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ぜつぼう
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夜空にうかぶ精霊。
灰色の毛並みをした、黄土色の瞳をもつ狼に変化している。魔力で色素をつくっているため、透き通っており、光をはなっている。星の線でつなげたような綺麗な姿。
その輝きは、ミーニャの心も灯してくれた。
狼の精霊であるヨーテは、くるりと身をひるがえして空をかけていく。
「まって! ヨーテ!! どこにいくの! いかないで!」
追いかけたい、自分なら追いかけることができる。ミーニャは剣と魔導書を腕でもち、右足の痛みにたえながら、聖防壁という魔法を使用して、空中に足場をつくる。
僅かに光る板のようなものが、夜空にいくつもできあがった。塔からヨーテのいる方向まで、空中に輝く足場をつくり追いかけようとする。
ヨーテはふりかえって、ミーニャをみた。
心なしか驚いた表情をしているようにみえるが、ミーニャはヨーテが自分を待ってくれていると解釈した。
「そうだ、足を治せばいいんだ。ヨーテ、まって。いま足を治すから! すぐ治すからまってて」
ミーニャは塔から移動しようとした瞬間に思いとどまり、足を自己治癒しようと試みた。ヨーテを見失わないように、何度もヨーテがいるか確認する。
――だめだ、なおすことができない。治癒魔法が発動する気配すらない。
冷静さを失っているせいか、自己治癒の魔法に集中できない。足を治すことができれば、すぐヨーテに追いつけるのに。
「ヨーテ! ヨーテ! もうちょっとゆっくりおねがい。すぐいくから!」
五年ぶりに再会した故郷の精霊。
生きていたんだ。生きてくれていたんだ。迎えにきてくれた。自分を助けにきてくれた。ヨーテが一族の生き残りをひきつれてきてくれた。そうにちがいない。わたしもはやく合流しなければ。と、ミーニャは焦燥感にかられていた。
「痛みに負けてたまるか」
ミーニャは足をうごかし、まえにすすむ。ミーニャは空中を歩きはじめた。
監禁されていた塔から五歩ぐらい宙を歩いたとき、ふと背後がきになって踵をかえした。ふとした心のつっかえは、一気に膨張し、燃えあがる闇の炎として心の不安を煽る。
――ヨーテが一族のみんなをひきつれて、この塔にはいったら――みんなどうおもうだろう。
ミーニャの決断は早かった。剣と魔導書を胸におさえるよう持ち、もう片方の手には自らの魔力で顕現した白銀の杖をにぎっている。
ミーニャは白銀の杖を塔にむけた。
心臓が岩でなぐられているかのごとく痛い。ミーニャは痛みをしのぎながら塔のほうに杖をかたむけ、呪文をとなえた。
『エペリアル――フレイム』
呪文をとなえた途端、またたくまに地から炎がふきし、塔をつつみこんだ。もえさかる炎は周辺を明るくし、ミーニャの心の闇をより深くした。
一片の迷いもないというわけではない。
心に罪悪感がまきつく。
これでよかったのだろうか。
でも、責められたくない。
胸の中は複雑で渦巻いている。ミーニャはふたたびヨーテをみた。ヨーテはこちらをみている。勘の鋭いヨーテのことだ。きっと自分の心中なんてお見通しなのかもしれない。ミーニャは杖を消滅させた。
「今はヨーテのことだ」
今度こそ、と、ミーニャは聖防壁を夜空に展開して足場をつくり、ヨーテのあとを追った。
ミーニャがヨーテとの距離をちぢめると、ヨーテは小走りで、真っ暗な森のなかへと下向していった。
ミーニャもヨーテの後をつづく。ヨーテの降りていった先をみやると、松明らしい灯りがぽつぽつと灯っていた。
「みんな、あそこにいるんだ」
森にはいり、地に足をつけたらヨーテの姿が見あたらない。ひとりでいってしまったのだろうか。
「ヨーテ。ヨーテー? どこにいちゃったの」
暗色の森の狭間をミーニャの声がすりぬけていく。不安がたちこめて、胸をあっぱくする。
「そうだ。さっき見たあかりだ。あかりのある方へむかえば、みんなと会えるんだ。たしかあっちの……」
ガサっと植物のこすれる音と足音がして、ミーニャは立ちどまった。足音とはべつに、金属がぶつかりあう音がする。誰かがこちらにむかってきている。
とてもいやな予感がしたけど、ヨーテの姿をおもいだし、勇気をふるって声をあげた。
「だれかそこにいるの」
足音はピタリとやんだ。
「わたしはミーニャだよ」
なにも返答はない。一族のなかで、自分の名をしらない者なんていない。どうしてだろうとミーニャは考えていた。
すると。
ミーニャの背後から草木のざわめきが聞こえる。植物をゆすりながら、なにかが急速接近してきている。ミーニャは向かってくる者を迎え撃つ心構えをした。
草むらからとびだしてきたのは、先ほど自分を誘導していたヨーテだった。
ヨーテはミーニャに体当たりをして、おおいかぶさってきた。地に叩きつけられた衝撃もあり、ミーニャは痛みでくぐもった声をあげた。手にかかえていた剣と魔導書ははなれたところに落ちてしまう。
