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「仮にも婚約者だっていうのに、ずいぶんと容赦がないのね」

「元、婚約者だ。まぁ、そうだな。互いに愛情がないのが幸いしたよ。罪悪感を覚えなくて済むのは、気が楽だからね」

「本っ当にクズ」
「目的のためなら手段を選ばない男だと、褒めてくれよ」
「それは褒め言葉じゃない」

 ここまでくると、ヤンダークは本当に目的を達成するまでニアンナを拒み続けるだろう。

 正真正銘のクズだが、頑固な一面もある上に無駄に行動力に溢れている男。それが、ヤンダークなのだ。

「じゃ、そういうことで。生まれ育った自らの城で、ゆっくりと羽を伸ばしてくれたまえ」

「勝手なこと言って……!」
「あはは」

 思わず手が出てしまいそうなほどに腹の立つ顔で笑いながら、ヤンダークは裏口の扉を閉めた。
 ひとりになったニアンナは、壁を拳で軽く殴って、深いため息を吐く。

「……やられた……」

 事前にガレディに任務を与えていたのには、本当にやられたと思った。彼がいたのなら、間違いなくこんな状況にはならなかっただろうと断言できる。

 むしろ、それをヤンダークもわかっていたからこそ、彼はガレディを追い出したのだろう。

 ニアンナは思案する。ここから自分の国に帰るには、何日も馬車に揺られる必要があった。

 が、そもそもの話として、帰れるはずがないのである。

 何故なら、ニアンナとヤンダークの婚約は国と国の関係性のために結ばれたものであるので、このままニアンナが国に帰れば、それだけでふたつの国の関係が悪化するのは目に見えていた。

 加えて、国の規模はニアンナの国のほうが小さい。

 そうなると、戦になっても大きな被害を受けるのはきっとニアンナの国だろう。

 そこまで予測できていながら実家に帰ることなど、ニアンナには出来なかった。

 おまけに、ニアンナの父である国王は、娘を想う父親でもある。ニアンナが嫁ぐことが決まると、彼は「寂しい」と言って、子供のように泣き出したのだ。

 そんな父親が、ヤンダークの一方的な婚約破棄を聞いて、怒らないはずがない。国王の怒りは、それだけで充分、戦争の引き金になりえるのだ。

 第一、馬車にだってどんな顔をして乗ればいいのかわからない。

 一応、婚約が決まった際には国でセレモニーを挙げている。まだこの国の民達の前に顔を出した機会は数えるほどだが、ニアンナの顔を覚えている国民だってもちろんいることだろう。

 もし、乗り込んだ馬車の馭者がニアンナの顔を覚えていれば、どうなるか。

 考えるまでもない。噂になる。

 婚約したばかりの姫がひとりでこっそりと自分の国へ帰ろうとするなど、良い意味に捉えられるはずもなかった。

 つまるところ、ニアンナは城に戻ることも出来なければ、下手に移動をすることも難しいのである。

 深く、重いため息を吐いた。ため息も吐きたくなろうというものだった。

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