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第一章【出会い編】
ケット・シー
しおりを挟む「俺と同じ……契約者だって!?」
そこにサタコが息を切らしながら合流する。ワンピースをまくり上げ、その小さな膝小僧に両手を付けて苦しそうだ。
「はぁはぁ……恭……無事だったか……思ったんだが、お前が死んだら私は生きて行けないんだ……はぁはぁ、だから金輪際あんな真似はやめるんだな……はぁはぁ」
そう言えばそうか、必死になり過ぎていて気づかなかったが、全くもってその通りだ。まぁ助かったんだし次から気をつければいいや。それより気になるのは──、
俺は目を再びシルシルに戻すと、その視線に気づいたシルシルは、眠そうな目を擦り「凶さん、今はちょっと……」と小さめの声で答えてきた。
ようやく現れた飼育員さん達が駆け寄って来たので、話を終わらせたのだろう。飼育員さん達によって、白熊さんに麻酔らしき物が注射され、大きなタンカーで運ぶ作業が行われていく。その間、飼育員さんの一人が俺達の方に寄って話しかけてきた。
「君達大丈夫だったかい!? 従業員の不注意でこんなことになってしまって、本当に済まなかった……」
「いえいえ、怪我はしていませんし。でも本当に危なかったので、今後気をつけてくださいね」
これが日本人の悲しいところよ。本当は文句言いたい! すげぇ言いたい! てか助けに来るの遅すぎるだろ!
「何故かモニタールームのテレビがいきなり故障してしまってね、見つけるのに時間がかかってしまった事もお詫びするよ、本当に済まなかった!」
それは多分俺のせいです! どうか頭を上げてください!!
深々と頭を下げる飼育員さんになんだか申し訳ない気持ちになりながらも、全員無事であることと、怪我がないことを確認してその場は過ぎ、その後大吉達とスマホで連絡を取り合い合流する約束を取り付け白熊事件に幕を下ろした。
■■■■
「しっかし恭もツイてないよなー、逃げた白熊に追いかけ回されるなんてよぉ! あっはは」
「もう、大吉君ったら笑い事じゃないでしょ? でも本当に皆無事で良かったわね!」
ユキちゃんの優しさに涙が出そうになった。本当に恐かったんだよ俺。それに比べて大吉の奴はさっきから笑いっぱなしだぜ。大吉に彼女ができないのはこの性格のせいだろう。
「取り敢えず今日は解散しよっか。流石にこれから遊ぶって気にはならないよね?」
ユキちゃんの意見に一同賛成し、楽しいはずの上野動物園が終わった。GW中にもう一回みんなで遊ぶ約束をし、携帯番号を交換し合う。その後解散となりそれぞれが家に帰っていった。
■■■■
その帰り道。ペタペタと俺の隣を歩くサタコさん。
そろそろ靴を買ってやらないとマズイかな? 今日も裸足だったよな……浮いているとは言え流石に危ないだろうし、そもそも皆なんとも思わなかったのか? いやいや、そんな事より──、
「なぁサタコ、お前の他にも異世界からこの世界に来てる悪魔とかいんの?」
「急にどうした? まぁ数は少ないが居るだろうな。たまに何となく臭いでわかる。今日も近くにいたぞ?」
熱いのか、ワンピースの裾を手で持ち上げ、歩きながらサタコが答える。そして俺は更に踏み込んだ質問をぶつけ、核心に迫った。
「そうなのか? じゃ、シルシルが契約者だって気づいていたか?」
──!
「ほう。シルシルは契約者だったのか。初耳だな。残念ながら、私とで見た目からは契約者と判断することは出来ない」
「そうなのか……という事は、あの時シルシルはサタコの鎌が見えてたって事だよな……成程な。契約者であれば、他の人の能力も見えるって訳か」
そんな話をしているうちに家へと帰ってきた。あれだけの修羅場の後だと、このボロアパートでさえ極上の癒しの空間に変わるから不思議だ。
今日はかなり疲れていた為、難しい話は一旦置いておく事にして、俺は一目散にベットへと向かい埋もれるように倒れ込んだ。
「くあぁ!つっかれたぁ!」
「ふう。今日は大変だったが、中々面白かったぞ。また連れていってくれ」
言うなりサタコも布団に倒れ込み、三秒経たずして、涎を垂らしながら眠りについた。慣れない遠出と、白熊さん事件があったのだ。今日は五月蝿く言わずに、このまま寝させてやる事にするか。
俺がサタコにそっと布団を被せてやると、サタコは悪い夢でも見ているのか魘されているようだ。俺は落ち着かせるよう優しく頭を撫でてやる。本当、こうしてると可愛いんだけどな。
「恭……」
■■■■
次の日の朝。
──ピローン──
という音で目が覚める。携帯のメールの着信音だ。時間は昼の……十三時!?いくら休みだからと言えこれは流石に寝すぎた……サタコは?
