3 / 5
好きだと言えなかった唯一の男
③
しおりを挟む「経理課です」
「あー俺だけど」
声で彼だとすぐにわかった。心底驚いた。
「もう帰ったんじゃなかったんですか!?」
「仕事あとどれぐらいで終わるの」
「そうですね…あと…10分ぐらいですかね」
「10分ね、待っててやるから必ず十分で終わらせろよ」
彼はそう言って内線を切った。急に視界が開けた気がした。こんな最低な一日でも、一つぐらい良いことはあるらしい。たったそれだけで嫌なこと全て吹き飛ぶから全く自分は容易いものだと自嘲した。
私は手際良く仕事を終わらせ、ヴィトンのバッグにスマホと手帳を押し込み、手鏡を見ながら髪とアイメイクを直してる途中でふと、何故彼は送ると言ってくれたのだろうと思った。
今日は週中の水曜日、お互い翌日仕事だ。もしかしたら自分は変な顔をしていたのかもしれない、と思いながら彼の待つ車に小走りで向かった。
「なんかすいません、明日も仕事なのに」
車に乗り込むなり言うと、彼は笑った。
「別にいいよ、俺も愚痴りたいことあったし。ていうか、顔に書いてあるんだもん、送ってほしいって」
「え、顔に出てました!?」
「出てたよ、思いっきり。そういう顔されると、送ってあげたいって思うよね」
不覚にもときめいてしまった。いつもは冗談ばかり言って女扱いしないくせに、時々そうやって女として可愛がってくれるから困る。私はそんな彼の一面に、知らず知らず惹かれていったのだった。
かつて付き合っていた男は皆いい男であったが、私を女としてしか見ていなかったし、私も相手を男としてしか見ていなかった。
彼は違った。彼だけは、男である前に一人の人間として見ることが出来たし、彼も私をそう見てくれていた。時折異性として見ることもあった。それが新鮮で嬉しかった。だからこのままの関係でいいと思えた。
しかし彼は私といる時、彼女の話をよくしてきた。彼女がいることを理解していても、私にとってその話題はやはり面白くないものだった。
「まぁいずれは彼女と結婚することになるだろうからさ」
ハンドルを片手で切りながら鈴木がそう言った。こういった類の話をされる時、私はいつも彼の目を見ることが出来ない。だから助手席にはいつも救われる。
「本当に彼女さんのこと大事に想われてるんですね。あー、私も結婚相手見つけなきゃ」
そう言ってあはは、と笑ったが、ふと、サイドミラーに映った不自然な作り笑いをする自分と目が合って、慌てて逸らした。鏡越しにいたのは可哀相な自分。一番見たくない自分。目を伏せてきた数々の何かに気付いてしまいそうになる。
時折こういったぎこちない自分に虚しくなることもあったが、これでいい、男女の友情も素晴らしいじゃないか、こんな素敵な人と友達のようになれたんだと、無理に思い直しては自分のプライドを常に守った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
JC💋フェラ
山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……
両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった
ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。
その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。
欲情が刺激された主人公は…
性感マッサージに釣られて
椋のひかり~むくのひかり~
恋愛
下半期に向けて、久々に既婚者サイトでの物色を再開したさちこ。
やっとこのサイトで超一流のイケメンを発見!
珍しく自分からいいねを押してメッセージを送ってみたところ、
すぐに好意的な返信があり、会うこととなりました。
その一部始終をお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる