上 下
6 / 43
第一章【光と闇・そして崩壊】

メグワーグ

しおりを挟む

    メグと呼ばれた少女は、電車の入口からピョコッと飛び降り、燕達の前に姿を見せた。

    「コチトラぁ、少し見なぃ間に、ずぃぶんと大きくなったじゃなぃ」
    「触んなよ。その言葉をカラクターに使うかね」

    頭を撫でられたコチトラが嫌そうにその手を払うと、少女はケタケタと笑った。
    その二人の距離の近さはまるで姉弟である────

    「ノイもヌーも久しぶりだねぇ。相変ゎらずヌーは小っちゃぃなぁ。ふっへへ」

    そう言いながら少女がヌーを抱っこしようと両脇に手を差し込んだが、ヌーが嫌そうに暴れた為にそれを断念した。

    「そんでぇ、こっちが噂の燕ちゃんだょねぇ。ぁたしはメグワーグ。カラクトカラーは【ジョーンミエル】煌度は15。ょろしくねぇ」

    鼻声混じりのその声で、メグワーグは初対面の燕に自己紹介をした。
    それに対し、燕も慌てて自己紹介を返した。

    「噂のって、燕はもうそんなに噂になってんのか?」
    「そりゃぁもぅ。一目見たぃと思ってぃる奴も多ぃんじゃなぃかなぁ」

    メグワーグが喋ると同時に目線を上げたのにつられ、燕も上を見上げると、女の子が電車の窓からこちらを覗き込んでる居るのに気がついた。

    「ぁとさぁ。これは忠告なんだけどさぁ。燕ちゃんあんまり連れ回さなぃ方がぃぃんじゃぁなぃのぉ?」
    「どういう意味だよ」
    「ぁるぇ。解るょねぇ?     だって燕ちゃん、マスターだょ?    当然、快く思ってなぃ奴も居るし。その力を利用したぃって奴も居るょねぇ」

    その話を聞いた燕の心がザワついた。
    会った事も無い、見ず知らずの人に自分が嫌われている……狙われている……
    そんな話が本人を置き去りに展開されていくのに我慢出来ず、燕は遂に口を割った────

    「あの、メグワーグちゃん。そもそもマスターって何なんなの?   どういう存在なの?」
    「だょねぇ?   内緒にするょねぇ。当然と言ぇば当然だょねぇ。ふっへへ」
    「皆……何かを隠してるのは分かるの。ねぇ、なんで教えてくれないの!?」
    「それはねぇ。はっきり言うと、皆ぁ君の事がのさぁ」
    「────────えっ?」

    そこまで話が進んだところで、痺れを切らしたノイが止めに入った。

    「いい加減にしなメグワーグ。悪ノリが過ぎるよ。燕も今の話は真剣に捕えなくていいから」
    「で、でも……」

    そうは言われても、今の話は燕にとっては衝撃的過ぎた。些細な事から妄想が広がり、あることない事が頭の中を駆け巡った。
    そんな燕の手をぎゅっと握る小さな手──────
    隣に居たヌーが燕にピタリとひっついてきた。

     「ヌーはマスターのこと全然怖くないよ!    マスター大好きだよ!」
     「ありがとうヌー。私も好きだよ」

    燕にとってより信用ができるのがヌー達かメグワーグか等は考えるまでもない。
    今だって、元の世界に帰る為にこうして力を貸してくれている。
    秘密にされる理由は気になるが、きっとカラクター達にも事情があるのだろう。

    「ぁれぁれぇ。余計なぉ世話だったみたぃだねぇ。まぁ好きにすればぃぃと思うけど、後悔はしなぃようにねぇ。特にコチトラぁ、君はねぇ」
    「────っ、それこそ余計なお世話だっての……」

    その時コチトラが明らかに動揺していたのを、燕は見逃さなかった。

    メグワーグは一通り話終え満足したのか、散歩したくなったと言い残し、一人草原の彼方へと歩いて行った────

    燕達も気持ちを切り替え、電車の中に居たカラクターに挨拶を済ませると、早速お目当てのライフラヴィーンへと向かう事にした。

    「あの、さっきの……」
    「メグはあんな感じだけど、悪いやつじゃねぇ。ちょっと掴みどころがねぇだけなんだ。あんまり悪く思わないでやってくれ」
    「そうなんだ。わかった」

   一番絡まれたコチトラがそう言っているのだから、きっとそうなのだと燕は思った。


    吹き抜ける風を受け、コチトラに連れられて草原を横断する。
    どこまでも続いているように見えた草原は、すぐそこで途切れており、その先は崖となっていた。

    今度はこの五十メートルはある崖を縄梯子で降りるのだという。
    足が竦むほどの高さと、風に当てられ梯子が揺れているのを見ると、どうしても一歩が踏み出せない。

    「大丈夫。燕なら行ける」
    「無理……私はコチトラみたいに勇気がある訳じゃないし……」
    「勇気ならある。保証する。俺が持っているものは、燕もちゃんと持ってるから」