ヨーテの敵意をむきだしにした声をきいて、ミーニャは絶壁から落とされた気持ちになった。
灰色の毛並みをした、黄土色の瞳をもつ狼に変化している。魔力で色素をつくっているため、透き通っており、光をはなっている。星の線でつなげたような綺麗な姿。
その輝きは、ミーニャの心も灯してくれた。
狼の精霊であるヨーテは、くるりと身をひるがえして空をかけていく。
「まって! ヨーテ!! どこにいくの! いかないで!」
追いかけたい、自分なら追いかけることができる。ミーニャは剣と魔導書を腕でもち、右足の痛みにたえながら、聖防壁という魔法を使用して、空中に足場をつくる。
僅かに光る板のようなものが、夜空にいくつもできあがった。塔からヨーテのいる方向まで、空中に輝く足場をつくり追いかけようとする。
ヨーテはふりかえって、ミーニャをみた。
心なしか驚いた表情をしているようにみえるが、ミーニャはヨーテが自分を待ってくれていると解釈した。
「そうだ、足を治せばいいんだ。ヨーテ、まって。いま足を治すから! すぐ治すからまってて」
ミーニャは塔から移動しようとした瞬間に思いとどまり、足を自己治癒しようと試みた。ヨーテを見失わないように、何度もヨーテがいるか確認する。
――だめだ、なおすことができない。治癒魔法が発動する気配すらない。
冷静さを失っているせいか、自己治癒の魔法に集中できない。足を治すことができれば、すぐヨーテに追いつけるのに。
「ヨーテ! ヨーテ! もうちょっとゆっくりおねがい。すぐいくから!」
五年ぶりに再会した故郷の精霊。
生きていたんだ。生きてくれていたんだ。迎えにきてくれた。自分を助けにきてくれた。ヨーテが一族の生き残りをひきつれてきてくれた。そうにちがいない。わたしもはやく合流しなければ。と、ミーニャは焦燥感にかられていた。
「痛みに負けてたまるか」
ミーニャは足をうごかし、まえにすすむ。ミーニャは空中を歩きはじめた。
監禁されていた塔から五歩ぐらい宙を歩いたとき、ふと背後がきになって踵をかえした。ふとした心のつっかえは、一気に膨張し、燃えあがる闇の炎として心の不安を煽る。
――ヨーテが一族のみんなをひきつれて、この塔にはいったら――みんなどうおもうだろう。
ミーニャの決断は早かった。剣と魔導書を胸におさえるよう持ち、もう片方の手には自らの魔力で顕現した白銀の杖をにぎっている。
ミーニャは白銀の杖を塔にむけた。
心臓が岩でなぐられているかのごとく痛い。ミーニャは痛みをしのぎながら塔のほうに杖をかたむけ、呪文をとなえた。
『エペリアル――フレイム』
呪文をとなえた途端、またたくまに地から炎がふきし、塔をつつみこんだ。もえさかる炎は周辺を明るくし、ミーニャの心の闇をより深くした。
一片の迷いもないというわけではない。
心に罪悪感がまきつく。
これでよかったのだろうか。
でも、責められたくない。
胸の中は複雑で渦巻いている。ミーニャはふたたびヨーテをみた。ヨーテはこちらをみている。勘の鋭いヨーテのことだ。きっと自分の心中なんてお見通しなのかもしれない。ミーニャは杖を消滅させた。
「今はヨーテのことだ」
今度こそ、と、ミーニャは聖防壁を夜空に展開して足場をつくり、ヨーテのあとを追った。
ミーニャがヨーテとの距離をちぢめると、ヨーテは小走りで、真っ暗な森のなかへと下向していった。
ミーニャもヨーテの後をつづく。ヨーテの降りていった先をみやると、松明らしい灯りがぽつぽつと灯っていた。
「みんな、あそこにいるんだ」
森にはいり、地に足をつけたらヨーテの姿が見あたらない。ひとりでいってしまったのだろうか。
「ヨーテ。ヨーテー? どこにいちゃったの」
暗色の森の狭間をミーニャの声がすりぬけていく。不安がたちこめて、胸をあっぱくする。
「そうだ。さっき見たあかりだ。あかりのある方へむかえば、みんなと会えるんだ。たしかあっちの……」
ガサっと植物のこすれる音と足音がして、ミーニャは立ちどまった。足音とはべつに、金属がぶつかりあう音がする。誰かがこちらにむかってきている。
とてもいやな予感がしたけど、ヨーテの姿をおもいだし、勇気をふるって声をあげた。
「だれかそこにいるの」
足音はピタリとやんだ。
「わたしはミーニャだよ」
なにも返答はない。一族のなかで、自分の名をしらない者なんていない。どうしてだろうとミーニャは考えていた。
すると。
ミーニャの背後から草木のざわめきが聞こえる。植物をゆすりながら、なにかが急速接近してきている。ミーニャは向かってくる者を迎え撃つ心構えをした。
草むらからとびだしてきたのは、先ほど自分を誘導していたヨーテだった。
ヨーテはミーニャに体当たりをして、おおいかぶさってきた。地に叩きつけられた衝撃もあり、ミーニャは痛みでくぐもった声をあげた。手にかかえていた剣と魔導書ははなれたところに落ちてしまう。
ヨーテの敵意をむきだしにした声をきいて、ミーニャは絶壁から落とされた気持ちになった。
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