舜国仙女伝

安慶②

門を通過し街に入ると、香辛料や肉の焼く匂いがあちこちから漂ってきた。

子供達の笑い声や、八百屋で値切ろうとする主婦の豪快な声、酒場に集う男達の陽気な歌声が、馬車越しに聞こえてくる。

そんな活気溢れる街、安慶を治めるのは知府の江擇こうたくという壮年の男だ。

新興貴族でいわゆる成金であったが、生活は質素とまではいかないものの華美でもなく、極めて堅実である。


「今宵滞在するに辺り、特に問題は無いかと」


馬車から降りた英文と木蓮の背後に控えながら、周瑛が安慶とその知府についての報告をその一言で締めくくった。


「地方官吏の報告で不正、脱税を聞かなかったのはおそらくこれが初めてだな」

「この辺りは舜でも有数の翡翠と水晶の産地ですし、貴金属の加工も盛んです。脱税などしなくとも十分豊かな暮らしが出来ることでしょう」


知府の屋敷の門が近くなり、二人はいったん口をつぐんだ。

門前には使用人達がずらりと並び、一様に跪いていた。

その中心には禿げ上がった頭を汗で光らせた、中肉中背の男がいる。


「お待ちしておりました。遠路はるばるお疲れ様にございます」

「出迎えご苦労。楽にせよ」


英文の許しを得て立ち上がった江擇は、木蓮の存在に気づくとわずかに眉を上げた。


「そちらのご婦人は？」

「昭南の地にて召還した仙女だ。粗相のないように」


仙女、と聞いた瞬間に江擇はしばし硬直した後、再び跪いた。


「まさか生きて仙女様のお姿を拝めるとは思っておりませんでした！大舜帝国へ、安慶へよくぞいらっしゃいました。陛下、仙女様、お部屋にご案内いたします」


江擇は木蓮の存在は知らなかったらしい。

急に増えた客人にどの部屋を案内するか一瞬迷い、結果木蓮の部屋を英文の部屋の向かいに決めた。


「大変申し訳ございません。お衣装のご用意が間に合いませぬので、しばし我が娘のものをお召しいただけますでしょうか？」

「え、むしろ貸してくれるんですか？」

「もちろん。新品をご用意出来ないのが心苦しいところですが……」

「そんな！助かります、ありがとうございます」


着替えが無いことを覚悟していたくらいだ。

江擇の申し出はありがたかった。


「では湯殿のご用意をいたしますので、少々お待ちくださいませ」