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第5章 おっさん、優勝を目指す

第103話 シフト

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 試合後、リーフはすぐさま俺の所まで駆け寄ってきた。

「……せ、先生。すみませんでした……」

 敗北したことで相当精神的苦痛がきているようで今にも泣きそうな表情でこちらを見てくる。
 
「……私のせいで、私がもっと冷静に対処していれば……」

 下を向き、いつものような明るい笑顔はそこにはなかった。
 
 励まそうと考えるもその姿を見ていると余計かける言葉が見当たらなかった。励ますにも下手なことを言っては逆効果になってしまうことを恐れていたからだ。
 まだリーフには試合に出てもらう機会がある。というか我がクラスの主力なのだから機能停止はかなりの痛手となる。

 だがこのままでは彼女はずっとこのまま悔やみ続けるだろう。
 俺は多少のリスクを感じながらも彼女の頭に手を乗せる。

「リーフ、お前、いやお前たちはよく頑張った。感謝する」
「せ、せんせい?」

 リーフは目の下に大粒の涙を溜めた顔を静かに上げる。

「いいかリーフ。世の中は上手くいかないことで溢れている。お前が陰で誰よりも頑張っていたことは俺も承知しているつもりだ」
「み、見ていたんですか?」

 そっと頷き、頭に乗せた手を優しく動かし始める。

 リーフは陰の努力者だった。夜遅く、講師陣ですら揃って帰りだす時間帯の時にも彼女はずっと演習場にいた。
 当時仕事が終わらず夜勤続きだった俺はその姿を何度も目にしたことがある。
 そして月の光で照らされた夜の演習場にいたのはいつものような控えめなリーフではなく、真剣な眼差しを向け、顔を強張らせた力強いリーフだった。
 
 普段こそおっとりしていてしっかりかつ温厚なリーフだがその時に見た彼女の姿はまるで別人であった。
 そんな姿を見てしまったからこそ、俺は下手に励ますことができない。もしここで俺が間違った励まし方を敢行すれば彼女のプライドを傷つけかねないからだ。
 俺はただひたすらリーフの頭を撫でた。

 そして俺は一言、

「リーフ、お前がこの数週間で鍛え上げてきた力はこのクラスにとって必要な時が絶対にやって来る。報われない努力などこの世にはないのだ。次の試合も頼んだぞ」

 そう言って俺は静かに彼女を去る。本当はもっと励ましの言葉を言ってあげたい。
 でも、それは今俺がやるべきことではない。今は列記とした戦の最中なのだ。次の競技に考えを切り替えなければ負の連鎖は一向に止まることはない。
 
 だからこそ、上手くいこうがいかまいが即座に次の戦いのことにシフトしなければ勝利への希望すらなくなる。
 
「後味は悪いが今は次に集中せねばならない。そう、勝つために……」




 ■ ■ ■




 決勝戦では一競技ごとにインターバルが設けられており、時間で言って大体15分程度。その間なら休養するなり作戦会議するなりして特にこれといった決まりはない。
 もちろん、俺たち1年A組はその15分を作戦会議に注ぐことにし、待機所に講師陣三人を含め全員集合で次なる競技の作戦を立てていた。

「聖剣ですか!?」
「うむ。彼らの持っていたあの剣、あれは聖剣だ」
「それマジかよ。聖剣っつたらあの聖剣だよな」
「どういうことだよせんせー、何で何も言ってくれなかったんだ!」

 案の定、聖剣と聞いてざわつく待機室。
 もちろん、俺が聖剣についての情報を彼らに言わなかったことには理由があった。

「お前たちには何も考えずに彼らと戦ってほしかった。試合前に聖剣なんて単語を発すれば下手に考え込むだろう?」
「そうであっても事前に知っていれば対策のしようがあったかもしれないじゃんか。まさかの一戦目から圧倒的敗北を味わうなんて思ってもいなかったぜ」

 舌打ちをしつつこう言うガルシアに俺は、

「ならガルシア一つ聞くぞ?」
「な、なんだよ」
「お前はあの試合を見て何か学ぶことはあったか? 対策は見つけられたのか?」
「そ、それはどういう意味だ」
「単純な話だ。勝つための策は見えたかと聞いている。お前はあの試合をじっくりと見ていたな? ならば何か気づくこともあろう」

 そう言われるとガルシアは急に黙り込んでしまった。顔を険しくし、歯ぎしりを立て貧乏ゆすりが激しくなる。
 
「ん、ないのか?」
「ちっ……」
「ふむ。まぁ普通はそういう反応になる。すまなかったなガルシア、いじめるつもりはなかったのだが」
「くっ……」

 不本意な表情を浮かべ目をそらすガルシア。
 そんなやり取りを横で見ていたフィオナは俺に向かって手を挙げ、

「あの、先生。先生は何か対策を考えていらっしゃるのでしょうか? 恥ずかしながら私は全く思いつきません。空術の試合はしっかりと見ていたつもりなのですが……」

 フィオナは正直に自身ではまったく考えが浮かばないことを話す。だがそれが普通であり、俺が望んでいた答えでもあった。
 そりゃ相手は伝説級特殊武具レジェンダリ―アーマーの一つである聖剣を使う猛者たちだ。そのような雲の上の存在に等しい集団の相手をしていれば考えが詰まるのも必然的。
 
 考えが出るとすればその力さえも超越するもの。そう……例えば俺たち神魔団のような存在だ。
 俺の頭の中には既に聖剣集団に勝つためのビジョンが出来上がりつつあった。
 勝てる見込みもある。

 後はこのA組全員が俺の作戦にどう適応してくれるかが肝だ。そして限りなく正解へと近づけるか否かも彼ら次第と言える。
 ここから彼らの心境がどうシフトしていくのか。

 良い方向か悪い方向か……それは俺でも分からない。
 だが確信していることが一つだけある。

 それは決して勝てないような相手ではないということだ。
 あの十人の聖剣使いを見る限り、彼らは聖剣という武具がどういうものか知らないということは理解できた。
 そしてその瞬間を悟ったのはあの聖剣集団の一人であるスキンヘッドの男子生徒が見せた聖剣を呼応させる能力は【コネクト】と呼ばれる特殊型身体強化系の魔術だ。

 そもそもの話、聖剣というのは相手を切り裂いたりするものでも契約の代償の代わりにその能力を自分へと還元させる……というものでもない。
 あの剣たちは正確に言えば権力が形となって具現化したもの、大雑把に言えば確固たる支配者の象徴として作られたのが始まりである。

 あの絶大な能力が秘められているのも権限を持つ者の絶対支配を民へと見せつけるため。
 なので誤った使い方をすれば自動的に能力は収縮されていく。逆に正しい使い方を知ってしまえばこれほど恐ろしい武具はないとまで言い切れてしまうほどだ。

 だがどうやら彼らはその正しい使い方とやらを知らないご様子。なので実質上、彼らが扱っているあれは聖剣というよりかはちょっと強力な魔力が込められた魔法の剣と言った方が正しい。
 
 だからこそ負ける気が全然しないのだ。
 
『―――次戦開始まで残り5分を切りました。両チームは準備を整えた上、アリーナへと集まってください』

「おっと、もうそんな時間か」

 警告のアナウンスが待機所に流れる。
 俺はこの15分で彼らに出来る限りの情報を与えた。
 そして次からは―――

「勝ちに行くぞお前ら! 気合い入れていけ!」

「「「「「はい!」」」」」

 クラス内士気は上々。その甲斐もあって先ほどまで気持ちの落ち込みを見せていたリーフも回復したよう。
 次なる競技は身体と身体のぶつかり合い、体術競技だ。
 
 俺たちは再度気持ちを切り替え、大観衆の見守るアリーナへと戻っていく。
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