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本編
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「兄ちゃん…!」
酷く痛々しい音に隠れていたことも忘れ、相馬は教室へ飛び込んだ。走って駆け寄れば、体全身で受け身を取って床に倒れ伏す凌駕がいた。
微かに息を漏らして体を揺らしている。しかし、痛みにひどく悶えている様子ではなかった。
「相馬…?なぜここにいる」
後ろから榊原会長の声が響いた。
しまった。凌駕の無謀さに思わず出てきてしまった…。
「それは…」
振り向いて何か言おうとするが、動揺して言葉が出てこない。喋ろうとしない俺に榊原会長は苛立ったのか、いつもの比ではないほど強く睨みつけてきた。まるで虎が自分を食い殺そうとしているような鋭い目つきだ。彼らにとって、俺がこの場にいたことは大変まずかったのだろう。
「見ていたのか」
「っ……」
榊原会長の凄みに息をのむ。
すみません、と俺が謝ろうとしたとき。キーンッと耳をつんざく高い声が響いた。
「はぁ!?なんで相馬がここにいるわけ!?おい河上!」
「凌駕さん。水谷は確か一時間目は体育の授業のはずです。更衣室およびグラウンドはここが最も遠い位置にあたります」
「じゃあなんでいるんだよ!本当やだ!この16年間人畜無害な温和な兄として振る舞ってきたのに、ここにきて暴力性のある兄とバレてしまったじゃん!!あぁ~!相馬に嫌われちゃう~怖がられちゃう~ッ!!」
「人畜、無害…?温和……?」
遠くで座り込んでいた鮫原先輩が、凌駕の言葉に信じられないという顔をして呟く。
凌駕は相変わらず大声で騒ぎ立てていた。
河上先輩はそんな凌駕が騒ぎ立てるのをどうにもできないと思ったのか、凌駕を無視してどっから出したのかよくわからない縄で淡々と金髪男を縛り上げていく。
「とりあえず、転入生は捕獲しました」
「お~っ。終わったぁ~?本当こういうのヤになるよね~じゃありょうちゃん帰ろ、帰ろ~」
「さわんなっ満木!自分で立てるわ」
隠れていた満木先輩が出てきて、倒れている凌駕の手を掴もうとするが勢いよく払い除けられる。満木先輩は拗ねたような顔をしたが、慣れっこなのかすぐにいつもの薄い愛想笑いを浮かべた。
自力で立ち上がった凌駕は教室から出ていくのかと思いきや、こちらへ近づいてくる。
「相馬、ごめんね、怖い思い…したよね?」
「いや、大丈夫…。ビックリしただけ。それよりも兄ちゃんの体の方が…」
「ああ、大丈夫。慣れっこ慣れっこ!…って相馬は知らないもんね……」
「相馬、ここで見たことは誰にも話すな。もし話せば……わかっているだろうな?」
口尻を窄めていった凌駕の言葉にかぶせるように、榊原会長がきつい口調で俺に言った。凌駕はそれにキッと顔を顰めて会長へ噛みつく。
「榊原!相馬は巻き込まれた側でしょ!」
「でも見ていたのは事実だ。お前の弟とか関係ねえ。俺らにとって不利な行動を図ったら潰す、それだけだ。…わかったな、相馬」
いつもの堂々とした会長ではない。
酷く冷たく冷徹な目をしていた。本気で自分に警戒を張っているようだ。
俺は会長の目を見つめて、慎重に言った。
「わかりました。兄が関与しているようですし、口外しません」
「…そうか」
会長はそうぶっきらぼうに言うと、そのまま俺の横を通り過ぎていく。もともと良くのない会長との仲が悪化してしまった気がする。しかし、この事態には仕方がなかった。
「榊原!…ごめん、相馬。たとえ愛しの弟でも関係のない人間には話せないことなんだ…ごめん」
「いや、大丈夫だから。会長や兄ちゃんの言いたいことはよくわかるし」
なにが起きてるかははっきりわからない。でも、凄まじい殴り合いを見て、ほいほいと首を突っ込んでいくほどの神経を自分が持ち合わせているとは思わなかった。
「相馬~ぁ、お前って子は~」
「わっ、やめ、離して」
