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懐古

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 ラティマの屋敷は大きく分けると2棟ある。
 1棟は大爺様、ウーゴ夫妻、もう1棟がマルコ夫妻の屋敷らしい。
 美しく整えられた庭の向こうには小さな離れがあって、そこには大爺様の趣味の畑があるとカメリアが道すがら教えてくれた。
 
 ライラが世話になるのはマルコ夫妻の屋敷だ。
 ライラがああ言った後、周りの反対を押し切って本当に塩を掛けて食べてみせた。

 何の事は無い、前世でトマトと呼ばれたものだ。

 皇室からの客人に何かあったら…とウーゴが取り乱したが、大変美味しく喉も潤った。
 だが屋敷の中へ案内されてからもカメリアはなんとなくライラと距離を取り、だが注意深くその様子を見ている。

 
『お姉ちゃん…何とも無いの?本当に美味しかった?』
 とマリカに聞かれたが、カメリアはシッ!とカメリアを黙らせる。
 
 
 あの赤い実、こちらで言う悪魔の実はライラには食用にしか見えないが、花壇にはまだ少しだけ植えられている。
きちんと観賞用に植えられていると確かに綺麗だった。
 
 
『…実を鳥がつついてるのを見てな。
 野生に生きる鳥は食べ物には貪欲だが毒を食らう程馬鹿では無い。突いてるのを見かけても、以前はなんとも思わなかったが…思い込みや無知は人の習性。
 後先短い身なので試してみようと思うたら、美味でな。これは育てやすいしよく増えるから市井にも広めたいんだが…』
 ライラが赤い実を美味しそうに頬張ると、大爺様はライラにそう言った。
 
 なるほど…ラティマ医師はクレイグと仲が良いが、こうした発想の人が側にいれば免疫も付くだろう…とライラは別のことを考えていた。
 
 確かに食用として広まれば、手軽に食べれる美味しい食材が増える…
大袈裟かもしれないが、貴族にも市民にとっても身近な食材になりうるかもしれない。
 前世夏帆が生きた世界のように。
 
 
 とはいえ…とりあえず今は大爺様以外の人と打ち解けなければならないが…

 残念ながら、ただでさえ少ない荷物に話の種になるような品はなく面白味のある物は無い。王国の物なぞ僅かだ。
 どうするべきかライラが考えていると、こちらです、とカメリアが滞在する部屋の扉を開ける。
 
 
 通された客人用の部屋は1人には充分過ぎる広さで、どこに身を置こうか悩む程だった。
 暖かな色合いで纏められたとても素敵な部屋で、センスの良さを感じる。
 
 少ない荷物を整理し、被っていたベールを外す。
風を感じたくて窓を開けると、同時にノックの音が響いた。
 
『…お茶とお菓子をお持ちしました』
 使用人では無く、カメリアだ。
 ライラの容態が気になって仕方ないらしい。
 
『カメリア様自らお持ちいただくとは、申し訳ありません』
 ライラが扉を開けて、盆を持とうとするが、カメリアが一歩引いてそれを阻む。
『ライラ様はフィデリオ皇子様よりお預かりした大切なお客様です。どうぞ、お気になさらず』
 カメリアはそう言うと、三、四人程が座れるソファに向かい、テーブルにコーヒーと焼き菓子を置く。
 
 やはりこちらではコーヒーだ…苦みのある香ばしい薫りがなんとも気分を落ち着かせる。
 
『お父様ももう時期いらっしゃいます。ライラ様のお体の様子を診たいとか…』
 怪我の事なのか赤い実の事なのか、はたまたその両方だろうか。

 
 何か視線を感じる…とライラが扉の方を見ると、壁と扉の隙間から四つ、可愛らしい瞳が興味津々にこちらの様子を伺っている。
 
『マリカ、ニノ、何をやっているのです』
 カメリアが叱っても、2人は覗くのをやめない。2人を見ていると、ライラはアレシアとクレイグの娘達を思い出した。

 もう姪と呼べないのはやはりどこか悲しい。
 生きるために自分でその道を選び、全て捨てて諦めて来たのだから悲しむ資格があるのか、それは自分でも分からない。
 覚悟、とは本来そういうものなのだろう。
 
 またいつか…どこかで…という淡い希望を抱くのはまだ覚悟が足りていないのだろうか
 
 子供ならきっと、ライラの事も忘れてしまうのだろうか…産まれて来る3人目の子とは会う事も無いのだろう
 
 そう思うと胸はジン、と僅かに痛むのだ。
 
 
『ライラ様は…私達より少し肌が明るいです…それに、なんだか不思議な感じがするのです』
 マリカが子供らしい高い声でそう言った。
『これ、失礼な事を言ってはいけません。申し訳ありません、ライラ様』
 カメリアがすぐに謝るが、蛮族とよく後ろ指指されていた身からしたらこの程度どうとでも無かった。
 
 確かに肌の色で見ればエルメレでは明るい方かもしれない。
 小麦肌だが、フィデリオやキアラ、レオもそこまでの濃い褐色でも無いのであまり気にならなかったが、より褐色の人の方がエルメレでは多いのだろう。
 
 
『…マリカ様、ニノ様もご一緒にお茶しませんか?よろしければカメリア様も。私は皆さんとお友達になりたいのです』
 ライラがそう言うと、マリカとニノは顔を綻ばせて、母であるカメリアの顔色を伺う。
『よろしいのですか?』
 とカメリアが少し躊躇したが、笑みを浮かべてライラは頷いた。
 
 姪達に会えない…親しい人達にはもう2度と…その寂しさを紛らわしたかった。
 
 もうライラには家族は居ない。
 
 だが、寂しいと思える程に、思い出はきちんと胸の中にある。自分を支えてくれる思い出が。ザイラとして生きた証が。
 
 
 
 
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