舜国仙女伝

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丁胤聖という男

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数少ない同居人達が寝静まった真夜中、木蓮は寝台を抜け出して中庭にいた。

月光が降り注ぐ中、千秋ブランコを緩やかに漕ぎながらぼんやりと夜空を眺める。

千李の宮で感じた胸騒ぎは一体なんだったのか。


(日中は二人、夜は一人、この屋敷の周辺を巡回している。後宮の中でもここはそんなに大きな屋敷ではないし、英文が用意した手練れの兵士たちが不審者を見逃すなんて考えられないし……)


あれは、気のせいだったのかもしれない。

きっと、千李の宮に仕える宮女が凌辱され、死んでいると聞いたから、咄嗟に莞莞が心配になったのだ。

なんだか気分が沈み、盛大にため息を漏らすと、頭上からよく知った声が降り注いだ。


「また夜中に寝台を抜け出している。お前は夜行性動物か何かか」


呆れたような周瑛に、木蓮は力無い声で返した。


「うるさいなぁ。別に好きで起きてるわけじゃないよ」

「何をそんなに悩んでいるんだ?」


千秋ブランコの支柱にもたれながら尋ねる周瑛に、木蓮はしばらく沈黙した。


「……ねえ周瑛、丁胤聖について、何か知ってるなら教えて」

「それが悩みの種か。美しい義妹を持つと気苦労が絶えないな」


安慶での一件を思い出したのか、やけにしみじみとした口調だ。


「とにかく謎が多い男だ。美男美女を好むのは間違いないようだが、やつが誰かを陵辱している現場を目撃した人間は一人もいない。普通に考えれば、やつは宦官だから性交は無理だ。しかし、この城に住む者は、暴行事件があれば真っ先にやつを犯人と疑う」


サラッと告げられた衝撃の事実に、木蓮は息を呑んだ。

それを無視し、周瑛は淡々と続ける。


「あれが皇太后の側近となったのは、一年ほど前だったか。その頃から、見目麗しい宮女、宦官が次々と犯されていった。そして不思議なことに、被害者が増えるのに比例して、皇太后の支持者が増えている」

「何それ、どういうこと?」

「わからん。が、やつが皇太后の権勢を盛り上げるのに一役買っているのは事実だ。陛下は早い段階で何度かやつに刺客を送ったが、いずれも失敗に終わった」


ふと、千李が英文に丁胤聖の暗殺を進言したと言っていたことを思い出す。

その時英文が応じなかったのは、ただ刺客を送っても失敗するとわかっていたからかもしれない。


「丁胤聖の対処法については、弁理軍機大臣達の間でも意見が別れている。最終的な判断は陛下がなさるが、次の一手はまだ打てないだろう」

「そう……念のため莞莞に護衛をつけたいんだけど、誰か良い人いない?」

「今の時期は演習も遠征もないし、軍は人手が余っている。明日にでも陛下に進言しておこう」

「ありがとう」
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