    信用に値する目だ。
    不思議だった。
    コチトラの言葉は燕の心奥底にあるものを揺り動かす。
    湧き上がってくる。
    いつしか無くした、勇気という名の感情はこんな感じだったか─────

    「……………………うん。行くよ」
    「よしきた。ヌーとノイはここでお留守番だな」
    「えええええぇ!?    ノイとヌーは行かないの??」
    「行って戻ってくるだけだ。行く必要はねぇだろ」
    「そうかもしれないけど……」

    コチトラが先に降り始め、続いて燕が縄梯子に足をかける。
    降り始めてすぐに、ノイとヌーが笑顔で手を振っているのが見えた。

   「にゃろう……」

    手を滑らせる事はおろか、足をかけ違えただけでも命に関わる高さ。
    二人は、慎重にゆっくりと、確実に梯子を降りて行く。
    コチトラは途中燕を気遣って何度も声をかけた。
    下にコチトラが居ると分かると安心感が全然違う。例え落ちたとしても、コチトラなら支えてくれそうだ。

    「おい燕、なに笑ってんだよ」
    「なんでもないよ」

    地面が近づくにつれて、心にも余裕が出てきた。
    ゴールまではあと少し────

    ────と、いったところで燕は梯子を掴み損ねてしまった。
    なんとか手を伸ばし再び手にしようと試みるも、梯子はどんどんと遠ざかっていく。
    体が垂直に傾き、地面まで真っ逆さま──────


    もしもここが高さ十メートルもあったならば死んでいたかもしれない。
   燕は先に着いていたコチトラにお姫様抱っこをされる形でゴールを迎えた。

    「なにやってんだよ!    危ねぇだろ!」
    「あとちょっとと思ったら急に緊張感が……ごめん……」

    谷間を流れる川を挟んで広がる草原。
    すね辺りまで伸びた柔らかい草の感触がくすぐったい。
    草と草の間、どころ所でぼんやりと光りが見えた。

    「ここが────?」
    「全てのカラクターが生まれる渓谷、ライフラヴィーン」
 「綺麗…………」

   水は澄み渡り、草花はこれまで旅して来たどこよりも色濃い。風が優しい音楽を奏で、空気が輝いて見えるのも、きっと気のせいではない。

    自生する草花の間で光っていたのは、周りの植物達よりも大きな花の蕾だ。

    「お、新しい蕾だな。もうすぐここからカラクターが生まれてくるんだぜ?」
    「えっ、カラクターってこのお花から生まれるの!?    妖精さんみたい」
    「まぁな。俺達にとっちゃ普通の事だけど、燕が驚くと俺も戸惑っちまうよ」
    
    そう言ってコチトラは、花の蕾を優しく撫でながら笑ってみせた。
    
    「どうだ燕、何か分かったことや感じた事はあるか?    その為にこうして遥々やってきたんだからな」
    「あ、えと……綺麗だなぁ不思議だなぁって事くらいかな」
     「まぁそんなに都合よく解決したりしねぇか。でも燕にここの景色を見せられただけでも良かったぜ?    どうだ、綺麗だろ?」

    少し大人びたコチトラは周りの景色と相まってとても絵になる。

    「あのな燕。取り決めで全部は教えてやれねぇんだけど、これだけは教えておいてやる」
    「なに?」
    「これから生まれてくるカラクターも、今居るカラクターも、全員がお前の味方だ。この世界には敵なんて居ないんだよ。でも、今世界は変わろうとしている。燕には、この世界がぶっ壊れてしまわねぇように、しっかりと護る義務がある」
     「私が…………この世界を────、守る」

    急にそんな事を言われてもピンと来ない。燕はこの世界に来たばかりで、何も知らないし、実際何も出来ないのだから。

    「戸惑うのも分かる。だから俺達が力になってやる。すぐにとは言わねえ。今は、心のどこかに留めて置いてくれたらそれでいい」
    「…………うん。わかった。ところで、さっきから気になってきたんだけど、アレは何?」

    燕の指さす方向には、小動物のぬいぐるみが山積みになっていて、その一角だけが異彩を放っていた。

    「ああ……あれはな」

    コチトラがそのぬいぐるみの山に近づいて行ったので、燕もその後を追った。
    そして、それを近くで目にした時、燕は驚いた────

    ぬいぐるみと思われたそれらは、一つ一つがちゃんと生きていて、スヤスヤと寝息を立てて眠っていたのだ。
    呼吸をする度に膨れ上がるモフモフの体は、なんとも形容し難い愛くるしさに溢れている。

    「なにこれぇ!   かっわいいー!」
    「おい起きろブラティポ、持ち回りの時間じゃねぇのか」

     コチトラが丁寧に小動物をどかしていくと、その下から体を丸めてスヤスヤと眠る女の子が出てきた。

    「ええっ!?」
    「ブラディポ、ブラディポってば」

    コチトラが体を揺すると、女の子はゆっくりと目を覚まし瞼を擦った。

    「あえ……コチトラ……もう交代の時間かえ?」
     
    いよいよファンタジーらしくなってきた、獣耳少女のお目覚めだった────
    
    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...