舜国仙女伝

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苛立ち―英文視点―②

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女性に対して、このように手荒な真似をするのは初めてだった。

もともと勝ち気で高慢な鈴麗に対して良い印象は抱いていなかったが、こんな風に苛立ったこともなかった。

胸を掻き乱すこの感情の正体は何かわからないまま、英文は鈴麗の細腕を寝台に押さえつけた。

今まさに凌辱されんとしているのに、鈴麗は体を震わせながらも英文からは目を離さない。


「何に対してそんなに苛立っていらっしゃるのか、私め程度の頭では到底思い至りませぬ。しかし、私めを犯すことで怒りが消えるのならば、どうぞお好きになさいませ」


両手を広げて固定されているため、鈴麗は胸から臀部までが丸見えの状態である。

年頃とは言い難くとも、まだ若い女には相当屈辱的な格好であるはずだが、鈴麗は声を震わせることなく言い切った。


「そういうところが気に食わないのだ。しつこく夜伽を誘っておきながら清純な乙女ぶっているところがな」

「別に抱いてほしくて夜伽を求めていたわけではありませぬ」


至極あっさりとそう言った鈴麗に、英文は目を丸くした。

枕を交わす以外の目的で、夜伽を求めてる理由など思いつかない。


「親王時代のことから、陛下が皇后娘娘と床を共にしないのは周知の事実。張貴人姉妹はあくまで白婚であり、肉体関係は持てない。唯一夜伽を勤められる私めに入れ込んでいる素振りを見せれば、大臣達にも皇太后にも秀女選抜の必要性は無いと言い張れたかと」

「……確かにその通りだ。だが問題の根本的な解決にはなっていない」

「罰を覚悟した上で申し上げます。根本的な解決など、陛下が千蘭様を忘れて次の妻を娶らぬ限りあり得ません。私がしたかったのはお世継ぎを産むための夜伽ではなく、陛下が次に愛するお方を見つけるまでの隠れ蓑としての夜伽。私を利用してくださればと思ったのですが、高潔な陛下にはそんな発想は生まれなかったようですわね。まず、会話すらままならなかったのですもの」


高潔な、を嫌味っぽく言い、顔を背ける鈴麗に、英文は言葉を失くした。

勝手に妄想した挙げ句に怒りをぶつけ、女性に対して乱暴な真似をした己が恥ずかしかった。

骨が折れる手前まで強く掴んでいた手首を解放すると、くっきりと手の跡が残っている。


「すまなかった。そこまで私のことを案じてくれていたのに、私は……」

「誤解が解けたので良しとしましょう。それにもう秀女選抜は終わってしまいました。もはや、皇太后に後宮を乗っ取られないよう、出来ることをするのみです」

「鈴麗、本当にすまなかった。私は貴女を誤解していた」


あまりにばつが悪く、毛布で鈴麗の艶やかな肌を包み込む。

鈴麗の細く長い指が、毛布をかけた英文の手に触れた。


「これだけはゆめゆめお忘れなきよう。今も、昔も、これからも、わたくしはこの国で最も陛下に忠実な臣妾です。例え私自身が寵愛を受けずとも、陛下の御心に沿うことが私めの喜びです」


鈴麗の声に滲む愛を、ありがたく思うと同時に逃げ出したくなる。

言葉だけではなく、心の奥底から自分を慕っているとわかっているからこそ、罪悪感を感じてしまう。

こんなに深く愛してくれているにも関わらず、鈴麗を愛することが出来ない自分が呪わしく、英文は強烈な自己嫌悪に襲われた。


「……すまない」


その謝罪が何に対してなのか、鈴麗は悟っていた。

諦めたような顔で緩く頷き、瞼を閉じて人形のごとく整った顔が下を向く。

刹那、空気が湿る気配がした。

自分が傷つけておきながら慰めるのはおかしい。

どうしても抱きしめる気にはなれず、これが最愛の妻であればと考えてしまう己の愚かさに、英文は絶望を感じた。


(私情を捨て、良き君主、良き種馬となる決意をしたというのに……なんて様だ)


鈴麗の宮から大星殿への帰路で、皇帝の象徴である紫水晶の首飾りが、腰から下がった佩玉が、異様に重く感じた。

誰か一人を愛することを誇らしいと思っていた十代の青臭い思想からなかなか抜け出せず、大切ではない女を利用する気概も無い、そんな自分は果たして本当に皇帝としての資質があるのか。

宵闇の中で、英文は果てしない思考の海に沈んだ。


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