サタコを探して見渡せば、寝相の悪いサタコは、俺の大切にしているフィギア達が置いてある棚に、豪快に足を突っ込んで寝ていた。
おいぃ! どこに足を突っ込んじゃってんの!? ってかどうやったらその体制になるんだよ!? 俺のフィギアに恨みでもあるんですか!?
蹴飛ばされバラバラに散らばったフィギアを拾い集める。中でも大切にしていた限定品の『シークレット魔王』シリーズのミカルちゃんを大事に手に取る。これを手に入れる為にどれ程の苦労をした事か。その苦労を思い出し、感傷に浸っていると、取れるはずの無いミカルちゃんの首が……ポロッと──
「ミカルちゃぁぁぁぁぁん!!!」
「なんだ恭。朝から五月蝿いぞ」
怒りたい、とっても怒りたい。けど、運の悪いことに今日は怒ってはいけない。今日はサタコには不機嫌になられては困るのだ。と言うのも、さっきのメール。あれはシルシルからのメールで、
『今日良かったら私の家でお話しませんか? サタコちゃんも連れてきて下さい』という内容だったのだ。俺は一刻も早く情報を得たいのだ。今日サタコに不機嫌になられては困る……という訳だ。
「ああ、ごめん。起こしちゃった? ちょっと大切にしてたフィギアが壊れちゃって……あはは」
「なんだ。そんな事で大声出しおって、私の睡眠の邪魔をするでない」
くっ、コイツ……いかんいかん。今日は我慢だ我慢。負けるな佐藤恭!
「てかサタコ、もう昼だぞ? そろそろ起きろよ」
「なに? もうそんな時間なのか? ならば起きよう。夜寝られなくなるからな」
そんな子供みたいな理由で起きるのかよ。中身は本当に子供だな……
「そうだ、今日シルシルの家に遊びに行くんだけど、サタコも一緒にくるだろ?」
「ん? 別に構わんぞ。それはさておき、恭はその手に何を持っているのだ?」
俺は傷を抉られる思いだったが、クビの取れたミカルちゃんを差し出し「アハハ」と笑って見せた。そう、今日は怒ってはいけない。偉いぞ佐藤恭!
「ミ……ミカルちゃぁぁぁぁぁん!!」
「おめぇがやったんだろぉぉぉがぁぁぁぁぁあ!!」
ミカルちゃんはサタコにとってもお気に入りだったらしく、あれからずっとずっと泣きっぱなしだ。俺以上に悲しまれると、とても怒る気に慣れないんだが……
そんなサタコを、今度秋葉原に連れて行くと説得すると、すぐ様機嫌を取り戻してくれた。なんという浮き沈みの激しさか。さっきの涙はなんだったのか。
まぁ。気を取り直して、いざ出発!!
神社までは歩いて十分もかからない。途中サタコが猫に襲われるも、大きなトラブルも無く神社に着くと、早速シルシルが出迎えてくれた。
「おお!」と、思わず声が漏れてしまった。シルシルが巫女さんの姿で出迎えてくれたからだ。しかしこうして見るとシルシルもかなりの美少女だ。整った顔立ち、トレードマークのツインテールはお下げ気味に下を向き、眠そうな目は能力のせいか深い緑色をしており不思議と見入ってしまう。そして何より巫女さん姿が男心をくすぐる。そう、巫女さん姿が!
「あの、恥ずかしいのであんまり見ないでください……」
「お、おう。ごめんごめん、あんまり綺麗だったからつい……」
やはり巫女さん姿は恥ずかしいのか、顔を赤くしモジモジするシルシル。ヤバイ、これは可愛い!!
