96 / 106
好奇
しおりを挟むさすが王国一の魔女が用意しただけある…
ライラは興味の無い振りをしながらも、チラチラと王国の小物に目をやるミリアムを見て感心していた。
だが、そうでなければ連日連夜寝不足になった甲斐が無い。
緻密な絵柄の陶器で出来た小物入れ、化粧品、刺繍、王国風の髪飾りや、ドレスカタログ…女性なら手に取って眺めたいものばかりだろう。年頃なら、尚更…
「どうぞ、お手に取ってご覧ください、ミリアム殿下」
ライラがそう言うと、ミリアムはライラを睨みつける。
全く可愛い顔して本当に素直じゃない…
だが、ライラが言ってる事はよく理解しているようだ。
ライラへの反抗心からミリアムはライラの言う事に従わない事に心血を注いでいる。故に、言ってることも理解し始めている。
皮肉にも本人が気付いているかいないかは別にして、これはこれで成果にはなっている。
「これは…」
とライラが刺繍を手に取った時、扉がコンコン、とノックされた。
ライラが返事をすると、ミリアムの使用人が顔を出す。
ライラは少し首を傾げると、使用人はいそいそとミリアムの側に駆け寄り、何かを耳打ちした。
途端にミリアムの顔がパッと明るくなり、笑みを浮かべる。
『すぐお通しして!』
ライラの許可も無くミリアムがそう言うと、使用人はライラに少し気まずそうな視線を一瞬寄越して、退室する。
ライラは呆れて目をぐるりと一周させた。
『失礼します…』
だが、その声はライラの知っているものでは無い。
『お兄様…!』
ミリアムが振り返る先にいたのは、黒髪に黄金色の目を持った、麗しくも線の細い高貴な少年、いや男性だった。
お兄様…と言うことは…
第三皇子バイラム殿下…?
ライラは直ぐに恭しく頭を下げる。
『そんなに固くならないで。
ミリアムが最近王国の事を勉強し始めたと聞いて、僕もちょっと興味が湧いたんだ。邪魔してすまない』
バイラムは両手を胸の前で小さく掲げて、ライラにそう言った。
『バイラム第三皇子殿下にご挨拶申し上げます』
『王国から来たそうですね。ラティマの家に居たとか…あそこの人間は皆面白いでしょう?特に、イルデブランド様は…』
バイラムはそう言いながら笑みを隠すように口元を押さえる。
『…大爺様、イルデブランド様には驚かされるばかりでした。ですが、とても博識で聡明な方でいらっしゃいます』
確かに、大爺様を思い浮かべれば誰にも笑みを浮かべるだろう。種類は様々あるだろうが…バイラムの笑みは悪い意味では無い。
『頭が良すぎるというのも、中々…凡人には理解できぬことですからね』
バイラムはくっくっと肩を揺らした。
『僭越ながら、ミリアム殿下に王国の手解きをさせていただいております、…っ』
ライラは名乗ろうと思ったが、その後が続かない。名はあるが、家名はなんと名乗ればいいか迷ったからだ。
マルガリテス…?いや、トロメイ…?
だが、トロメイを名乗るのは…と腰が引ける。
『バイラム殿下、先ほどお話ししたライラ殿です。ライラ殿はトロメイの遠縁にあたります』
バイラムの後ろに、一段と背の大きな人物が音もなくスッと控えた。
ミリアムが小さく甲高い悲鳴を、短く上げる。
あの日以来だ…とライラは思わず頬が紅くなりそうになった。
だが、今はそうしている場合では無い。
『トロメイの?王国からいらした上にエルメレでも有数の貴族と血縁があるとは…』
バイラムは目を見開いてライラを見た。
『敬称が付いておられないので、確かに遠縁でいらっしゃいます。エルメレの民ですが…王国で過ごされた期間が長いのです』
レオの言い方は、なんとも上手く真実を誤魔化している。だが、確かに嘘は言っていない。
『トロメイの女性は勇ましいと聞く。確かに聡明で、ご立派だ』
バイラムは優しい笑みを浮かべた。
『レオ様も今日はこちらに?なんと嬉しいご訪問でしょう!』
ミリアムがキャッキャとして、椅子を揺らす。その様子は年相応の素直で可愛らしい動作だった。
「ミリアム殿下…キアラ様からのご命令で私がミリアム殿下にお話しする折は王国の言葉を使うように、と仰せ使って参りました。何卒、ご容赦ください」
レオは少し気まずそうに、そしてゆっくりとミリアムにそう言う。
ミリアムも意味を半分程理解したのか、顔を歪めてなぜかライラを見た。
