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宵の誘い

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『宴は五日間続きます』

 客人が泊まるであろう屋敷の中で、アクイラがライラにそう告げた。
 
『5日間ですね…はい……いっ5日間!?』
 ライラはどっと襲ってきた疲労に頭は冴えないが、宴が1日で終わらないと聞いて不敬にも大きな声を出してしまった。
 
 どうも疲れると口元が緩む。
 

 その様子に、アクイラ卿は小さなため息を吐いた。


『土地柄ですので。5日5晩ですから、お好きな時にお休みになられるのが良いかと。あとこちらの酒は少しクセがあり強い物も多いので飲まれない方が良いと思いますが…。
 ライラ様の自由です』
 
 要は…よくよく気を引き締めて臨め、と言う事だ。


 
『気になっていたのですが、あちらのお品物は?』
 ライラが目をやる先には、絨毯のような美しい包みに包まれた大小の箱が小山を作っていた。

『トロメイへの祝いの品です。皇室からの物もあります。こちらでは贈り物は絨毯で包むのです。
 …あなたも、包むべきでしたでしょうか?』
 
 そう言えば、と思いついたかのように形の良い眉を上げて揶揄う男に、どんな笑みを返すべきか…

 まさか本当に包んで置いていかれるなんて事は無いと信じている…

 
『とはいえ、今回はそうするようには申しつかっておりません』

 揶揄ってきたと思ったら、直ぐにアクイラはさも興味の無さそうな素振りを見せる。


 
『…では、またの機会に致しましょう』
 ライラの言葉に、ふっとアクイラは笑みを浮かべた。
 
『…良き護衛も港で得た故、そこまで心配はしておりませんが、どうやら違う思惑もある様ですので…くれぐれもご用心下さい』
 
 テレサが荷解きをしながらも、レイモンドを見やり、レイモンドもアクイラ卿とテレサを見た。
 
 テレサとレイモンドは皇女の側室の手前、発言するのも控えている。
 だが言葉の意味は分かった様だ。
 
 
 宴、はもはやただのどんちゃん騒ぎであった。

 酒や豪勢な料理がふんだんに振る舞われ、最初こそ様々な重要な客人達がライラ一行に挨拶に来たが、その後は好き放題に盛り上がっている。
 
 大きな絨毯の上に幾つもの長机が置かれ、机の上は多種多様な豪勢な料理が永遠に空にならない。
 使用人達は休まず酒を注ぎ、彼方此方と走り回っている。
 
 
 ヤースミンは席に着くとライラを掴んで離さないが、高齢のため30分程で退席してしまった。
 そうなると、いよいよライラもする事が無い。

 あとは注がれ続ける酒が問題ではあるが、テレサが気を利かせてグラスを替え、自分で飲むか、さっと外で捨てていた。
 
 本当に良く出来た人だと感心するが、いかんせん酒の量が多い。
 
 あのテレサも既に顔を赤らめている。

 頼みのレイモンドは遠くで何やら絡まれて…いや仲良く顔を赤らめて酒を飲み交わしている。
 既にライラの事は眼中に無いように思えるが、きっとこれもレイモンドの処世術と信じて見守るしかない。

 アクイラ卿の周りは一族の守りが固いのであまり影響は無いが、ギュルやハーレが張り付いていた。


 
 注がれる酒の匂いだけでも、かなり強いというのはライラにもよく分かった。
 
 だが、飲めぬ訳でも無いし…
 と手を伸ばした時、白い丸薬を乗せた手がぬっと目の前に現れた。

 
『こちらの酒はエルメレでも強いものです。特にお祝い事の乾杯に使われる酒は、酷く酔います。呪術や祭儀に使われる物なので。
 後ろの女性にも飲ませた方がよろしいでしょう。ライラ様も』
 腰を屈めたデュマンが、ライラにそう言った。
 
 エルメレの伝統衣装は帝都の方とはまた少し違うが、デュマンも深い青のゆったりとした上品な衣装を身に付けていた。
 
『これを飲んでおけばさほど酔いません。私もこの通りです』
 
 果たして、どこか影を帯びるこの男を信用出来るのか…


 
『……失礼致します』
 何かを察したデュマンは笑みを浮かべたまま、自らの掌に載せた丸薬を口に放り込むと、噛み砕いて喉を動かした。

 中々手を伸ばさないライラに、害は無いと証明したらしい。

 両眉を上げたデュマンが、腰に吊るした小袋からもう一度丸薬を取り出す。

 
 どちらにせよ、テレサの状態を見れば、もうライラが酒を飲む道は避けられない。
 
 これだけ人が多いのだから、下手な真似は出来ないだろう。


 
 噛んでお飲み下さい、とデュマンが言うので、その丸薬を1つ噛み砕いて飲み込む。すっきりとした口通りで思いの外飲みやすかった。
 
 もう一つはあちらの女性に、と言われるまま赤い顔でボーッとした顔をするテレサに飲ませる。
 
『酒を飲んだ後でも幾分マシになりますが、水を持って来させます。ライラ様は是非、私と一杯』
 
 デュマンがライラの隣へ椅子を持って来させて腰掛ける。

 
 踊りや歌が続き、その喧騒のせいで会話をしても全く聞こえないが、却ってその方が気楽で良い。
 
 確かに、あの丸薬はよく効くようだ…飲んでもさほど目が回らないのは、酒を口にして初めて実感出来きる。

 デュマンに謂われの無い疑いの眼差しを向けてしまった…と少し胸がチクりとした。

 
『ありがとうございました。お陰で宴を楽しめそうです』
 と喧騒の合間にライラがデュマンに言う。

 周りの音が大きいため、嫌でも顔を近づけなければ話す事は難しい。
 ライラが少し警戒を解いたと感じたのか、デュマンはまたニコリと笑みを浮かべた。


 
 だが、その麗しい笑みに、どうしても暗い影を探してしまう。
 ヤースミンと面会した時に見た、あの暗い海の目を思い出すからだ。


 
 デュマンは徐に席を立つ。

 すると、ライラにぐっと顔を近づけた。


『明日なのですが、よろしければこの辺りを見て回りませんか?弟のエルデムも共に』
 耳元で囁かれるとこそばゆいが、避けるほどでも無い。
 
 
 断りづらい申し出だ…丸薬を貰った手前、酒のせいにも出来ない。
 弟も…という所にまた強かさを感じる。
 
 宴が5日間終わる事は無いとして、この誘いを受けるのは正解なのかどうか、頭が働かない。デュマンの立場やギュル達の思惑をいまだに推し量っているのに…
 

 陽気な音楽がやけに心地よい…
 
 これは本当に酔っていないのか?



 
 いつぞやのビールのように、踊り出さないように気をつけよう
 
 ライラを抱き抱えて、家へ送り届けてくれる人は居ないのだから
 
 
 
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