抱きついてきて、頬擦りをしてこようとする凌駕の顔を無理やり遠ざける。しかし凌駕の馬鹿力でギリギリと音を立てながら、引っ付いてこようと俺の力に抗ってくる。
「鮫原先輩…」
「水谷、俺に言っても無理だぞ」
鮫原先輩あたりに助けを求めようとして断られてしまった。そのとき、金髪の男がポツリとつぶやいた。
「…相馬?水谷…相馬?」
何か思い当たるような節で男は呟く。河上先輩に紐で捕われた形だったが、初めて男の顔をしっかりと見た。端正綺麗な顔つきをしている。金髪が相まって西洋人のようだ。
「もしかして、その姿……もも組の…水谷相馬?」
「もも組…?」
男から突拍子もない単語が出てきて、疑問しか浮かばない。もも組?なんの話だ。まるで保育園のクラスの名前のような。
「ああっ~!思い出した!」
「…は?なんで凌駕てめえが思い出すんだよ。関係ねえだろうが」
思い出したのは俺ではなく、なぜか兄の凌駕だった。その様子に金髪の綺麗な男は明らかに不機嫌な態度になる。しかし、凌駕はそんなの関係なしに俺に言い寄ってくる。
「あれだよ、あいつケンケンだよ、ケンケン。保育園で一緒だった」
「ケンケン…?……え、ケンケンなの?」
驚いて男の方を見れば、そうだよ!と彼は目を輝かせて食いついてきた。
「相馬!覚えてるか!もも組で一緒で、よく遊んでた我知(わがち)健也(けんや)だよ!砂場でよく遊んでて、プールとか花火にも行った!」
「あぁ…」
「あぁ、覚えてる覚えてる!舎弟のケンケンだろ。うわ、ウケる!こいつケンケンだったんだ~!」
俺が答える前に凌駕がケラケラと笑ってそう答える。唐突に割り込んできた凌駕が気に障ったのか。健也は不快だと大声を上げた。
「凌駕!テメエには関係ねえだろ!」
「は?関係あるよ~。ボスのこと覚えてないの?」
「ボス…?」
「……兄ちゃん。ここはちゃんと健也に伝えた方が良いよ。…あの時は『みずたにそうま』って嘘で名乗ってたって」
「!?」
これを一見聞くとなにを言ってるかわからないだろうが、健也は何か思い当たる節があったのか、一瞬にして顔を真っ青にしていった。
「お前……もしかしてもう一人の『みずたにそうま』…」
「そうだよ、舎弟のケンケン。久しぶりだね!改めていうけど、相馬の兄の『凌駕』だよ」
健也はそれを聞いた途端、震えながら叫び声を上げた。近くにいた満木先輩は大人しくしていたはずの健也が突然叫び声を上げて、体をビクッと揺らした。
河上先輩は暴れようとする健也を無表情で縄をキツく絞りあげる。
「ッギィ!…っくそッ!凌駕やっぱりテメエは嫌いだ!!」
「こちらこそ。あの時は相馬にベタベタひっつき回って本当ウザかったよお前」
「凌駕ァ!」
「兄ちゃん、余計なこと言うな」
兄ちゃんが健也に関わるとロクなことがない…。普段は皆に穏やかそうに明るい振る舞いをする兄だったが、健也に対しては昔からなぜか酷くからかうというか意地悪をするのが好きだった。健也もこうやってやられるのが気に食わなくて2人はいつもいがみ合ってたのだ。
「ケンケン、いや健也。こちら生徒会がお前の身柄を確保したんだから、無駄な抵抗はしないでよね」
「クソ野郎ッ!」
ハッハッと凌駕は健也に言われたことも気に留めてないようで大声で笑っている。健也はギリギリと歯を鳴らしていた。本当この2人はどこまで相性が悪いんだ…。
俺たちを見ていた河上先輩はその空気を掻き切るように、縛り上げた健也の体を引っ張った。
「あなた方がどういうご関係かは知りませんけど…とりあえず『転入生』は連れて行きます」
「あ、あぁ…そうだな。おい、転入生突っ立ってないで歩け」
「え!河上、なにそれ!楽しそう!俺も引っ張ってみた~い!」
「…強く引っ張んな、クソッ…!覚えてろよ!凌駕ァ!」
健也は凌駕とバチバチと睨み合っていたが、そのまま河上先輩や鮫原先輩、満木先輩たちに縄で引っ張られ、連れて行かれてしまったのであった。
「健也が転入生だったんだ…」
「あぁ、そうみたいだね」
「…あれ、兄ちゃんは先輩たちと一緒に行かないの」
