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本編

不機嫌スイッチ③

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「ほら、環が暴れるから何か落ちたよ?」


 
 クスクスと笑われながらチラッと落ちたしゃもじを見ると、紙切れの様な物が一緒に落ちていた。



 
「…………ねぇ環、アレ・・何?」


 
 不機嫌そうな声色に変わった徳仁の指す先にある物は、冷蔵庫の隣に置いてある チェストの上へ置きっ放しにしていたはずの、蓮見マネージャーから貰った名刺だった。

 ゆっくり俺から離れた徳仁が そっと拾い上げて、表も裏もじっくりと確認した。




「ご丁寧に手書きでケータイの番号まで書いてあるじゃん。何? 早速 上司に色目でも使って来たの?」


「何言って……ッ」



 名刺から視線を上げた徳仁の眼は、蔑む様なゴミでも見るような怒りを含んだ眼をしていて、思わず息を飲んだ。




「普通、何も無くいきなり個人番号書いた名刺なんか渡す? ここに、会社の携帯番号書いてあるのに。『何かあれば連絡してくれ』なんて裏にわざわざ書くってそーゆー事でしょ? ねぇ環、コイツと寝たの? 腰振って評価でも貰って来たの? コイツは上手うまかった? それともしゃぶって来たの? ねぇ、美味うまかった?」




 じりじりと迫り寄りながら名刺を掲げて、何故か腹立たしげに徳仁がまくし立ててくるのを、首を横に振ってそんなんじゃないと否定しながら、それほど長くない廊下を後退り逃げる。



 なんでそんなに怒ってるのかも、何故そんな事を言われなきゃいけないのかも分からない。

 評価が欲しいからと言って知らぬ男とそんな事する訳が無いのに。

 頭が可笑しいんじゃないだろうか?



 そもそも、徳仁のせいで体調を崩す羽目にあったのだ。
 それを、理由も知らず心配して付き添ってくれた上司に、失礼過ぎる。




「そ、の名刺は、入社式の……体調悪い時に 助けてもらって……休憩出来る部屋を借りたから、何かあれば連絡する様にって貰っただけで」


「ふぅーん? 入社式ね。俺の種たっぷり付けといたはずなんだけど……おかげで柔らかくなってたからすんなりヤレたってことか」




 訳の分からない勘違いでイライラしながら名刺をぐしゃぐしゃと握り締めた徳仁に、とうとう逃げ場を無くされてしまった。




「だから、違うって。マネージャーはそんな人じゃ無かったし、普通に薬貰って寝てただけ。名刺もらっただけで何が気に食わないの」


「はあ? 薬飲んで寝たんだ? 随分そのマネージャーはヤリ手なんだな?」



 理不尽にどやされ、手首を強い力で掴まれた。




「わっ! ちょっと待って、さっきから誤解だってば!」




 そのまま 力いっぱいソファーまで引っ張られると、投げ捨てられる様に座面へと押し倒される。




「何が誤解なんだよ? 名刺のこの男と名刺交換でもしたっての? まだ入社式しかしてない様な奴が? めぐ 名刺なんか持ってんの? そもそも名刺交換の仕方も知らない様な奴が 役職者から名刺なんかもらわねぇだろ」




 何を言っても信じて貰えず、何故かずっとマネージャーを徳仁の様なクソ野郎扱いされて……理不尽に乱暴を受けているのは、もう我慢の限界が近かった。




「そりゃ名刺は持ってないけど……名刺交換ぐらい俺だって出来るよ。さっきからなんなの。何が気に食わないか知らないけど」




 安い売り言葉に 陳腐な買い言葉だった。
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