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19.ソフィアの魔法
しおりを挟む場所は変わり、王都から少し離れた山岳地帯。
歩いて大体1時間ほどの地点に、俺たちはレッドウルフ討伐のため訪れていた。
「依頼書によるとこの辺でレッドウルフが大量発生して困っていると、近隣の住人が言っているみたいだな」
依頼書を片手に俺はソフィアにそう話す。
「大変ですね。モンスターが近くにいるというだけで普通に生活すらもできないでしょうし……」
「魔物じゃなかっただけマシだろうけどな」
今のところ、辺りに何かがいる気配はない。
あるとすればカサカサと揺れる木の葉の音と小鳥の囀りくらい。
至って平和だ。
(さてと、モンスターが出てくる前に一つ確認しておかないとな)
俺は足を止めると、近くにあった岩に腰をかける。
「ソフィア、一旦休憩だ。レッドウルフが出てくる前に歩き疲れを取るぞ」
「あ、はい!」
ソフィアも向かいにあった岩にちょこんと座った。
「疲れを取ることは冒険者とって非常に大切なことだ。いざという時に身体が動かないようじゃ話にならないからな」
「な、なるほど……」
「とは言っても、俺は今までクエスト中に休憩なんか取ったことがないけどね」
「そ、そうなんですか? 流石はランスですね!」
「ああ、いや……」
別に俺がすっごく体力があるとかそういうわけじゃない。
ただ単にクエストが簡単すぎて休憩を取るほどじゃなかったというだけ。
だけどまぁ、何か勘違いしているみたいだし、このままにしておこう。
言うのもなんか恥ずかしいし。
「でも、本当の理由はまた別にある」
「本当の理由……ですか?」
実は休憩を取った理由には疲れを取るという意味の他にもあった。
「ソフィア。今から俺に、魔法を見せてはくれないか?」
「ま、魔法ですか?」
「うん。魔法を教えるにはまず見ないと分からないしな」
「教えるって……わたしにですか!?」
「あ、ああ……確か前に言ってたよな? 魔法を教えてほしいって」
例の酒場での出来事。
俺の人生が丸々と変わった転機の日だ。
最初は当然ながら断ろうと思っていたけど、今は状況が違う。
彼女に冒険者とは何たるかを教えることになった今、出来る限りソフィアの力になってあげたい。
「こんな俺なんかの指導で良ければ構わないぞ。とはいっても、本当に教えられることなんて限られているけどな。それでもいいか?」
「ぜ、全然大丈夫です! むしろ感謝を申し上げたいくらいです。ありがとうございます!」
ソフィアは満面の笑みでそう言う。
「よし、じゃあ早速魔法を見せてくれ」
まずは魔法を見て、ソフィアの実力が如何なるものかを知る必要がある。
魔法を教えると言っても俺は彼女の魔法を一度も拝見したことがないのだ。
だから教えると言っても実力が分からないとどの切り口から教えていいのか分からない。
「あ、ちなみに魔法なら何でもいいぞ。得意なものを見せてほしい」
俺がそう付け加えると、ソフィアはコクリと頷き、立ち上がった。
「わ、分かりました。では、わたしが一番得意としている魔法をお見せします。あ、ですがその前に少しだけランスのお力をお借りしてもいいですか?」
「ん、俺の?」
「はい。あそこにある岩を壊していただきたいのです」
と言ってソフィアはここから20mくらい先にある大きな岩を指さす。
どうやらそれを粉々に破壊してほしいらしい。
俺は快く頷いた。
「分かった。あれを破壊すればいいんだな?」
「はい!」
「OK。じゃあ――」
手を前に翳し、指先に魔力を込める。
(あれくらいの岩ならこの魔法でいいかな)
繰り出すは火属性最弱の属性魔法、≪ファイア・ボール≫。
俺はそれを無詠唱で一発――岩に向けて繰り出した。
「―――――!!」
爆発と共に岩は粉々にはじけ飛ぶ。
