鬼の縮命

風浦らの

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余命

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 死ぬ。
 俺は5月3日に死ぬ。
 いや、待ってくれ────

「なんで、なんで俺が死ぬんだよ!?」
「突然死だよ」
「死因を聞いてんじゃねぇんだよ」

 いや、ニーオが本物と決まった訳じゃないし、ここから追い出したらまだなんとかなるかも……

「な、なぁニーオ。隣の家に行く気ない?    隣は人のいいオジサンが住んでて、お菓子を沢山食べれるぞ」
「隣はダメ。あの人、明日死んじゃう・・・・・・・から。私達は家主が居ないと住めないの。だからダメ。お外はまだ寒いし」

 え。何サラッととんでもない事言ってるんですか!?

 ────────。

 結局俺は、その日ニーオを家に泊める事にした。警察に引き渡そうとも考えたが、目の前でサラリーマンが死んだ事が、俺の判断を狂わせていた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 次の日、朝のゴミ捨てをしていた俺に、ニュースが飛び込んできた。察しの通り、隣に住んでいたオジサンさんが亡くなったというものだ。

 こんな偶然があるだろうか? 
    最早ニーオが本物の『鬼』である事は疑いようが無い。という事は、俺はもうすぐ死ぬという事か──────


 自分が死ぬとわかった途端に恐怖が襲ってきた。何故自分が。死ぬってどういう事なのか、と。

 しかし幸いな事に、死因は突然死らしく、今のところ体はピンピンしているし、どこも悪くない。ならば死ぬ前に何かやろうと思うのは人間の性だろう。当然の思考。

「ニーオ。俺ちょっと出掛けてくるけど、お留守番できるか?」
「うん。大丈夫!    行ってらっしゃい」

 少し心配だったが、俺は外出することにした。どうせ死ぬのだ。ニーオはほっといてもいいだろう。変に刺激して殺されたんじゃ、やりたい事もやれずに死ぬ事になるだろうし。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 さて、街に出たはいいがこれから何をしようか。もう金なんていくらあっても意味無い訳だし、何かパァーっと…………

 ────俺は思った。今まで俺にはこれと言った趣味は無く、食にも全く興味が無かった。

 一体何をすれば…………

 更に、人生の “ 最後に ” という思いから、やるべき事が益々分からなくなっていく。

「くそッ」

 その後、何となく映画を観て、何となく水族館に行き、何となくショッピングをして、気がつけば日が沈む前に家へと足を向けていた。

 今の俺の状態は、友達無し。家族無し。恋人勿論無しで、思い出を作る相手も、死を伝えたい人も居なかった。寂しいという気持ちは無い。人と交わる事を嫌った俺なりの生き方だった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆


「ただいまー。ニーオ、お菓子買ってきたぞ。ホラ」
「わぁぁい」

 お菓子に飛びつくその姿は、可愛い幼女そのものだ。最初は『鬼の子』と恨んだものだが、ニーオには自分が死ぬ事を “ 教えて貰っている ” のだ。寧ろ感謝するべきだ。
 それに比べ、残されたその時間を有効に使えない自分が悲しかった。今までどれ程薄っぺらい生き方をしてきたのだろうかと惨めな気持ちになった。

「それなぁに?」

 俺が買い物袋をゴソゴソしているのを興味深そうに覗き込んでくるニーオ。キラッキラのその目が俺には眩しい。

「見たいか?」
「うん!」
「じゃあちょっと待ってろ」

 俺は買ってきた服に着替えて、初めて自分の顔にメイクを施した。

「どうだ?」
「それ、女の人の服?」
「そうだ。1回女装ってもんをやってみたかったんだよな」

 俺は子供の頃から可愛い可愛いと持て囃されて生きてきた。いつかは女装してみたいと思いながらも気づけば35歳で、残りの寿命は2ヶ月ちょっと。チャンスはここしか無かった。

「変なのー」
「え!?」

 いいだろ別に。誰にも迷惑をかけていないんだし。だいたい鬼に人間の気持ちがわかるかよ。

 とは言え、自分では中々イケると思っていただけに俺は傷ついた…………

 そんなやり取りの直後、今となっては耳障りとなった音が部屋に響いた。スマホの着信音。当然の様に画面には仕事先が表示されている。
 どうせ死ぬんだ。仕事なんてもうどうでもいい。寧ろ解放されてせいせいしているくらだ。しかしながら、担当者にはお世話になったし、辞めると一言伝えるのが礼儀だろうか。
    こんな俺にだって良心位はあるつもりだ─────

「あ、もしもし」
『藤田さん、まだですか?!     上司が煩くて。出来てるなら大至急コッチに送ってください!』
「その事なんだけど……俺、もうやりませんから」
『ちょ、どういう事ですか!?    今なんて言いましたか!?』


 俺の仕事は売れない作家だ。趣味で始めた小説のネット掲載がきっかけで、運良く書籍化まで辿り着いた。しかしそれは流行りに乗せて、試しに書いたなんちゃってファンタジーがたまたまヒットしただけの作品で、書籍化後、筆の乗らなかった俺の本は、全く売上を伸ばすことが出来なかった。

「俺が書きたいのはファンタジーじゃないんです。俺はコメディが書きたいんですよ!」
『気持ちは分かるけど、今の時代ファンタジーじゃないと売れないんだよ。先ずは名前を売って、それからでも────』
「それじゃあダメなんですよ!    時間が無いんです!    俺、あと3ヶ月も生きられないんです!!」

 思わず声が震えてしまった。人に気持ちをぶつけ “ 生きられない ” と言葉にした事で、俺の感情は激しく揺さぶられた。

『そ、それ本当なんですか!?    もしかして病気なんですか……?    』
「・・・・・本当、です。病名は……言いたくありません…………」
『そ、そうなんですね……残念です……お、俺から上司に伝えておきます……これから大変でしょうけど頑張って下さい。あの……なんて言っていいか……また、電話しますね』
「すみません。今まで、ありがとうございました…………」


 俺は通話を切るとベッドにスマホを叩きつけた。

「クソッ!!」
「どうしたの?」

 俺は一体何をやっているんだ。こんな格好して余生を楽しんでる場合じゃねぇ。
 ──────そうだ、パソコン!!

 俺はパソコンを引っ張り出し電源を付けると、慣れ親しんだ小説サイトを開いた。

 俺がやりたかった事は───────

「──────あった!」

 自分の作品集の下の方に埋もれていた作品。俺がまだ夢や情熱、そして楽しいに溢れていた時に書いた作品。下手クソだが俺の全てを注ぎ込んだ自信作────、だった。しかしあまりの人気の無さに、いつしか自信を無くし検索除外にしたまま未完となっていた、そんな作品。

 これを……これに俺の人生全てをかけて世に送り出す!俺の生きた証として────


 その日から俺は来る日も来る日も、狂ったようにパソコンと向かい合い合った。プロットの練り直しから推敲作業、ブラッシュアップと、食事するのも忘れるくらい没頭していった────
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