ジロリと横にいる兄を見ると、兄は「そんな言い方しないでよ」としょんぼりとした顔でこちらを見た。
酷く痛々しい音に隠れていたことも忘れ、相馬は教室へ飛び込んだ。走って駆け寄れば、体全身で受け身を取って床に倒れ伏す凌駕がいた。
微かに息を漏らして体を揺らしている。しかし、痛みにひどく悶えている様子ではなかった。
「相馬…?なぜここにいる」
後ろから榊原会長の声が響いた。
しまった。凌駕の無謀さに思わず出てきてしまった…。
「それは…」
振り向いて何か言おうとするが、動揺して言葉が出てこない。喋ろうとしない俺に榊原会長は苛立ったのか、いつもの比ではないほど強く睨みつけてきた。まるで虎が自分を食い殺そうとしているような鋭い目つきだ。彼らにとって、俺がこの場にいたことは大変まずかったのだろう。
「見ていたのか」
「っ……」
榊原会長の凄みに息をのむ。
すみません、と俺が謝ろうとしたとき。キーンッと耳をつんざく高い声が響いた。
「はぁ!?なんで相馬がここにいるわけ!?おい河上!」
「凌駕さん。水谷は確か一時間目は体育の授業のはずです。更衣室およびグラウンドはここが最も遠い位置にあたります」
「じゃあなんでいるんだよ!本当やだ!この16年間人畜無害な温和な兄として振る舞ってきたのに、ここにきて暴力性のある兄とバレてしまったじゃん!!あぁ~!相馬に嫌われちゃう~怖がられちゃう~ッ!!」
「人畜、無害…?温和……?」
遠くで座り込んでいた鮫原先輩が、凌駕の言葉に信じられないという顔をして呟く。
凌駕は相変わらず大声で騒ぎ立てていた。
河上先輩はそんな凌駕が騒ぎ立てるのをどうにもできないと思ったのか、凌駕を無視してどっから出したのかよくわからない縄で淡々と金髪男を縛り上げていく。
「とりあえず、転入生は捕獲しました」
「お~っ。終わったぁ~?本当こういうのヤになるよね~じゃありょうちゃん帰ろ、帰ろ~」
「さわんなっ満木!自分で立てるわ」
隠れていた満木先輩が出てきて、倒れている凌駕の手を掴もうとするが勢いよく払い除けられる。満木先輩は拗ねたような顔をしたが、慣れっこなのかすぐにいつもの薄い愛想笑いを浮かべた。
自力で立ち上がった凌駕は教室から出ていくのかと思いきや、こちらへ近づいてくる。
「相馬、ごめんね、怖い思い…したよね?」
「いや、大丈夫…。ビックリしただけ。それよりも兄ちゃんの体の方が…」
「ああ、大丈夫。慣れっこ慣れっこ!…って相馬は知らないもんね……」
「相馬、ここで見たことは誰にも話すな。もし話せば……わかっているだろうな?」
口尻を窄めていった凌駕の言葉にかぶせるように、榊原会長がきつい口調で俺に言った。凌駕はそれにキッと顔を顰めて会長へ噛みつく。
「榊原!相馬は巻き込まれた側でしょ!」
「でも見ていたのは事実だ。お前の弟とか関係ねえ。俺らにとって不利な行動を図ったら潰す、それだけだ。…わかったな、相馬」
いつもの堂々とした会長ではない。
酷く冷たく冷徹な目をしていた。本気で自分に警戒を張っているようだ。
俺は会長の目を見つめて、慎重に言った。
「わかりました。兄が関与しているようですし、口外しません」
「…そうか」
会長はそうぶっきらぼうに言うと、そのまま俺の横を通り過ぎていく。もともと良くのない会長との仲が悪化してしまった気がする。しかし、この事態には仕方がなかった。
「榊原!…ごめん、相馬。たとえ愛しの弟でも関係のない人間には話せないことなんだ…ごめん」
「いや、大丈夫だから。会長や兄ちゃんの言いたいことはよくわかるし」
なにが起きてるかははっきりわからない。でも、凄まじい殴り合いを見て、ほいほいと首を突っ込んでいくほどの神経を自分が持ち合わせているとは思わなかった。
「相馬~ぁ、お前って子は~」
「わっ、やめ、離して」
抱きついてきて、頬擦りをしてこようとする凌駕の顔を無理やり遠ざける。しかし凌駕の馬鹿力でギリギリと音を立てながら、引っ付いてこようと俺の力に抗ってくる。
「鮫原先輩…」
「水谷、俺に言っても無理だぞ」
鮫原先輩あたりに助けを求めようとして断られてしまった。そのとき、金髪の男がポツリとつぶやいた。
「…相馬?水谷…相馬?」
何か思い当たるような節で男は呟く。河上先輩に紐で捕われた形だったが、初めて男の顔をしっかりと見た。端正綺麗な顔つきをしている。金髪が相まって西洋人のようだ。
「もしかして、その姿……もも組の…水谷相馬?」
「もも組…?」
男から突拍子もない単語が出てきて、疑問しか浮かばない。もも組?なんの話だ。まるで保育園のクラスの名前のような。
「ああっ~!思い出した!」
「…は?なんで凌駕てめえが思い出すんだよ。関係ねえだろうが」
思い出したのは俺ではなく、なぜか兄の凌駕だった。その様子に金髪の綺麗な男は明らかに不機嫌な態度になる。しかし、凌駕はそんなの関係なしに俺に言い寄ってくる。
「あれだよ、あいつケンケンだよ、ケンケン。保育園で一緒だった」
「ケンケン…?……え、ケンケンなの?」
驚いて男の方を見れば、そうだよ!と彼は目を輝かせて食いついてきた。
「相馬!覚えてるか!もも組で一緒で、よく遊んでた我知(わがち)健也(けんや)だよ!砂場でよく遊んでて、プールとか花火にも行った!」
「あぁ…」
「あぁ、覚えてる覚えてる!舎弟のケンケンだろ。うわ、ウケる!こいつケンケンだったんだ~!」
俺が答える前に凌駕がケラケラと笑ってそう答える。唐突に割り込んできた凌駕が気に障ったのか。健也は不快だと大声を上げた。
「凌駕!テメエには関係ねえだろ!」
「は?関係あるよ~。ボスのこと覚えてないの?」
「ボス…?」
「……兄ちゃん。ここはちゃんと健也に伝えた方が良いよ。…あの時は『みずたにそうま』って嘘で名乗ってたって」
「!?」
これを一見聞くとなにを言ってるかわからないだろうが、健也は何か思い当たる節があったのか、一瞬にして顔を真っ青にしていった。
「お前……もしかしてもう一人の『みずたにそうま』…」
「そうだよ、舎弟のケンケン。久しぶりだね!改めていうけど、相馬の兄の『凌駕』だよ」
健也はそれを聞いた途端、震えながら叫び声を上げた。近くにいた満木先輩は大人しくしていたはずの健也が突然叫び声を上げて、体をビクッと揺らした。
河上先輩は暴れようとする健也を無表情で縄をキツく絞りあげる。
「ッギィ!…っくそッ!凌駕やっぱりテメエは嫌いだ!!」
「こちらこそ。あの時は相馬にベタベタひっつき回って本当ウザかったよお前」
「凌駕ァ!」
「兄ちゃん、余計なこと言うな」
兄ちゃんが健也に関わるとロクなことがない…。普段は皆に穏やかそうに明るい振る舞いをする兄だったが、健也に対しては昔からなぜか酷くからかうというか意地悪をするのが好きだった。健也もこうやってやられるのが気に食わなくて2人はいつもいがみ合ってたのだ。
「ケンケン、いや健也。こちら生徒会がお前の身柄を確保したんだから、無駄な抵抗はしないでよね」
「クソ野郎ッ!」
ハッハッと凌駕は健也に言われたことも気に留めてないようで大声で笑っている。健也はギリギリと歯を鳴らしていた。本当この2人はどこまで相性が悪いんだ…。
俺たちを見ていた河上先輩はその空気を掻き切るように、縛り上げた健也の体を引っ張った。
「あなた方がどういうご関係かは知りませんけど…とりあえず『転入生』は連れて行きます」
「あ、あぁ…そうだな。おい、転入生突っ立ってないで歩け」
「え!河上、なにそれ!楽しそう!俺も引っ張ってみた~い!」
「…強く引っ張んな、クソッ…!覚えてろよ!凌駕ァ!」
健也は凌駕とバチバチと睨み合っていたが、そのまま河上先輩や鮫原先輩、満木先輩たちに縄で引っ張られ、連れて行かれてしまったのであった。
「健也が転入生だったんだ…」
「あぁ、そうみたいだね」
「…あれ、兄ちゃんは先輩たちと一緒に行かないの」
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