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第4章 おっさん、祭りに参加する

第76話 求めるもの

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「……んん」
「ん? 気が付いたか?」
「ふえっ!? わ、私は……」
「一時間くらい眠ったままだったぞ。相当ギリギリだったんだな」
「……一時間? 私は一時間も先生の膝の上で寝ていたんですか?」
「あ、ああ……さすがに地面に寝かすのも可哀想だと思ってな。それがどうしたんだ?」

 オルカの顔は一気に真っ赤に染まる。沸騰したお湯のように湯気まで出ているくらいだった。
 そして無駄におろおろとし、顔を隠し始める。

「お、おい……大丈夫か?」
「だだだ、大丈夫ですっ!」

 真っ赤に染めた顔を隠しながら慌てて答えるオルカ。

(まだ体調が悪いのか……? 顔も赤いようだし……)

「顔、赤いぞ? 本当に大丈夫か?」

 心配になってもう一度聞いてみる。しかしオルカは何も言わず首を縦に振るばかりだ。
 ま、まぁ……大丈夫ならいいか。

 俺とオルカはしばらく演習場の端の方に座り、身体を休めていた。
 すると、

「やっぱりレイナード先生は強いですね。全然歯が立ちませんでした」

 俯きながらこう話すオルカ。その表情からは悔しさを滲ませるような感じが伺えた。
 
「……いや、オレも今回お前と戦って似た意見を持ったさ」
「え? それはどういう……」
「とんでもない子がいるもんだなと。正直、オレも焦った場面があった」

 俺は正直にオルカに打ち明ける。彼女の強さは本物だ。嘘偽りなく純粋な強さがそこにはあった。
 それが年を重ねたとはいえ元神聖魔術団のナンバーワンを張っていた俺が押されたんだ。十分な証拠だろう。
 対人、しかも一対一で初めて自分を驚かせた相手がまだ初等部の小さな女の子とは……

(俺ももう年なのかもな)

 全盛期のような戦い方はもうできなかった。年を重ね、体力がなくなっていることを実感する。
 どんなに魔術を放っても疲れなかった俺が今は少し身体が重い。ある意味疲れと言った感覚を味わったのも初めてかもしれない。
 するとオルカは少し寂し気な表情でこう言った。

「……私は自信を持って良いのでしょうか?」
「自信?」
「はい。今のままで本当にいいのかなって思う時があるんです。皆さんは私のことを凄く褒めてくれるし羨ましいとも言われたことがあります。でもそれが自分の中で甘えを生んでいるような気がするんです」
「甘え……か」

 確かに人はある一定の結果を出し、周りからチヤホヤされ始めると自分を過大評価してしまう。
 それが錯覚を生み、破滅の道へと歩んでいくのだ。かつて俺が戦った魔王幹部の一人もそんな感じだった。自分の力に溺れ、幻想を抱き、それを超えるものが現れてしまった時の絶望感によって自身の破滅を招いた。人は一度そうなってしまうと絶望からは中々抜け出せない。自分の信じていた力がその超えられし力によって見事に粉砕されるからだ。

 彼女はもうこの年で自身の未来を危惧している。そこに関しては当時の俺とは正反対な物を持っていた。
 不安な表情をするオルカ。俺はオルカの頭に手を乗せる。
 そして一言。

「オルカなら大丈夫だ」
「……えっ?」

 顔を上げ、俺の目を見る。
 じっと俺を見る彼女は決して目をそらすことはなかった。
 そして、

「オルカはもう先を見据えるほど自分を良く知っている。その年頃でそれができるのは恐らくお前くらいしかない。自信を持て。甘えていると思うなら自分で自分を厳しくすればいい。そうだろ?」
「自分で自分を厳しく……」
「そうだ。人が認めても自分は決して認めない。自身が己の力に満足してしまったらそこで成長は途切れる。甘やかされて錯覚を起こすのも同様だ」
「そう……そうですね!」

 自分の中で意見がまとまったのだろう。先ほどまで疲労でぐったりとしていたはずの人間が蘇ったかのように立ち上がる。
 
「ありがとうございましたレイナード先生! そう自分に言い聞かせてこれから頑張ります!」
「ああ、その意気だ」
「よ~し早速、大書庫で……」
「ちょっとまった」
「へ……?」

 俺は自身の懐中時計をオルカに見せる。
 もう時刻は夜の19時前を指していた。

「今日はもう帰れ。なんでも勉強すりゃいいもんじゃない。休んでリラックスするのがなんだかんだ言って一番大事なんだ。何するにしても身体は資本だろ?」
「……な、なるほど。確かにその通りです!」
「だからもう帰れ。また明日から頑張ればいいさ」
「わ、分かりました! そうします!」

 そういうとオルカは一言礼をした後、深々とお辞儀をし早々に去っていった。
 
「……にしても惜しい子だ。もう少し時代が早ければ神魔団に入っていたかもな」

 あの小柄な身体から生み出される絶大なパワーには感じるものがあった。そして俺自身も初めての経験をたくさんした。
 追い込まれたときの心情や焦り、そして危機感。一方的に相手を圧倒していた俺には一生縁のないものだと思っていたがそれは違ったようだ。

(ふっ、今後が楽しみだな)

 誰かと拳を交えたことで今まで溜まっていたストレスが少し発散されたような気がする。
 やる気が出ず、眠っていた脳も今やバッチリと稼働状態だ。

「……さて、オレはオレの仕事をしますかね」

 魔技祭までもう時間は残りわずかだ。
 俺は魔技祭での戦術を練るため、一人講師室へと向かったのだった。
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