「もう、凶さんったら。早く行きましょう。案内しますので、私に付いてきてください」
シルシルは広い敷地を抜け、少し離れた場所に建てられた家に案内してくれた。そしてそのままシルシルの部屋へと案内される。
人生で初めて女の子の部屋に入った。凄く綺麗に整理され、緑と黄色を基調とした部屋は実に可愛らしい。猫のぬいぐるみが数体、大切そうに置いてあり、子供っぽい一面も伺える。
「どうぞ、座ってください」
テーブルを囲み、シルシル、俺、サタコが座る。女の子の部屋に初めて入ったせいで、なんだか落ち着かない。早速本題に入らないとどうにかなりそうだ……
「早速だけど、本題に入ってもいいかな?」
「はい、私もそのつもりでしたから」
サタコは珍しく落ち着いてくれている。小さな鼻をヒクヒクさせているのは、異世界人の存在でも感じ取っているのだろうか。
「シルシルは『召喚士』であり、『契約者』で間違いないよね?」
「はい、その通りです」
「て事は、パートナー的な奴が居るんじゃないのか? 俺で言うとサタコの様な」
「もちろん居ますよ、そこに」
とシルシルが指さす先には猫のぬいぐるみが置いてあるだけ、他に人らしい姿は無い。まさか透明人間とか!? 異世界人なら充分有り得る……
それにしてもこのぬいぐるみ超可愛いな。滅茶苦茶リアルだし……
一番目についた白い子猫のぬいぐるみを触ろうとした俺だったが──、
「汚い手で触るな」
と野太い男の声で叱られてしまった。慌てて辺りを伺うも、やっぱり俺達以外誰もいない……
「その子が私のパートナーですよ」
シルシルはぬいぐるみをヒョイっと持ち上げ、笑顔で抱きしめている。ひょっとして、このぬいぐるみがパートナー!?
「シルシルのパートナーってぬいぐるみなの!?」
「俺様はぬいぐるみなんかじゃねー、ちゃんと動けるんぜ!」
白い子猫のぬいぐるみが動き出し、トコトコとシルシルの体を伝いテーブルの上に降りてきた。そして、二足歩行で立ち上がると、初めましてとばかりにお辞儀をして見せる。
ナニコレ滅茶苦茶可愛いんだけど!!これがパートナー?
サタコがピクリと眉を上げたのが目に入るも、この猫の愛らしさに見とれてしまう俺が居た。
真っ白い体で子猫サイズ。頭には緑色の幼稚園児が被るような帽子が被せられている。オマケに二足歩行って!ただ、声だけが……オッサンでした。
「ケット・シーか」
サタコが初めて口を開いた。ケット・シーとはこの猫の名前だろうか?
「そう言うアンタは魔王だろ? 随分と変わり果てた姿になったじゃねーか」
「え? どういう事??」
俺は堪らず質問を挟んだ。もっと分かるような会話をして欲しいものだ。取り敢えずこの二人は顔見知り、という事らしい。
「恭。私は元の世界では『超絶美少女』で『胸はボイン』、『妖艶なオーラ』プンプンのレディーだったのだ」
「俺様は魔界では『筋肉バキバキ』『拳法マスター』『超絶イケメン』だったのさ」
うわぁ。嘘くせぇ……コイツら絶対盛ってるだろ……俺達が何も知らないと思って、盛りに盛ってるよ。
「それはいいとして、こっちの世界に来ると姿が変わるのか?」
「ふむ。大きくは変わらんが、召喚士の願望が反映される傾向にある。つまり、恭。お前はこういう『女の子』が好みという事だろう」
「え!?」
サタコが自分を指さし、お前の好みはこんな感じかよと嘲笑っているかのようだ。
「ちなみに、瑞。お前は子猫が好きだったみたいだな。お陰で俺様はこんなに小さく縮んじまったぜ……」
「あははっ、でもシーちゃんはその姿がとっても似合ってて可愛いから良いんですよ」
シーは自分の手足を広げ、ガッカリ感丸出しだ。
そうだったのか……魔界ではサタコは大人だったのか。しかし、これではまるで俺がロリコンですと言っているようなもんじゃないか……ロリコンじゃ無いはずなのに……皆に弄られる前に話題を変えなければ。
「つ、次の質問いいかな? シルシルの能力について聞きたいんだけど」
「私の能力は『未来視』です。三秒後が常に見えてる感じですね、白熊の時もその能力のお陰で無傷で制圧できました」
「凄い能力だな! 無敵じゃねぇか!」
「そうでもない。その力は欠陥だらけだ」
興奮した口調の俺と対象的に。冷めた口調のサタコが割って入る。完全無欠に思える『未来視』の欠陥とは一体──、
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