それはもう気持ちいいくらいに。
するとソフィアが俺の一歩前に出て、
「ありがとうございます。では、これからお見せしますね」
ソフィアは呪文の詠唱を始める。
杖を持たずに詠唱をしているってことは杖なしで発動できる様子。
しかも詠唱スピードもそれなりの速さ。
多分、防具の恩恵が効いているのかもしれない。
ソフィアの身体は次第に蒼白く輝く。
そして魔力が十二分に溜まったところで――ソフィアは最後の呪文を綴った。
「全てを無から解放せよ、≪リターン・リゼクション≫!」
両手を突きだし、発動された魔法は回復魔法だった。
しかもかなり難度の高い、上位の回復魔法だ。
魔法は粉々になった岩の方へと飛んでいく。
するとどうだろう。みるみるうちに岩が元の形に戻っていくではありませんか。
「おお、すげぇな……」
そしてほんの10秒経たずで巨大な岩は元の姿を取り戻した。
「……ふぅ、こんな感じですね」
「やるな、ソフィア! しかも杖なしであれほどの魔法が出せるなんて!」
「そ、そんなたいそうなことじゃないですよ。相当練習もしましたし」
「いや、でもさっきの魔法は≪リターン・リゼクション≫だろ? 回復魔法では上位に位置するものだ。しかも杖なしで……」
感心する俺にソフィアは照れくさくする。
でもこれで彼女が回復術師に向いていることが分かった。
「そういえば、練習ってどれくらいしたんだ?」
ふと疑問に思ったので聞いてみることに。
それにソフィアはすぐに答えてくれた。
「えーっと……大体わたしが魔法を学び始めた時くらいなので一か月くらいでしょうか」
「たった一か月で!?」
これは驚きだ。
初めて魔法を学んで一か月で上位の回復の魔法と杖なし詠唱か。
常人なら考えられないほどの成長スピードだ。
(流石はS判定……とんでもない潜在能力だ)
「他にもできる魔法はあるか?」
「は、はい。ありますよ」
「じゃあ、どんどん見せてくれ。他の魔法も見てみたい」
ソフィアは「分かりました!」と快く返事をすると、次々に習得した魔法を見せてくれた。
そして全部の魔法を見終わったところで、一つだけ気がついたことがあった。
「なるほど、基本的に得意な魔法は回復魔法か。でも、その代わりに攻撃魔法と防御魔法はちょっとあれだな……」
分析した結果、ソフィアは回復魔法に関しては文句なしというレベルまで達していた。
このままでも有能な回復術師として戦地に立てるだろう。
でもその代わりに攻撃魔法と自分を守るための防御魔法が不得意な印象を受けた。
回復魔法と比べれば月と鼈。言い方を悪くすれば、壊滅的だった。
「すみません……どうも攻撃魔法と防御魔法は上手くいかなくて……」
自分でもそれは自覚しているようで、しゅんと項垂れていた。
でもそれは仕方ないこと。
魔法には当然ながら得意不得意がある。
それにソフィアの性格的に攻撃的な魔法は少し難しいような気もした。
「これから克服していけばいいんだからあまり気を落とすな。誰しも最初はつまづいて当たり前なんだからな」
俺も今まで何度も何度も躓いてきた。
特に勉強嫌いだった俺は辛すぎてその内死ぬんじゃねぇかとか思っていたけど、それを乗り越えたことで手に入れたものもあった。
要は最終的には気持ち次第だということ。
どれだけ張り続けられるかの我慢勝負ってわけだ。
「よし、とまぁ……これでソフィアがどれだけ魔法を使えるかは分かった。後は――」
と、その時。
俺は脳に響くような不穏な気配を察知した。
「ソフィア、臨戦態勢を整えておけ」
「ら、ランス? いきなりどうしたのですか?」
俺は目をギョロギョロとさせ、辺りを見渡しながら、ソフィアに伝えた。
「どうやら……囲まれたみたいだ」
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