上 下
9 / 24

一輪の『オダマキ』

しおりを挟む
 私の手が前を歩く女の肩に触れると、女は「うひ」と声を上げピョコっと飛び跳ねた。


 滑稽な動きをするのね?    お笑いだわ。そして栗色のショートボブに付けられたヘアピンがやけに鼻につくわ。まるでコケシね。


「急に驚かせてごめんね。あなた、瑠二君の知り合いなのかな?って思って、つい声をかけちゃったのよ」
「え、ええまぁ。大学の後輩ですけど……なんで私の事知ってるんですか?」

 そのアホみたいに半開きの目、口。
    閉めてるのか開けているのか微妙なシャツのボタン。
    全くもって締りが無い女ね。だからあっちの方もだらし無いのかしら?


「たまたま道で話してる所を見たのよ。もしかしてあなた、瑠二君の事好きなの?」
「えぇ!?    そそそそんな事はぁあわわ……」


 顔を真っ赤にしちゃってまぁ。どうせ演技なんでしょ?さっきこの目で見ていたのよ。
    私は──、
    あなたの──、
    本性をッ!


「そんなに隠さなくても分かるわよ。瑠二君素敵だもんね。実は私も好きなの。瑠二君が」
「え……えぇぇ!?   そ、それじゃあ私達ライバルじゃないですか!……あっ」


 ライバル?    ライバルとは競う相手の事を言うのよ?    こうやって会ってみて再確認出来たけど、あなたなんて眼中に無いの。ただ、このままでは何をしでかすか分かったものじゃ無いから排除するだけ。


「私はね、瑠二君の為なら命だって惜しくないのよ。彼の為なら何だってできる。あなたはどれ程の気持ちで彼を思っているのかしら?」
「わ、私も先輩の為なら命をかけられますッ!!    本当に本当に大大大好きなんですからッ!!」


 こ、この子ッ──、


「フン、あなた名前は?」
「え、え?    えと、名前は『小田  真紀おだまき』ですけど」

 ────っく……くくくくッ……あははははははははッ!!

 小田  真紀?
    小田真紀小田真紀小田真紀ィィィィィ!?

 これは傑作ね!    今年一番のヒットだわ!    小田真紀ね!    あなたにピッタリの名前じゃない?


「そう、急に呼び止めちゃってごめんね『オダマキ』さん。お互い頑張りましょうね」
「は、はい!    ありがとうございます」


 深く礼をする女を上から見下ろし終えると、私は元来た道を戻り歩き出す。


 小田  真紀、ねぇ。



 確か『オダマキ』の花言葉は──────




『愚か』



 だったかしら?


 それに言ったわよね?あなた。
 瑠二君の為なら────


『命をかけられる』


 って。

    
    ■■■■
 

 家に帰って来た私は、キッチンにある包丁立てを物色していた。その中で一番細く、長い物を一本選んで手に取ると、それを持ちリビングへの向かう。
    そして今度は迷うこと無く熊五郎のお腹目掛けて包丁を振りかざす。しかし、包丁の当たった熊五郎は、切れることなくポーンと跳ね飛ばされて、そのまま床を転げ回った。

 この包丁。あまり切れないわね。

 切れ味を確認し終えると、転がった熊五郎を拾い上げ、優しくお腹を擦りながらベッドの枕元に置いてあげる。


 次の日私は、黒のスーツに真っ赤なバックを持ち、2駅隣の駅で小田真紀を待っていた。

 普段下ろしている、背中まで伸びた髪はサイドで結われ、化粧も変えて眼鏡もかけている。可愛いに変わりは無いが、同一人物とは誰もが思うまい。

 何の為にこんな所に居るのかって?決まっている。害虫を駆除するためだ。

 真っ赤なバックには、昨日の夜研いだ包丁が入っている。この包丁で憎き愚かな『害虫』を私が駆除するのだ。
    これは瑠二君の為であり、私の為でもある。言わば、2人の未来の為に必要な行いだ。

 手順の確認を念入りにイメージし、小田真紀が駅に来るのを待つ事三十分。遂に小田真紀がその姿を見せた。

 相変わらず締りの無い顔だこと。あなたがこの時間にこの電車に乗ることは、おおよそ察しが付いていたわ。そして勿論、降りる駅も──、

 彼女は大学に通学する為に、朝からこの満員電車に乗る。この時間は通勤通学の人々でごった返し、身動きが取れない程に混み合うのだ。その隙をついて──、




「グサリ。」




 ってね。
    うふふふっ。でもあなたが悪いのよ?
 罪人は何故処刑されるか分かるかしら?
    害虫は何故駆除されるか分かるかしら?
    ゴミはなぜ処分されるのか考えるまでもないわよね。
    それと同じなのよ。


 人混みの中、小田真紀が真っ直ぐ改札に向かう。それを見た私は、そのうしろにピタリと付けた。



 行くわよ、オダマキ。



 あなたの『命』かけて見せなさい。



 瑠二君の為に。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不出来な妹など必要ないと私を切り捨てたあなたが、今更助けを求めるなんて都合が良い話だとは思いませんか?

木山楽斗
恋愛
妾の子であるエリーゼは、伯爵家に置いて苦しい生活を送っていた。 伯爵夫人や腹違いの兄からのひどい扱いに、彼女の精神は摩耗していたのである。 支えである母を早くに亡くしたエリーゼにとって、伯爵家での暮らしは苦痛であった。 しかし出て行くこともできなかった。彼女の母に固執していた父である伯爵が、エリーゼを縛り付けていたのだ。 そんな父も亡くなって、兄が伯爵家の実権を握った時、彼はエリーゼを追い出した。 腹違いの妹を忌み嫌う彼は、エリーゼを家から排除したのだ。 だが、彼の憎しみというものはそれで収まらなかった。 家から離れたエリーゼは、伯爵家の手の者に追われることになったのである。 しかし彼女は、色々な人の助けを借りながらそれを跳ね除けた。 そうしている間に、伯爵家には暗雲が立ち込めていた。エリーゼを狙ったことも含めて悪事が露呈して伯爵家は非難を受けることになったのである。 そんな時に、兄はエリーゼに助けを求めてきた。 だが当然、彼女はそんな兄を突き放した。元々伯爵家の地位などにも興味がなく、ひどい目に合わされてきた彼女にとって、兄からの懇願など聞くに値しないものであったのだ。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

結婚式をやり直したい辺境伯

C t R
恋愛
若き辺境伯カークは新妻に言い放った。 「――お前を愛する事は無いぞ」 帝国北西の辺境地、通称「世界の果て」に隣国の貴族家から花嫁がやって来た。 誰からも期待されていなかった花嫁ラルカは、美貌と知性を兼ね備える活発で明るい女性だった。 予想を裏切るハイスペックな花嫁を得た事を辺境の人々は歓び、彼女を歓迎する。 ラルカを放置し続けていたカークもまた、彼女を知るようになる。 彼女への仕打ちを後悔したカークは、やり直しに努める――――のだが。 ※シリアスなラブコメ ■作品転載、盗作、明らかな設定の類似・盗用、オマージュ、全て禁止致します。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

処理中です...