「なぜわが国に来たのですか?」



「もちろん仕事のためです、検事補殿」



言葉遣いもまるで普通の市民のように違和感がない。



「仕事といいましたね。あなたの仕事は何ですか?」



「そこにいるテイラー子爵から仕事を請け負っていました」



「あなたはこの法廷に来る前に、司法取引を行いました。内容を覚えていますか?」



「はい、本来テイラー子爵一家と同じ重罪に問われるところを軽い国外追放処分にしてもらう見返りに子爵の企てた悪事のすべてをここで洗いざらいしゃべると誓いました。私自身がしたことも含めてね」



仲間に対する裏切りをしれっと口にして、ついにここでドープレが渡世人らしい片鱗を見せた。口元にはうっすら下卑た笑みを浮かべている。



「なんだと、自分だけ助かるつもりかーーー!」



「おまえが実行犯だろ、そんなのありかよ。裁判長、この男がすべてやったんです!」



「なに笑ってるんだ、この野郎!!!」



今度はテイラー子爵の不規則発言だ。目の前にはまった柵をガタガタと揺らして叫んでいる。一見したところ気の弱そうな優男にしか見えないがテイラー子爵もこの渡世人に負けないクズなのだろう。

すでに被告席に控えていた係官にメーガン同様に口に枷を付けられ手足を拘束された。度重なる進行妨害に裁判長は警告なしで実力行使することに決めたようだ。そして残った子爵夫人に無言で圧の高い視線を送っている。夫人はこくりと大きくうなずいている。



それを確認すると裁判長はウィリアムに向き直った。



「その取引については司法裁判所で承認されている。ナイト君、つづけてくれ」



「ありがとうございます、裁判長。

ではドープレさん、この企みにおけるあなたの主要な役割はなんでしたか?」




「はい、私の役目は王家の離宮に使用人として潜入し、そこのアバズレ、メーガンお嬢様を隣国の王子様の寝室に忍び込ませることでした」



にんまりと笑いながらドープレはあっさりと核心をしゃべった。


どよめきが法廷内に響く。


被告席では、拘束されたふたりが顔を真っ赤にして動かない手足をばたつかせている。


夫人はこのまま黙っているのか。その顔を注視してみるとなんとドープレに似た笑みを浮かべていた。声は出していないが明らかに哄笑である。一体誰に対しての哄笑なの? 

社交界に出てくることがほとんどなかったのでどんな人か知らなかった。おそらくこれまで人の注意をひかぬよう、目立たぬようにふるまっていたのだろう。

わたしは改めて夫人をまじまじと観察してみた。メーガンによく似た顔には化粧っけはないが華やかだ。大きなたれ目に涙ぼくろがどこかアンバランスでエロティックにも感じる。胸も腰もボリュームがあり粗末な衣服がしっかりと身体の魅力的な曲線を拾っている。髪は綿の粗末なボンネットにしっかり収められているがきっと長くて豊かで……うん、社交界に身を置いて日の浅いわたしでもわかる。この女、シロウトじゃないわね。

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