「…」
慌てて否定しようと思ったが、ライラの後ろにキアラが付いてると思われた方が都合が良いので、ライラはわざとらしく目を泳がせてみる。
『ミリ、何事にも学びはある。真面目に取り組む事だ。姉様は意味の無いことはなさらない。ただ、オナシス卿の時のようにはいかないぞ。相手はトロメイの女性なのだから』
バイラムがニッと笑みを浮かべると、オナシス卿の名を出されてミリアムは顔を気まずそうに逸らし、少し小さくなった。
「…王国のものですか?手の凝った、素晴らしい品々ですね…」
レオがミリアムの机に広がる品物に目をやると、ミリアムが何かドギマギと言葉を返した。
その時、レオは一瞬だけライラに視線を移した。
目が合うと、ライラはビクッと肩を震わせてしまう。
それが可笑しかったのか、レオはミリアムと言葉を交わしながら、柔らかな笑みを浮かべてあくまで自然に表情を誤魔化した。
『ミリアムの相手は大変でしょう?世話を掛けます』
バイラムがライラの隣にやってきて、小声でそう囁く。
『恐れ多い事です。この上無い名誉です』
ライラの声のトーンが低いのは嘘をついてる訳では無い。決して…
『母上と…特に父上がミリを甘やかして育ててしまったので。ですが、根は小心者で怖がりなのです。反抗心は不安の現れ…どうか大目に見てやってください。
姉様もオナシス卿の時のことがあるので…今回は少々手荒い手段に出たが…』
ライラとバイラムはたどたどしく話すミリアムを見る。頬を染め、一生懸命に話そうとする姿は確かにいじらしく、まだ幼く年若い娘の姿だ。
小心者で怖がり…
なぜこういったことが今自分に必要なのか、ミリアムは知らない。疑っているがのらりくらりと誤魔化され、確信を持てていない。
それが余計怖いのだろう。
王国へ嫁がされるのかもしれない…
豪華絢爛な宮殿で何不自由無く育てられた箱入り娘が、突然皇族としての努めだと異国へ放り投げられるのは、確かに酷な事だ。
溺愛されたが故、その反動も大きい。
しかも、レオを慕っているにも関わらず…
ミリアムの華奢な背中には様々な思惑や期待がのしかかっている。
ミリアムがある日ポッキリと折れない事を祈るばかりだ…
『…イルデブランド様は今何にご興味があるんです?』
バイラムは穏やかにライラにそう聞いた。
レオとミリアムは順調に話を進めているようだ。今は邪魔すべきでは無い、というのはライラも賛成だった。
『畑仕事に精を出されてます。特に、観賞用の赤い実を食用に市井へ広げられないかと品種を改良したりして…』
『赤い実?…あの悪魔の実をっ!?あれは毒があると聞いたが…』
バイラムは驚いた顔をして上体を仰け反らせる。
『美味しいですよ。瑞々しく塩にも砂糖にも合いますし、小麦料理にもよく合って…』
『ライラさんも食べたんですか!?』
バイラムがまた目を見開いて更に上体を仰け反らせる。
ライラさん…初めて呼ばれる呼び方だが、なんだかしっくりした。様とか殿とか付けられるようなご身分では無いからだ。
『まこと、あなたは古のトロメイの女を彷彿とさせる…』
バイラムは驚きつつも関心したように艶のある黒髪を揺らし、何度も頷いた。
『毒性があると勘違いされてますが、毒などありません。イルデブランド様もご自身で証明済みです。喉が渇いた時なんかは本当に美味しいですし、乾燥させても使えるので日持ちもします』
ライラがそう言うと、バイラムは顎に手を当てて暫く何かを考え込む。
『ライラさんも生きておられるのでそれは確かだ。…私も今度食べてみたい。いや、その前に育ててみたいものだ』
バイラムが目を輝かせてそう言った。
遂に…うっかり、あの悪魔と呼ばれる赤い実が、見て愉しく、味わって美味しい事を漏らしてしまった。
しかも、相手は皇族だ。
ウーゴが額の汗を拭いながら、ギョッとする顔が目に浮かぶ。
ラティマ家に今後混乱が起こるとして、ライラは自分がいかに関わっていないか言い訳を探す必要がある。
ただでさえ寝不足なのに…
熟睡できる日はまた遠のいて行った。
2
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
【完結・全7話】「困った兄ね。」で済まない事態に陥ります。私は切っても良いと思うけど?
