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哀願 ※一応R15です。クレイグとアレシアのお話です。

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 まだシンとした真夜中、クレイグはパっと目を覚ます。

 時計を確認すると午前2時だ。
 ムクっと起き上がると隣に眠る天使のような美しい女性の様子を隅から隅までまじまじと観察した。
 
 熱は無い。
 脈も正常。
 呼吸も問題ない。
 
 生きてる。
 
 それを確認すると、本棚の隙間に隠す様にしまってあるメモ用紙を取り出し、時刻や様子を書き記す。
 一通り書き終わると、また同じ場所へ戻した。

 また2時間後、同じ事をする。
 
 毎夜、2時間毎にクレイグはこれを続けていた。
 
 そしてベットに戻ると、寝ている最愛の妻を後ろからそっと、だがしっかりと抱きしめてその髪に顔を埋めた。
 
 生きてる
 
 そう確認して安堵すると、最愛の妻の香りに包まれて微睡む。
 クレイグはこの瞬間はまるで天国にいるように幸せで、永遠にこの時間が続けば良いと思っている。
 だが、それと同時にこの瞬間も何もかもが全てが消え去ってしまう事を、とてつも無く恐れている。
 
 
 
「クレイグ…?」
 
 アレシアは編み物をしながら窓辺に置いたフカフカのシングルソファーに座り、陽光を浴びながら編み物をしていた。
 
 真っ白な肌は光に反射し、金色の髪はキラキラと輝いて、天使と言われても疑わないその美貌の持ち主は、夫が部屋に入ってきた事に気付き、顔をドアへ向ける。
 ただその顔はやつれ、顔色も血の気がない。
 
 それでも、極上の微笑みを浮かべながら夫の名を呼んだ。
 
 
 
「…アリー」
 
 クレイグは片手をソファの背もたれに乗せ、後ろから覗き込むようにアレシアを見た。
 
 アレシアは先程までの微笑みを曇らせ、編み物の手を止めて毛糸を足元の籠に入れる。
 スッと片手を伸ばしてクレイグの頬に添えた。
 
「あぁ…クレイグ…顔色が悪いわ。
 お願いよ、ちゃんと食べて」
 
「君が食べれないなら、僕も食べない」
 
 アレシアの悪阻は重かった。
 3度目にして1番。
 
 お腹の中の赤子が貪欲にアレシアの全てを吸い取っていると思うと、クレイグは忌々しささえ覚えた。
 だが、そんな事は言えない。
 
 言ったら、アレシアが悲しむから。
 
 
 
「お願いよ。あなたまで何かあったらジャスミンとオーロラはどうなるの…さっきもパパに会いたいって言ってたの…不安がってるのよ」
 
 幾つか向こうの部屋から、子供達のはしゃぐ声がした。
 アレシアもすぐにその声に反応し、部屋がある方に目をやる。口元には、微笑みを浮かべて。

「レイモンドがよく遊んでくれてるわ。本当によく構ってくれて。私がこんなだから…。さっきはレイモンドにドレスを着てってオーロラがせがんで大変だったの」
 ふふっとアレシアは楽しそうな笑みを溢す。
 
 レイモンドがよく子供達の相手をするのは知っていた。子供達もレイモンドが大層気に入っている。
 あれは子供や動物に良く好かれる。
 ああいう人間が善人と呼ばれる部類に入るのだろう。
 だが自分はどうだ。同じを血を分けた兄弟なのに、自分にはあれほどの情というものは欠けていて、恐らく殆ど持ち合わせて無いのかもしれない。
 
 
 アレシアは、子供を産んでも最初は乳母を頼らずに自分で育てたがった。
 全てを自分でしようとした。
 止めもしなかった。
 アレシアが望んだから。
 むしろ手伝える事は全て手伝い、出来る事は全てした。
 
 
 それは間違いだったと、2人目の出産時に耐え難い後悔と共に痛感する事になった。
 体が充分に回復出来てなかったのだ。
 それしか考えられない。
 
 起こりうる全てを考えて対処した。
 
 なのに、あれだけ楽しみにしていた時間は真っ赤に染まり、青白い顔で力無く横たわる最愛の人と、母を求めて泣く赤子の声が嫌でも脳裏に焼きついた。
 
 その光景を前に、頭が真っ白になった。
 
 アレシアを失うかもしれない、その恐怖と喪失感は、生きている事さえ放棄したくなるほどの苦しみを味わせた。
 
 もう2度と、決して味わいたくない。
 
 
 自分がもう能力を失う手術をしようと最初は決めていたが、アレシアはそれを激しく拒否した。
 
 何度も、何度も話し合い、ようやく納得のいく対策を取れるようになったのに…
 
 最愛の人はどうやら自分が愛する気持ちを逆手に取って、嘘をついたらしい。
 決して笑えない嘘を。
 
 
 クレイグは頬に添えられたアレシアの手に自らの手を重ね、目を閉じた。
 アレシアの掌に自らの唇を寄せる。
 
「アリー…どうか…お願いだ…」
 考え直して欲しい、そう言うだけなのに、クレイグには続きが言えない。
 
 
「…クレイグ、私があなたをどれだけ愛してるか、知ってる?」
 アレシアはずるい。
 けれど、クレイグにはそれすらも狂おしいほどの愛おしさを覚える。
 
 
「…アリー…愛してるなら、どうか僕の願いを聞いて…君が居なかったら僕は、生きていけない…」
 
 アレシアの手を縋る様に握りしめて、クレイグはとめどなく涙を流す。
 
「泣かないで。もうワガママはこれで最後にするわ。本当よ。信じてくれないかもしれないけど…私はあなたを騙した。 
 あなたを悲しませた…
 でも、私今…凄く幸せなの…あなたの子がもう1人、お腹にいることが、嬉しくて堪らないの」
 
 アレシアはクレイグの涙を見て胸が張り裂けそうになる。だがそれと同時に、子を宿した喜びは何にも変え難かった。
 
 その不釣り合いの悲しみと喜びが、2人の愛を裂く不安はアレシアには無かった。
 
「私は居なくならないわ。
 あなたと子供達を残して…決して居なくならない。
 ここにずっと居る。
 あなたと一緒に。
 それに何かあったら、あなたが必ず連れ戻してくれるでしょ?」
 
 アレシアはずるい。
 クレイグが必ずなんとかすると知っている。
 
 堪らずクレイグはアレシアを抱きしめた。
 
 
 必ず、必ずなんとかする。
 決してどこへも行かせない。
 
 アレシアもそれに応えるように、細い腕でしっかりと愛する人を抱きしめた。
 
 
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