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結局あれからヒコたんとは別れて、靴箱に向かっていた。正直これ以上ヒコたんといると心臓が破裂しそうだったからだ。
何が起こったのか、俺の小さな脳みそではもう処理しきれていなかった。
とりあえず家に帰って寝たい。疲れた。無理すぎる。

そう思って校門を出た時だった。

「ゆり、帰るの?」

校門の裏からひょこっと顔を出す聖。こいついつから…!!
いや、こうやって校門で張ってたのかもしれない。そんなことどうだっていいんだ。こいつのせいで俺は幸にいらない心配をかけたんだ。引っ掻き回すだけならもう相手にしないほうがいい。

そう思い、聖を振り切る。

「お前には関係ないだろ」
「関係ある。俺がゆりを守ってあげないといけないから」
「はぁ?まだそんなこと言ってんの?」

馬鹿馬鹿しいすぎる。誰が頼んだんだよ。
キラキラとした綺麗な顔が首を傾げる。その綺麗な顔がムカつくんだよ!

「俺をいつまで女々しいメンヘラだと思ってんだよ!もう昔の俺とは違う!」

声を大きく張り上げる。誰に聞かれてたって良い。俺はそれぐらい気持ちを固めていた。

俺はそのまま歩き始める。俺はもう前を向いているんだ。しかし、聖が腕を掴んで引っ張ってきたことによって阻止される。


「は?またあの小ちゃい子のところもどるの?」

機嫌が悪くなったように、聖は顔を顰める。
俺が行こうとしていたのはもちろん幸の家だ。方向が俺の家と真反対。それをわかってて聖は止めてきた。


「おい!離せよ!」
「マジでなんで?アイツゆりのこと裏切ってたじゃん。一緒にいるべきじゃない。なんで?信用できないんだから離れるべきでしょ」
「うるせえ!俺はそうやって言ってくるお前の方が信用できねえよ!」

はっきりそう言ってやる。


「アイツは俺に嘘をつかないって言ってくれたんだ」
「……」

妙に目を細めた聖がこちらを見る。それはまるで蛇が獲物に狙いを定めているようだった。




「じゃあさ、彼があんなにピアス穴空けてるの、なんでだと思う?」

「は?」

突然の問いに思わず口が開いた。急に何を言い出したんだよ。しかし、俺はそれについて答えは知らない。黙ってしまった俺の様子に、「罠に引っかかった」、まるでそう言いたいかのように聖は笑った。

「へぇ、ゆりは知らないんだ。疑問に思わなかった?あんなに異常にピアスつけてるのはなんでだって」


聖はクスクスと無知なことを馬鹿にしたように揶揄った笑みを浮かべる。それに不快な感情しか抱かない。
その一方で、その問いは昔俺が幸にしたことがあり、答えはぐらかされたものであった。

思わずなんて言葉を発していいか詰まる。心当たりがあって、それに咄嗟に何て言い返せば良いかわからない。
聖はそんな俺に、近づく。シーッと指を唇に当て、耳元に顔を近づけた。

俺は答えを聞くなんて言ってもないのに。



「…自傷癖だよ」

自傷…癖…?
思わぬ単語に頭が真っ白になる。

驚きで目を見開いていると、その言葉を丁寧に説明するかのように聖は言葉を捲し立てる。

「これはとある噂で聞いたんだけど、彼ってストレスや不安があるたびにピアス開けちゃう癖があるらしいんだって。薬とかそう言うのにも頼ってたこともあるらしいけど一向に治らなくて、あんな大量のピアス耳らしいよ」

ずきり。
胸でそんな痛みがした。なんだこの痛みは。
聖の言葉にむかついてるのに、どこか嫌な予感がしていて、そしてストンと答えがはまったような妙な納得感があった。冷や汗が垂れ落ち、幸の綺麗な笑みが思い浮かんでは背筋がゾッとする。

知りたい気持ちが勝り、気づけば口が勝手に開いていた。

「なんで…なんで幸はそんなことするの…?」
「さぁ?そこまでは俺もさすがに知らない。意味もなくやってるわけではないと思うからきっかけがあるとは思うけど?でもね。一つ言えることがあるんだ。……それは俺も幸くんも『同じ』ってことだよ」

ニコリと聖が笑った。


「つまりさ、ゆりとも『同じ』ってこと!」




「は…?」

そう聖に睨み返す。聞きたい答えは返ってこず、むしろ捻じ曲げた回答が返ってきて、イライラする。そして、その答えは奇妙な意味も含んでいて、そのことを考えようとすれば、脳みそが更にイライラズキズキとしてくる。もう何言ってるんだこいつは、頭が痛い。
しかし、聞き返すと、聖は「答えを簡単に聞こうとしすぎ」と何故か怒ってきた。は?意味がわからない。こっちはそんな謎解きみたいなことがしたいわけじゃない!

(うるさいうるさいうるさい!!!)

これ以上、聖の言葉を聞いてても頭が掻き乱されるだけだ。俺は幸を信じるって決めた、これ以上とやかく言われても無駄だ。
ヒコたんのこともあって、俺はその気持ちが頑なに強くなる。

俺は様々な感情を飲み込み、聖を振り払って歩き出した。
聖は俺が噛みついてこないことに、キョトンとした顔をした。

しかし、そんな些細なことを気に留めない聖は長い足でさっさと俺に追いついて隣を歩く。それは、この前までの、後ろをついてきて、まるで神様を見るような焦がれた視線を送ってた聖はここにいないことを示していた。


「それにしても一生体に残るものを開けたがるなんてすごいよね!なんていうか、重すぎてびっくり!あんなにやってたら全身穴だらけになるんじゃない?あ、でもそういやこれ、幸くんと俺が同じなら、俺でも代替可能だよね?俺と付き合う方がいいよ、ゆり。あんなの重いし、だるいし、トゲトゲしてるしで、ゆり死んじゃうってー、俺に戻っておいでー」

そういうなり、いきなり抱きしめてきた。俺は咄嗟に大声を上げる。

「…ッ馬鹿野郎!戻るも何も、最初からお前とは何もねえよ!!」

抱きしめられた身体をもがいて引き離す。それでも悪あがきなのか、ちゅっという音とともに首筋に気色の悪い温かさを感じた。こいつ首にキスしやがって気持ち悪い!!!気持ち悪い!!!


「リスカをしてたやつが何言ってんだ死ね!」


そのまま、前に人がいようとも前を見ないで全速力で駆け出す。聖にもう前を行くのを阻まれたくなかった。
まるで捨て台詞の一言のようになってしまったが、それでもそのまま逃げる。こんなに走ってるのに耳元でまだ何が騒がしくて仕方ない。それは聖の足音なのか、周りのざわめき声なのか、何の雑音なのかもわからない。でも、俺はそのまま走り抜けた。









『ゆりとも『同じ』ってこと!』

同じってなんだ。同じだからなんなんだ。なんなんだよ!

そんな嫌な予感に俺は目を瞑って逃げ出した。

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