BBやっこ
恋愛
<執筆、投稿済み>完結
妹は、兄を憂う。流れる噂は、兄のもの。婚約者がいながら、他の女の噂が流れる。
嘘とばかりには言えない。まず噂される時点でやってしまっている。
その噂を知る義姉になる同級生とお茶をし、兄について話した。
近づいてくる女への警戒を怠る。その手管に嵌った軽率さ。何より婚約者を蔑ろにする行為が許せない。
ざまあみろは、金銭目当てに婚約者のいる男へ近づく女の方へ
兄と義姉よ、幸せに。
『わたくしを誰だとお思い?』~若く美しい姫君達には目もくれず38才偽修道女を選んだ引きこもり皇帝は渾身の求婚を無かったことにされる~
ハートリオ
恋愛
38才偽修道女…
恋や結婚とは無縁だと納得して生きて来たのに今更皇帝陛下にプロポーズされても困ります!!
☆☆
30年前、8才で修道院に預けられ、直後記憶を失くした為自分が誰かも分からず修道女の様に生きて来たアステリスカス。
だが38才の誕生日には修道院を出て自分を修道院に預けた誰かと結婚する事になる――と言われているが断るつもりだ。
きっと罰せられるだろうし、修道院にはいられなくなるだろうし、38才後の未来がまるで見えない状態の彼女。
そんなある夜、銀色の少年の不思議な夢を見た。
銀髪銀眼と言えばこの世に一人、世界で最も尊い存在、カード皇帝陛下だけだ。
「運命を…
動かしてみようか」
皇帝に手紙を出したアステリスカスの運命は動き始め、自分の出自など謎が明らかになっていくのと同時に、逆に自分の心が分からなくなっていき戸惑う事となる。
この世界で38才は『老女』。
もはや恋も結婚も無関係だと誰もが認識している年齢でまさかの皇帝からのプロポーズ。
お世継ぎ問題がまるで頭に無い皇帝は諦める気配がなく翻弄される中で自分の心と向き合っていく主人公は最後に――
完結済み、
1~5章が本編で、
6章はこぼれ話的な感じで、テネブラエ公話が少しと、アザレア&レケンス姉弟(主にレケンス)話です。
*暴力表現、ラブシーンを匂わせる表現があります。
*剣、ドレス、馬車の緩い世界観の異世界です。
*魔法が普通ではない世界です。
*魔法を使えた古代人の先祖返りは少数だが存在します。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~
富士とまと
恋愛
リリーは極度の男性アレルギー持ちだった。修道院に行きたいと言ったものの公爵令嬢と言う立場ゆえに父親に反対され、誰でもいいから結婚しろと迫られる。そんな中、婚約者探しに出かけた舞踏会で、アレルギーの出ない男性と出会った。いや、姿だけは男性だけれど、心は女性であるエミリオだ。
二人は友達になり、お互いの秘密を共有し、親を納得させるための偽装結婚をすることに。でも、実はエミリオには打ち明けてない秘密が一つあった。
影の王宮
朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。
ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。
幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。
両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。
だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。
タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。
すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。
一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。
メインになるのは親世代かと。
※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。
苦手な方はご自衛ください。
※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>
長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完結】わたしの好きな人。〜次は愛してくれますか?
たろ
恋愛
夫である国王陛下を愛した。だけど彼から愛されることはなかった。
心が壊れたわたくしは彼の愛する女性の息子へ執着して、わたくしは犯罪を犯し、自ら死を迎えた。
そして生まれ変わって、前世の記憶のないわたしは『今』を生きている。
何も覚えていないわたしは、両親から相手にされず田舎の領地で祖父母の愛だけを受けて育った。だけどいつも楽しくて幸せだった。
なのに両親に王都に呼ばれて新しい生活が始まった。
そこで知り合った人達。
初めて好きになった人は……わたしを愛していなかった陛下の生まれ変わりだったことに気がついた。
今の恋心を大切にしたい。だけど、前世の記憶が邪魔をする。
今を生きる元『王妃』のお話です。
こちらは
【記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです】の王妃の死後、生まれ変わり前世の記憶を思い出す話ですが、一つの話としても読めるように書いています。
平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
ねがえり太郎
恋愛
江島七海はごく平凡な普通のOL。取り立てて目立つ美貌でも無く、さりとて不細工でも無い。仕事もバリバリ出来るという言う訳でも無いがさりとて愚鈍と言う訳でも無い。しかし陰で彼女は『魔性の女』と噂されるようになって―――
生まれてこのかた四半世紀モテた事が無い、男性と付き合ったのも高一の二週間だけ―――という彼女にモテ期が来た、とか来ないとかそんなお話
※2018.1.27~別作として掲載していたこのお話の前日譚『太っちょのポンちゃん』も合わせて収録しました。
※本編は全年齢対象ですが『平凡~』後日談以降はR15指定内容が含まれております。
※なろうにも掲載中ですが、なろう版と少し表現を変更しています(変更のある話は★表示とします)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる